第28話

文字数 972文字

(28) 空ばかり青くて…
 目線を上げると空ばかりだ。秋の高くて真っ青な空を見上げ、空の端っこを深呼吸しながら、惣二は家路へ向かう。
 農家で柵や囲いを沢山打ち込み、芋や大根を分けてもらった。
 
 背中の袋の重さを感じ、心持ち満足気に家の脇の道を入った。 
 すると、戸の前で肩を(しぼ)ませ、昇がしゃがんでいる……… ノボ、こんげえ小いせえか……惣二が近づくと、昇が泣き腫らした目で惣二を見て……「とっつぁが……うちのとっつぁが死んだて…… …乗ってた船が沈んだて……」 ………頭の中で何かがひっくり返って息を止めさせた………とっつぁま死んだって…… 惣二は背負っている荷物を下ろして、一緒にしゃがみ昇の膝小僧に手を置いた…昇は前より痩せた…昇の涙が閉じた睫毛(まつげ)に留まらなくて地面に落ちる。……涙を拭い鼻をすする音を聞いていたら惣二も目頭が熱くなり涙を抑えられなくなった…… しばらくしゃがんで肩を組んでいた。 …船が沈んだ………大きな不安の塊が落ちて来て胸を襲い、それが恐怖になると涙が止まった……
 …ノボ…こんげえ細くなって……「中入って白湯(さゆ)でも飲むが?」昇は首を振って……「そぢゃね……」……… 「…うん…… そぢゃな…」鼻声が苦しい。
 ……とっつぁまが死ぬなんて…… 惣二は昇をどうにかしてやりたかった…何でもいい…昇の悲しみが無くなるように……昇のいつものころころっとした声は無く、鼻に詰まった絞り出す声が胸を詰まらせた……胸が詰まると涙が止まらなくなった……しばらく家の裏で涙を流した後、顔を洗った。
 
 弟妹達が団栗を擂ったり木灰を()したりしている……昇のとっつぁまの事はかかが帰ってからにしようと決めた……
 千恵子が「おじ、どしたんら?」
”おじ“とは新潟弁で次男の呼び名だ…… 千恵子が惣二の泣いた顔に気付いた……武と久子も惣二を見た……「なんでもねえらあ…」
 
 かかとあんにゃが一緒に帰って来た。かかは人づてに昇のとっつぁの事を聞いたそうだ。
 かかが皆に昇のとっつぁの事を話した。
 「…大雨とかで船が沈んだんがあ?…」武が訊く。皆川船しか見たことがない。
 「さてなあ……まだあんましよくわからねみてだなあ……けど、船が沈んだんは随分前のことみてだ…戦争で報せが遅れたみてだ…」かかが答えた。
 空気が重い。皆時々息を詰めて不安を隠さない。
 
 
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