第8話

文字数 1,062文字

 ⑻ 丸坊主は素っ裸で…
 惣二の四年生の夏休み。同級生は皆家に散った。
 
 惣二は沸かして冷めた薬缶(やかん)の白湯をぐびぐび飲んだあと、水筒に白湯を入れてそれを袈裟がけにした。かかに「ノボと川あ行く、あぶねくねえよに遊ぶ…」と先回りして告げて、昇の所へ向かった。
 魚籠(びく)を腰に提げて、四つ手網を二つ背中に回して両手で軽く背負った。
 夏の強い日差しに灼けた道を草履の裏で感じながら眩しそうに目をしかめて駆ける。
 
 昇は風呂屋の次男で、夏休みに入って裏の釜に入れる薪を作っていた。外はかんかん照りだが、陽射しを遮っている屋根の下で、昇は汗だくで時々団扇(うちわ)を使い、ゆっくりとした手先でのんびりとやっている。傍らの薬缶に手を伸ばしたところで……
 「ノボっ 川行こまいっ」
 「まだ始めたとこらて……」
 「そいがー、そいでは俺もっ…」
 惣二は半端な太い木の塊(かたまり)を鋸で切って、昇は鉈(なた)で程良い大きさに木を割っていく。 
 二人とも汚れと木屑と汗で手足と顔が斑になっている。
 「惣ちゃま、もうええやあ……」
 「そいがー! 川行こまいっ  …行進すっかあ… これ銃ろ……気をつけっ……アゴ引けっ 恐え顔っ もっとぉ恐え顔っ!……足真っ直ぐっ ……もっとにらめっ!…進めっ!」
 目は真ん丸に見開いてこれでもかと眉を上げている。
 「惣ちゃま…… 顔がなんぎぃ……」
 「そいが?……行進やめっ 駆け足っ!」

 遠くで入道雲が青い空に膨れ上がっている。その下に黒々とした山々が連なる。今この真上には容赦ない日差しが肌を噛んでくる。
 
 家からしばらく歩いた所に川がある。深くても太腿くらいで、流れは身体をさらうほどではない。
 他の子供達がすでに遊んでいる。皆素っ裸で丸坊主だ。惣二と昇も荷物をまとめて、素っ裸になって、二人で水の蹴り合いをはじめた。水が壁のように立ち昇った。

 熱かった肌が水に馴染んだ頃、麦藁帽子を被り直し、シャツに(ふんどし)姿で、四つ手網を持ちながら水際を覗くが網を沈められそうな所は無い……砂利と石と岩ばかりで、網で掬い獲れそうな魚は見えない。
 「惣ちゃまさあ…魚おらんねー…」
 「そいがー…やっぱ獲れんかのお…魚見んしのー…この辺は釣りする人もおらんしね…」
 「惣ちゃまさあ…川の虫おるろー?川の虫も佃煮に出来るしね…」
 「石、返してみっかねー…」
 
 川の虫も佃煮にして食べる。トビケラなどの幼虫でほとんどが夏前に羽化してしまう…

 「惣ちゃま……尻、水に浸けっと気持ちええねー…」
 「そいがー…おれも…」
 二人は安らいで目を閉じている…
 
 
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