第12話

文字数 690文字

 (12) 栗鼠よりも…
 一週間前に降り始めた雪は小雪になることはあっても降り止まない。外はいつも降りしきる雪の景色だ。雪は落ちて来るのに音を立てない。静かに静かに増えて行き、知らぬ間に巨大な(かたまり)となって人々の動きを止める。
 
 年越しはいつも心躍る。農家も商店も年末でその年に借りていたものを精算する。そして沢山の餅や食品を買い込む。
 けれど、今年は去年以上に物が無い。雪国では一年中冬を思い浮かべて暮らす。雪が溶け始めた春でも次の冬を思い山菜を乾燥させる。夏にうるめを獲る。雪の季節になる前に食品や炭や薪、生活品を少しずつ、出来る限り蓄えておく。その事に気を使う。冬眠前の栗鼠(りす)よりも……うるめの佃煮や、棒鱈(ぼうだら)や魚の塩引きや…… 野菜は雪が積もると雪の中を冷蔵庫代わりに使う。
 
 心許(こころもと)なくもなんとか雪の季節に滑り込んだ。晦日(みそか)前に、とっつぁとかかは何処(どこ)からか、するめ、小豆、里芋、干し大根、れんこん、打ち豆、そしてなんと塩引き鮭の切り身を持ち帰って来た。きっと、のっぺ汁だ。のっぺは新潟の野菜などの煮物で、大晦日や正月、祝い事などで出される。
汁と言っても煮物に近い。その時々の野菜や鮭やはらこなども入る。
 
 大晦日の晩、去年の大晦日と同じくらい賑やかにのッぺ汁を楽しんだ。
 「腹くっちぇなあ…」武や皆は満足そうだ。
 年が明け、夜が明け、かかが炭の()き火を炎に変える。煌々(こうこう)と 炭の赤が膨らんで炭の香りが家の中を新年の朝に変えた。
 とっつぁとかか、長男の幸雄(ゆきお)、次男の惣二、三男の武、その直ぐ下の千恵子、一番下の久子。七人の家族が新年の挨拶をした。
 1941年、昭和十六年になった。
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