第34話

文字数 755文字

(34)大きな声では言えんこっての…
 (ほこり)のような雪が、風の無い冷たい空気の中を糸を引くようにゆっくりと落ちている。
 かかが裏の戸を開けて雪がわずかに舞い込んだ。
 「工場に一人空きが出来たやー…靴下をな縫う工場ら…直ぐに決めてもう仕事教わってきたすけ…」
 「そいがー…まんま食えるんかの?…」
 正面で団栗を挽いていた久子が訊いた。
 「きっと大丈夫らて…まあ…あんま当てにせんでの…まだまだ蓄えんとな…」
 
 昇の家に行っていた惣二が帰ってきた。
 「…かか…」惣二が目を輝かせて、かかに近寄って話しかけた。「…大きな声では言えんこっての…ノボのな親戚の田んぼやっとる家で、少し米を売ってくれるいうことなんら…」
 もちろん闇米だ。
 「明日汽車に乗って行こて…」かかは少し暗い顔をして考えている。
 「くれぐれも…どういう米かあ分かっとるんかあ?」
 「分かっとるてっ…お巡りさんに見つからんようにするすけっ!」昇の家で話した事を聞いてもらった。いつものリュックには団栗を入れて、昇の家で、服の袖を切ったものを袋にして首から提げてその中に米を入れる、とっつぁの大きめの外套を着ていく、という事だ。
 「そこまですんらったら、かかが行ぐがー」
 「ノボのな、かかがな、子供達の方がまだ怪しまれんかもの、って…あちさん(他所の人)ら、かかがよく留められるて…」
 かかはこういう事を子供達にさせたくはない。押し黙ってしばらく考えた。
 「かか…駅、二つだけらすけ…」
 かかは良いとも悪いとも言わず、茶碗を洗ったり手を動かしながら考えているようだ。
 「…もし見つかったらの…素直に帰って来るらいね…これだけはの…惣二…ぜってえら…」惣二には大きな理不尽に耐えられないと、かかは心配だ。惣二は見つからないように帰って来る事しか考えていない。
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