第10話

文字数 732文字

 ⑽ うるめはぴくりと…
 夏休みの終わり頃、昇を誘ってうるめ獲りに出かけた。日差しはまだ夏だが、(ひぐらし)が夏にお辞儀をするように鳴いている。

 肩の四角い網が田んぼの緑の中でふらふらと揺れている。日の照りつける夏の空の下、二人と田んぼの緑しか無い。うるめのいそうな狭い流れのゆるい用水路に来た。うるめ獲りといっても、佃煮にして沢山蓄えておくくらいのうるめを獲るのは簡単ではない。
 麦藁帽子に半袖シャツ、半ズボン。肘や膝は日に灼けて濃くなり、陽射しを我が物にした(たくま)しさが見える。水に入ると濁るので水路を(また)いで、息を殺して四つ手網を掬いあげる瞬間を待つ。
 昇が言った。
 「惣ちゃまさあ…… うるめ、どざいもんならんかのう……」
 「…そいがー……うるめいっぺんにどざいもん、ならんかのう……」
 沈めた網の上で泳ぎ始めると心臓が高鳴る。うるめはゆるい流れの中、ぴくりぴくりと気まぐれに向きを変えている。息を止め瞬間を見極めて思わず手を動かす。水から揚げると、数匹のうるめが光る(しづく)となって弾んでいる。手で掻いて魚籠に入れる。何度も場所を変えてうるめのいそうな所を探す。何度も繰り返して昼が過ぎた。
 「惣ちゃま…腹へったのー…」
 「芋食おまいっ……」二人は帽子をとり目を合わせて眉を上げ息を吸って顔と頭を水に沈めた。
 「はぁーっ 気持ち変わったしねっ…」

………日差しが少し傾いている、二人とも身体が重たくなってしばらく経つ。
 昇が「もう、なんぎぃて…」と辛そうに言った…惣二も「あっちぇ… そろそろ帰ろまい…」 沈めてあった竹籠の魚籠にうるめがいっぱいだ。早く帰って佃煮にしないといけない……。
 
 うるめは冬の貴重な保存食になる。
 冬は底が抜けそうなほどの雪が積もって世界が一変する。
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