第23話

文字数 907文字

(23)日々の摩擦に…
 月日と時間が、生き残る日々の摩擦に擦り減らされて過ぎて行った。とっつぁが徴用されて一年半以上が過ぎて、それでも何も音沙汰が無い。
 
 1945年、昭和20年の春が過ぎて行く。
惣二は国民学校を卒業して十五歳、幸雄は十七歳、武は十三歳、千恵子は十一歳、久子は九歳になる年。
 
 衛藤家はとっつぁのいない冬を二度も乗り越えた。
 特にこの冬は例年に無い大寒波で、新潟は非常に深い積雪に閉じ込められた。この異常気象は夏に大冷夏をもたらし、米の大凶作を起こして大きな食糧難となる……
 
 衛藤家はこの冬に入る前、食べられる食材から、燃料となる炭や木材、拾える物まで家族総出で集めた。大量の団栗(どんぐり)銀杏(ぎんなん)、少しずつ蓄えた芋類…… かかの計画的な切り詰めで、雪の中の孤立した生活をなんとか乗り切った。

 かかがたんぽぽの葉を洗っている。手を動かしている時のかかは目が真剣だ。声を掛けるとさらりと穏やかになる。
「…かかあ… とっつぁまはどうしてるかねぇ?…」千恵子が訊く……
 「とっつぁま…海の上で食いもんあるんかのお?…」武が訊く……
 「海はどんだけ寒いんかのお?」と久子が訊いた……子供達は皆海を見た事が無い……
 「南の海はずうっと夏らすけぇ、寒くはね……」幸雄が久子に言う……
 「…そいがあ…… ダン吉が王様んなった島みてなとこかの?……みんな裸んぼがん?……」
 「さてなあ…」幸雄は言葉が少ない。
 ダン吉とは「冒険ダン吉」という少年倶楽部に載っている漫画、というより絵物語の冒険譚(ぼうけんたん)で、この頃の子供達は皆よく読んだ……
 「…やー、おれもあっだけえとこで裸んぼんなりてえ……口ん中さあ、さどお、いっぺにしてえ…」武が独り言をつぶやいた……大声は出ない…… 
 
 今晩の食事は、去年沢山拾った団栗の粉を混ぜたすいとんにたんぽぽの葉のおつゆ、銀杏…この春獲って来たうるめの佃煮…みな味は薄いか苦いか……
 団栗は臼で潰して殻を取ったあと、木の灰を濾した水で煮ては取り替え、またその水で煮ることを繰り返してアクを抜く…そして擂鉢(すりばち)で擂って細かくする…それでも団栗だけでは苦い……

 戦争は続き、衛藤家の生き残る戦いも続いてゆく……
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