第4話④

文字数 815文字

 あの後丈郎に出くわさなければ、違う展開があったかもしれないと優以は思う。会えないかと思っていた時はさっぱりだったのに、皮肉だった。
 蝉が鳴いていた。蒸し暑くて空気すら鬱陶(うつとう)しい夕方の路上だった。暑さでぼんやりしていたのか、優以は丈郎とすれ違う寸前まで気付かなかった。丈郎は優以に気付き、多分優以が目も合わせなかったから誤解した。そのまま、すれ違おうとした。
「何だよ」
 優以は思わずそう言っていた。
 丈郎は無言で振り返った。
 何でもいいからまともなことを、気に掛けていたと伝わることを言えていたら、後になって悔やんだ。でもあの時は言葉が出なかった。丈郎に何て言えばいいのかわからない、優以は事件直後から全く進歩していなかった。惰性で思考停止し、心境を整理して言葉を用意する努力を(おこた)っていた。
 丈郎が何も言わないことが何故か腹立だしかった。自分は喧嘩腰になるようなキャラじゃないのにと混乱した。心配していたはずなのに何故こんなことになるのか、自己嫌悪でどうしていいかわからなくなり、八つ当たりのように、言った。
「言いたいことがあるなら言えよ」
 丈郎はまっすぐ優以を見つめ返していた。
「おれからは、何もない」
 丈郎はそう言った。
 優以は虚を突かれた。何もないって何だ。ケータイ解約してひきこもりになって退学して、久しぶりに会ったら「何もない」。
 優以は一言も言い返せなかった。丈郎は無言のまま、優以に背を向けた。そのまま(ゆる)い坂道を登っていこうとする。
「駅で一緒だった奴、彼氏?」
 丈郎は振り返った。悲しい顔だった。
「違う」
 丈郎が怒りや(さげす)みを見せるか、あきれてくれたら、優以はまだ望みをつなげた。せめて見下げてくれていたら。
 死人を見送るような悲しそうな顔だった。自分は丈郎に必要とされてないと痛烈に感じた。確かにこんな奴は、半年以上も放っといて再会した途端突っかかるような馬鹿は。
 終わった。そう思いながら坂を下りた。情けなかった。 
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