第2話

文字数 1,438文字

 車内は空いていた。丈郎は喪服を入れたスーツケースを足許に置いて窓際の席に座った。
 この二年、県外へ出るのは理香に会いに行く時だけという生活だった。
 理香の率直だが温かな人柄を慕い、またがんを患う容態が心配で、年に何度か行っていた。実の叔母らより会っていた勘定になる。
 シキが、葉書が届く合間にも何処かで生きていることも、理香に会えば聞くことができた。
「どうしてこんなことになっちゃったんだろうね」
 理香はそう言ったことがある。親を相次いで失った甥が、ひとや場所とつながることを避けるような道を歩んでいるのを嘆いていた。一人で気ままに生きていきたいと望んでそうしているのではなさそうだから、と。
「逃げる以外に、どうしたらいいのか、わからなくなってるんじゃないか、って」
 おれも同じだと丈郎は思う。
 どうしたらいいのかわからない。正解を見い出せない。
 遠くへ行ったきりのシキは待つことしかできない。ある意味、答えが出ているといえる。
 自分で答えを探すしかないことでは、立ち(すく)んだままだ。
 いくつかの選択肢のうち一つを選ぶしかない場合も、選んだ後、これで良かったのかと迷う。
 進路がそうだった。
 高卒資格は取ったが、大学進学にはためらいがあった。学力の伸び悩みもあり、合格できそうな大学に限りもあった。何より経済的に厳しかった。亡父の遺族年金は十八歳になると受給が終わる。
 就職するべきだと思いはした。定収入を失った後、自分で自分を生かしておく為には働くしかない。だが高卒資格で就職できる会社に就職して、(つつ)ましく――今のような生活を、一生送るのかと、思ってしまった。大学を卒業していれば、違う将来があるかもしれない、と。
 高校を退学し、地域から孤立し、友人知人は(ことごと)く失って、何も持たない境遇から脱出するには、せめて学歴が必要だと思った。
 再スタートする可能性を夢想してしまったのだと、今の丈郎は思う。大学に入学し卒業すれば、同年代達がいる世界へ戻れる足掛かりにできると思えた。
 だが実際に進学への準備を始めると、出だしから(つまず)いた。入試の費用を工面するので精一杯、合格できて奨学金を申し込むとしても、家族に保証人を頼めない。進学への道は開かれていないと(あきら)めるしかなかった。
 それでも大卒の肩書きを諦めきれず、選んだのは通信制大学だった。
 それでもそれなりに学費はかかる。生活費も。短期間のバイトをこまめに入れて収入を得ながら、就職するべきではないかとよく思った。自分が何を目的にして教科書を読みレポートを書いているのか、わからなくなってくる。
 人並みの人生を望んだこと自体が間違いだという気がしてくる。
 ひとの人生を中途で終わらせておきながら、未来をより良いものにしたくて足掻(あが)いている。
 明るい方へ歩いていきたいと願って何が悪い、とも思う。
 何もかもが中途半端だという自己嫌悪がつきまとう。(いさぎよ)く就職できない。当たって砕けろと、受験に挑戦していればよかったかもしれないと(いま)だに思う。通信制から全日制へ移籍するルートはあるが、身内の誰かに奨学金を借りたいから保証人になってほしいと頼み込んででも、という覚悟が定まらない。皆嫌がると予想がつく。皆自分のことで手一杯だ。
 丈郎のことを最優先に考えてくれる人間は誰もいない。親がいないというのはそういうことだ。
 両親の有無、片親だけ、生別死別、血縁の有無。それらは家族に大切に思ってもらえるかどうかと関係ないと、丈郎は彼女との経緯から学んだ。
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