第6話

文字数 894文字

 次の土曜日、丈郎はシキと町外れの鉄道廃線路に行った。昭和末期に運行を終えた廃線跡はハイキングコースに整備されており、他県からの観光客も訪れる。地元の小学生には遠足の定番だ。
 梅雨の晴れ間の土曜日の朝、歩いている人影はまばらだった。緑の葉を広げる樹木の間、古い枕木の上を黙々と歩いた。雨水を取り込んだ周りの森から、時折涼しい風が吹き渡り、湿気を払った。駅舎跡の紫陽花(あじさい)は濃い緑の葉を茂らせて連なり、青い花をつけていた。
 帰りの電車の中で、シキが言った。
「静かで、いい所だな。緑も多いし」
「この町が、か」
「ここでなら、静かに、暮らせていけそうな気がする」
 <静か>、シキはよくそう言う。静かに暮らすために逃げてきたのか。雨から。死者から。
 「どうして静かに暮らしたいんだ」とまだ問えない。まだ踏み出せない。迂闊(うかつ)に近づいて振り払われるのを怖れている自覚がある。距離を測っている。――何の距離を。
 電車は降りる駅のホームに到着した。近在の住民が乗降するだけの駅は閑散(かんさん)として、四両編成の電車が発車すると、ぬるい風が吹き抜けていった。
「予報では、夕方から降り出すって言ってたな」
 丈郎はそう言いながらシキを振り返った。
 シキは丈郎を見ていなかった。ホームの後方を見ていた。丈郎はシキの視線の先を見やった。男が一人立っている。ほとんどの乗降客は階段に近い車両を選ぶのに端の車両に乗っていたのだから、よそ者だと見当が付く。
 シキが「安住。またな」とささやいた。
 丈郎は階段を駆け上がっていくシキの後ろ姿を、立ち尽くして見送った後、振り返った。
 男はホームの端からこちらに歩き出したところだった。シキを追いかけるのではという丈郎の予測は外れた。
 シキが顔を合わせたくない相手で、近在の住民ではないなら、シキの過去につながりがある。男に声をかければ知ることができる何かがあるが、「後ろから掴まれるのが苦手なんだ」と言いにあの神社まで来た、さっき「またな」と別れたシキの目をまっすぐ見られなくなる。
 丈郎は歩調を速めて階段を上った。改札を出たところで、後ろから迫っていた足音が前に回り込んだ。
「純の知り合いか」
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