第3話

文字数 796文字

 土曜日の午後。丈郎は駅の改札前でシキと待ち合わせていた。
 貸した傘を返してもらう。受け取り、適当な短い言葉を交わして別れる。それで終わりだ。
 先日のように偶然出くわす場合の他は、もう会えない。心残りはあるが、それは一人で抱えておく方がいい。同じ教室に二日間いて、少し話して、傘を貸した。それだけだ。町内で働いていれば丈郎のことはいずれ耳に入る。
 丈郎は駅舎の窓から空を見上げた。雲が広がっているが薄日が射し、隙間の空は青い。今日は降りそうにない。


 折角の梅雨の晴れ間に、傘を持ったシキは何だか場違いに見えた。
「ありがとう。助かった」
 丈郎は頷いて、傘を受け取った。「じゃあな」位しか、もう言葉はない。
 顔を見ると、シキは何か言いかけたが、うつむいて「それじゃ」と言った。丈郎は「うん」と呟いた。
 シキが立ち去ろうとした時、丈郎の目の前をスマホに視線を落としたままの若い女性が横切った。シキに警告する間もなく、彼女はシキの背中に突き当たった。落ちたスマホが前のめりに倒れて手と膝をついたシキの横を滑っていく。
 スマホを拾い上げた女は画面が割れてないか慌てて確認した後、振り返って頭を下げるような仕草をしたが、早足に去っていった。近頃あんなのが増えたと思いながら丈郎はシキに近づき、呼び掛ける名前を思い出せなかったので、後ろから肩に手をかけて「大丈夫か」と言いかけた。
 手に衝撃と痛みを感じて、丈郎は反射的に手を引っ込めた。シキに振り払われたのだと一瞬送れて気付いて茫然とした。シキは丈郎を、驚き怯えたような目で見ていたが、自分がしたことに戸惑っているように黙り込んでいる。
 丈郎はそのまま駅舎を出た。やれきれない思いに負けて少し振り返ると、シキが立ち尽くしているのが見えた。丈郎の方を見ていた。
 振り払われた手の痛みはすぐ消えた。返された傘を置き忘れてきたのに気付いたが、丈郎は歩みを速めた。
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