第11話

文字数 709文字

 丈郎が、公団住宅の部屋を失ったシキを自宅に連れて帰った翌週の夜だった。
 祖母の元に、名古屋にいる叔父が自転車で転倒し、左腕を骨折したという連絡が入った。
「詳しいことはまだわからないけど、命に関わる大怪我ではないそうだ」
「そうか。でも手術したりギプスつけたり、しばらく大変だろうな。――お祖母さんとお見舞いに行くなら、その間は出て行」
「おれは行かない。祖母は明日の朝、向かうそうだ」
 丈郎は、仕事から戻ったシキとそんな会話をした。
 だが夜の間に祖母は心を決めていた。翌朝、丈郎は古い旅行鞄に荷物をまとめた祖母に、しばらく名古屋に滞在すると言われた。
「片腕が使えないんじゃ、何かと不自由だろうから」
「退院するまで」
「それは向こうに行って、どんな様子か見てからでないと」
 怪我をして不便な生活を送ることになる息子が気掛かりなのは理解できた。二人の娘より末の息子を偏愛している祖母なら尚更だ。
 祖母がこの家を去ればシキと二人だと思い至って、丈郎は慄然とした。
「いつ戻る?」
「うーん、だからそれはわからない。――あ、おはよう」
 丈郎は振り返った。二階から降りてきたシキが「おはようございます」と愛想良く挨拶した。
「しばらくの間、名古屋の息子の所へ行くことにしたの。あの子は右利きだけど、片手しか使えないのは不便だろうから。突然こんなことになってすまないけど、丈郎をお願いしますね」
「はい……」
 シキも茫然としたようだったが、丈郎より先に我に返った。
「もう出られます?  駅まで荷物、持ちます」
「あらでも」
「職場が駅の近くですから」
 シキは出勤の身支度を手早く整えると、祖母と連れ立って家を出た。
 丈郎は茫然としたまま見送った。

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