第12話

文字数 1,210文字

 星の見えないまま夜は明けた。丈郎はいつの間にか眠ってしまい、明け方に目覚めた。東の空が薄明るいが雲が多くまだ暗い。
 もう一度くらいは会えるだろうかと思いながらコンビニでシキと別れた。
 シキは「そうかもしれない」と言ったが、多分本心ではない。心の準備が整っていないから会いたくない、というのはシキが納得できる理由ではなかったのだろう。陰りのある表情で、心の奥底では何を思っていたのか。
 シキはこの町を去ろうとしている、丈郎はそんな気がしてならない。シキがまだ向き合えずにいる叔父はまた訪ねてくるかもしれない。家に泊めた際に「ここから離れようと思ったことはないのか」と丈郎に尋ねた。ここではもう静かな暮らしはできないと、考え始めているのではないか。
 シキが行ってしまうのではないかという不安と焦燥と、もう会わない方がいいからそれでいいという諦念(ていねん)の狭間にいる。丈郎はシキの選択に口を出せない、だから悩んでも仕方ない。それでも帰宅後は眠りにつく気になれず、とりとめのないことを考え続けていたが、ふとあることに思い当たり、眠れなくなった。
 シキハラトモヒコ。シキの叔父の名前。
 その名前で検索すれば、何かヒットするかもしれない。
 彼の情報から、シキが親に刺された事件にたどり着けるかもしれない。シキの過去に近づける何かが得られるかもしれない。
 シキの背中を見たあの日から、ひっかかっていたことがある。刺されたのが雨の日だった。でもシキがまだ語っていない、シキの心の中にいる死者は誰なのか。
 シキが話してくれるのを待つべきだという正論。そんな機会はもう来ないのではないかという予感。このやり方はフェアではない、それはわかり切っている。ネットに名が残る悲惨を知っているのにそれを利用するのか――逡巡(しゅんじゅん)するうちに眠りに落ちていた。
 夜が明けていく。ほの明るい白い光が広がっている。だが陽光は雲の向こう、今朝も梅雨空が天を覆っている。
 検索しても何も見つからないかもしれない。今日にもシキがこの町を去るかもしれないのに、フェアじゃないからと意地を張るのか。意地を張り通して良かったことが何もなかったのに。
 言い訳は止せと心の内で呟きながら、丈郎はタブレットの電源を入れる。
 式原と入力してみる。トモヒコの候補を、おれは何をやっているのかと思いながら、何度か入力し直す。
 式原朋彦
 丈郎はその記事を読んだ。

 16日午後八時頃、×町で「隣家の様子がおかしい」と住民から110番通報があった。警察官が元会社員式原明さん(37)宅で、血を流して倒れている式原さんと長男の純さん(15)を発見。式原さんは搬送先の病院で死亡が確認された。純さんは背中を刺されて重傷。現場近くにいた式原朋彦容疑者(25)に事情を聞いたところ「兄と生活態度のことで口論になった。兄が仲裁に入った純さんを刺したので、かっとなって揉み合ううちに刺してしまった」と話している。
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