第5話①

文字数 1,088文字

「初めまして。五百倉(いおくら)菜月といいます。実は初めましてではありません。あなたの住所を知っていたので、家へ行ってあなたの顔を見ています」

 彼女からの手紙は書き出しから異様だった。
 自宅に投函されていた封書だった。宛名は「安住君へ」、切手は貼られてない。丈郎は自分宛と解釈して開封した。郵送ではなく直に届けられていることと封筒の厚みに、厄介なものだと予期できた。
 文面は「私は」と続き、生い立ちが(つづ)られていた。
 相続した不動産で裕福に暮らす父親。生みの母親との思い出はないが、今の母親が継母なのは子供の頃から知っていて、機嫌を取ろうとする継母は好きになれない。五歳下の異母妹は、両親は無論、皆からかわいがられていて、自分は寂しい思いをして育った。
 丈郎は義理で読み進めた。いつどこでこんな女に目をつけられてしまったのかわからないが、この女とは関わらない方がいい、そう思った。
 生い立ちの部分は前振りに過ぎなかった。
 中三の時、家をリフォームすることになった。家の中を整理する作業中、生母の私物をまとめた箱を見つけた。その中に古い葉書があった。
「宛名は母の旧姓でした。差出人は安住章美という人で、多分あなたのお母さんです。裏返すと『私の前に二度と現れないで下さい』とだけ書いてありました」
 安住章美は、丈郎の母の名で間違いない。母と結婚した際、父は安住姓になった。
 彼女は父親に、安住章美という人を知っているか繰り返し尋ねる。父は知らない覚えがないと答え、(しま)いにそんな人は知らない、いい加減にしろと声を荒げる。やましいことがあるのではと彼女は考える。生母に送られた葉書。封書ではなく、誰でも文面を読める葉書で送りつけられた、絶交の言葉。消印は両親が結婚した年。
 安住章美という人は、父と付き合っていたのではと彼女は思い至る。だから父は、安住章美の名を出されるのが嫌だった。安住章美から父を奪った生母は、謝罪に出向いて追い返され、追い打ちのようにあの葉書が送られてきたのではないか。
「葉書のことはずっとひっかかっていました。葉書の住所をいれて地図を見ていたら、近くにD学園の寮を見つけました。寮がある学校なら入学できるのではと思いました。私は家族とうまくやっていけないし、家族も私がいない方がいいでしょうから」
 家族と離れるのが主目的で、彼女はD学園に入学、寮で生活し始める。高校生活に慣れた頃、彼女は葉書の住所へ行ってみる。そして安住家に高校生が住んでいると知る。
「あなたは、母親の違うお兄さんではないでしょうか。
 月曜日、校門前で待っています。その時、あなたの名前を教えて下さい」

  
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