第13話

文字数 700文字

 丈郎とシキの日々は淡々と過ぎた。
 平日の朝、シキは仕事に出掛けて夕方以降に戻る。時々残業で遅くなる。丈郎はそれまで通りの生活リズムを守って暮らした。午前中は主に家事と祖母が残した家庭菜園の世話。午後から勉強。適当な時間に散歩や買い物に出る。食事は各自で用意するが、簡単な料理なら作れる丈郎が、カレーや煮物を作ってシキに分けることもあった。
 シキは転居先を探していたが、迷っているようだった。
「何処でもいいと思うと、一つに(しぼ)れないものなんだな」
「この町を選んだ時は」
「転校を相談した高一の時の担任が、あの高校の卒業生だったんだ。部屋も探してくれて、借りる時の手続きも手伝ってくれた」
「そうだったのか。――大きく分けていったらどうだ。都会か、地方か」
「地方。人が多いのは苦手だし、水と空気がきれいな土地がいい」
「北か南か」
「――北かな。暑い方が苦手」
「海側か山側か」
「海より山だな」
「トレッキングかロッククライミングか」
「その〈山〉じゃないだろう」
 シキが笑う。
 その屈託のない笑顔を見ながら、丈郎は「それならここでもいいだろう」と言いたくなる。朋彦はシキが公団住宅の部屋に戻らないと確認すれば、別の町へ移ったと判断し、もう現れないのではないか。
 だがシキが朋彦に居場所を知られたこと自体に大きなストレスを感じているのは見当がついた。誰が朋彦に教えたのか判らないのも不安だろう。朋彦とまだ相対できないシキは、ここではない何処かへ向かうことを、リセットを求めている。とどまれない理由はあっても、とどまる理由はない。
 時折他愛のない会話をするだけで、家の中で顔を合わせる時間の少ないまま、時は過ぎていった。

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