第12話

文字数 652文字

 シキとの二人暮らしが始まった時、丈郎は普通に生活して普通に過ごそうと思っていた。
 シキに惹かれていたが、その想いにはまだ名付けられなかった。
 シキの人柄には好い印象を持っていたし、自身を「重い」と言うシキの力になりたかった。踏み込めない領域を感じながら、今は見守るだけだと思い、丈郎自身はシキの負荷にならないように配慮したかった。
 それらは表向きで、裏の面があることには気付いていた。
 シキは丈郎が孤立し孤独になった後に現れた唯一の人間だった。そういう存在を失いたくない思いの強さでシキに引きつけられている部分は、あるはずだ。
 「まだ話せない」と言ったシキの沈黙を尊重しようという思いには、〈自分の番〉が来るのを避けたい気持ちが影響していないか。
 丈郎が自身について話すことは、自分がひととして無価値の空っぽな人間だと打ち明けるのと同然だった。彼女の自死を悲しめず、その死の責任を引き受けられない。非情で(かたく)なな丈郎を、失いたくないと思う人間は誰もいなかった。
 シキの負担になりたくないのも正直な気持ちだが、その裏側には、自身の内実を知られてシキにがっかりされたくないという怖れがある。
 シキに良く思われたいのか。そばにいる唯ひとりの人間だからか。だから住処(すみか)をなくしたシキを助けたのか――負の螺旋(らせん)に捕われそうになりながら、丈郎は「違う」と心の中で呟く。違う、としか判らない。言葉にできない。
 普通に生活し、普通に過ごす。シキが次の段階に進むまでの足場になる。
 それだけを、今を、とりあえず続けようとした。
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