第4話①

文字数 716文字

 丈郎が電車に乗り込むのを見てから、諸橋優以(もろはしゆい)は少し離れた扉から乗車した。
 席に着かず、優以は立ったまま後方から丈郎を(うかが)った。旅行に行くのか、スーツケースを持っていた。スマホを取り出すこともなく、窓の方へ顔を向けている。今もスマホを持ってないとは思えないが、見る習慣がないのかもしれない。
 あの騒ぎの後、丈郎がケータイを解約したのを知ったのは偶然だった。
 優以は丈郎と同い年で遠縁に当たる。母の父方の祖母が、丈郎の曾祖父の姉だったとかで、親たちも町中で出会えば立ち話をする仲だ。
 三学期が始まった頃だった。母が、ケータイショップから出てきた丈郎の祖母と出会ったという。
「丈郎に頼まれて解約してきたんだ、って。元々あまり話さない子だったけど、相変わらず何も話さない、って」
 母は淡々とそう言った。
 優以は、丈郎から何かを引きちぎられたような気がした。
 つながりを拒まれ、壁の向こうにひきこもってしまったと思った。何であっさり向こう側に行ってしまうのか。何の助けにもならない私はもう要らないという意味か。
「話したければ固定電話があるし。会いに行けばいいものね」
 (かたわ)らにいた姉の季紗(きさ)の言葉の響きの冷たさに優以は(ひる)んだ。丈郎を見捨てた優以への、姉の落胆と軽蔑は(あら)わだった。
 見捨てた訳じゃない。何か力になれないかと内心では思っていた、心配していたし、今も気になる。でも何もできない――何もしない――うちに、とんでもないことになって、どうしていいのかわからなかった。スマホを手に、最初に何と打てばいいのか、迷うばかりで、ひと言も送れなかった。
 丈郎に、何て言えばいいのかわからなかっただけなんだ。言い訳は優以の胸の内に留め置かれることになった。





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