第14話①

文字数 896文字

 その日は朝から青空が広がっていた。雲は少なく、北よりの風が涼気を運んでくる。爽やかな朝だった。
 庭の水遣り等を終えた丈郎は台所で湯が沸くのを待っていた。
 階段を降りてくる足音が聞こえた。足音は近づき、シキが現れた。
「おはよ」
「おはよう」
 随分のんびりしてるなと思い、今日は土曜日だと気付いた。
「どうした。ぼうっとして」
「祖母が、もうしばらく居ると連絡してきた。でも本心ではずっと叔父の所に居るつもりだと思う。ついに一人か、と思って」
「そうか。駅まで歩きながら少し話したけど、おれも何となくそんな気がしてた」
 湯が沸くとシキは「おれが淹れる」と言った。丈郎が用意していたものを手際良く使い、やがてコーヒーの香りが立ち、丈郎の前にカップが置かれた。
「ありがとう」
「ちょっと濃いかもしれない」
 丈郎の向かいの席に、シキは自分の分のカップを置いて座った。
 シキが言った。
「一人暮らしは、慣れれば、楽だ」
「だろうな。でも慣れ過ぎてしまったら、一人でしかいられなくなってしまわないか」
「この家に誰か戻ってきた時、困るか」
「多分誰も戻って来ない」
 それを当然の事と受け止めているのに、そう思うと、丈郎は気付いた。
「自分一人じゃなくなる場合を想定して考えるのも、変だな。単身世帯は増えてる」
「だから自分も単身世帯になると考えるのも、変じゃないか?」
「それもそうだ。でも、そうなると思う」
 丈郎はコーヒーを飲んだ。濃いというより苦かった。
「ひとが、怖くなったか」
 シキが言った。
「怖いとは思ってない」
 丈郎はそう答えた。考えを整理してから、言った。
「自分の状況に納得できるからだろう。スマホを手放したのも中退も自分の意志だ。この家から家族が次々出て行った理由も、真っ当なものだった。ひとを怖いと思う理由がない。ずっと一人暮らしになるとしたら、その理由は自分だ」
「――そうか」
 シキはひとを怖れているだろうかと丈郎は思った。シキは最も近しい人々同士の殺傷を体験している。教室にもとどまれなかった。
「ひとがやることの中でなら、何が怖い」
 丈郎はそう尋ねてみた。
「――執着かな」
 丈郎は思いがけない答えに戸惑った。


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