第9話 濡れティッシュ&お手拭き
文字数 2,621文字
お散歩ゴミ拾いを始めてすぐの頃、じつは吸い殻よりもたくさん拾ったのが、この濡れティシュ&お手拭きであった。
それも、ねずみ色に汚れ、側溝の泥や埃と区別のつかなくなったようなものばかりで、使用したてのものはさほど多くなかった。
そういうのが、歩道と車道の間の溝に、あるいは吹き溜まり、あるいは目皿を詰まらせ、あるいは泥と同化して、累々と積み重なっていたのだ。
街路樹の根元にも落ちていたし、ツツジの植え込みの枝にも引っかかっていたし、ドラッグストアの駐車場では、アスファルトにへばりついて何かの模様みたいになってもいた。
大きなレジ袋の半分くらいを、この濡れティッシュ&お手拭きが占めたわけだが、理由は簡単で、どこにも移動せず、分解もしないゴミだから、その場に延々と堆積し続ける、ということだ。
吸い殻は数こそ多く、フィルター部分はいつまでも分解しないが、その他は分解して消え、フィルターは風で飛んでいきやすく小さいので、そこまで堆積しない。
ペットボトルやレジ袋、ビニール包装も、けっこう風で飛んでいきやすいのと、目立つせいで回収されるのか、濡れティッシュ&お手拭きほどには、溜まっているのを見たことはない。
溜まる、といっても年に一度くらいは、町内一斉清掃などで拾われるようで、逆に言えばつまり、約一年分は溜まっているわけだ。
それが証拠に、俺がゴミ拾いを始めて二週間もしないうちに、この濡れティッシュ&お手拭きの数は激減した。
まあ、激減したとはいっても、ねずみ色のものを拾い尽くし、白っぽい新品だけになっただけのことで、相変わらず毎日十枚やそこらは拾う。もはや、町のゴミの定番であると言って良い。
まあ、定番くらいならいいが、この濡れティッシュ&お手拭きがあちこちに堆積し、雨水の流れを阻害し、路面にへばりついている状態は、えらく荒んで見えるし実害もある。
災害を誘発し、景観を損ない、生態系を破壊する姿は、もはや悪魔の手先ではないか。
にしてもなんで濡れティッシュ&お手拭きを、そうもポイ捨てするのか。
これには大きな理由が二つあると思う。
まず、買い食いすると、必ず中にお手拭きを入れるという、余計な商習慣を、コンビニ業界がデフォルトにしていることだ。
ペットボトルや包装をポイ捨てしておいて、お手拭きだけはちゃんと捨てるなどという、不思議な思考の人間はいないだけのこと。つまり、必ずポイ捨てするバカと、いらないのに自動的にもらってしまうバカが一致しているわけで、ポイ捨てされるのも当然なのだ。
コンビニのレジ袋を回収すると、よく未使用のお手拭きがそのまま入っている。
かなりの割合で、使用されず無駄にされていること、そして、使用されようがされまいが、たくさんの客が、それを環境中にばら撒いて、悪化させ、目皿を詰まらせて、災害を招いていることを、コンビニ業界は知るべきだ。
もし知っていて改善しないというなら、これは大きな責任問題といえるだろう。
こうした未使用のお手拭きは、散歩から帰って分別する時、最後にこれを使って手を拭くのが俺の定番になってしまっているが、べつに無いからといって困りはしない。タオルを使うだけのことだ。
使用されないでただ捨てられるお手拭きが、なんとなく可哀想だから使っているに過ぎない。コンビニ業界は少なくとも、お手拭きを無料で付けるのを、やめてはどうか?
レジ袋の次にまず有料化すべきは、プラのスプーンなどの食器以上に、この不織布のお手拭きだと思う。
もう一つの原因は、このいかにも紙っぽい、濡れティッシュ&お手拭きが紙ではなく「不織布」というものだということだ。
この不織布、合成繊維を圧し固めただけのもので、自然界ではほとんど分解しない。要するにプラスチック製なのだと認識していないヤツがいる。
普通のティッシュペーパーやトイレットペーパーなどは、木材で作られたパルプ製だから、分解されやすい。それどころか微生物の分解を待つまでもなく、ミミズやダンゴムシが直接食べて、さっさと土にかえるくらいだから、環境中に蓄積することはない。
それと似たようなものだと勘違いして、その辺に捨てるヤツがいるわけだ。
これに対して、この濡れティッシュ&お手拭きは、いつまでも環境中に残り、冒頭に紹介したようにねずみ色の物体に変化して、植物の発芽を阻害し、側溝の目皿を詰まらせ、景観を悪くし、浸水の原因となってもいく。
もちろん、そもそもすぐ分解するティッシュペーパーだから、ポイ捨てしていい、なんてことはあるわけもない。
分解しようがしまいが、その辺にポイ捨てしていいゴミなどない。ポイ捨てするヤツが悪いことに変わりはない。
ところで俺は、ずっと『お手拭き&濡れティッシュ』と表現しているが、コンビニで配られているお手拭きと、除菌用の濡れティッシュは別のものだということくらい、誰でも知っている。
しかし、ゴミ拾いをしてみると分かるが、野外に落ちているとこの両者は区別がつかないのだ。
どっちも以前から比べると、素晴らしく耐久性が増し、丸まりにくくなり、肌触り良く、液体を含みやすく、しかも乾きにくく、目を見張るほど使いやすくなった。
これは、製造元が物性を追求し、とことん研究し尽くして、使用しやすい製品を作った結果であろうと思う。
なんという勤勉さ。
その努力と研鑽には脱帽である。だが俺は、あえて苦言を呈したい。
貴様ら、これがポイ捨てされるとは、ほんの少しも想定しなかったのか?
ティッシュと勘違いされるとは、思わなかったか?
環境中に残り続け、場合によっては災害の原因となるとは、僅かも思わなかったのか?
だとすると、おまえらはあまりに視野が狭い。売り上げと利益しか考えられない、ただのアホだ。
濡れティッシュ&お手拭き業界は、猛省すべきである。
あんたたちが思うほど、ユーザーは賢くない。というか、賢くない、あるいは自分勝手なユーザーが一定数いて、あんたたちの血と汗の結晶は、彼等の無神経と無知によって、環境破壊兵器へと変えられ、ばら撒かれていることを、認識してほしい。
どうあっても、この濡れティッシュ&お手拭きを、木綿とかパルプなどの、自然分解しやすい素材で作らねばならない。作ってほしいのだ。
それが、この悪魔の手先、環境破壊兵器を創り出してしまったあんたたちのできる、唯一の贖罪ではないだろうか。