第12話 鉢植え

文字数 2,146文字

 鉢植えが捨てられているのには、何度も遭遇しているのだが、散歩中に拾ったことは一度もない。ゴミ拾いを始めてから、河川敷や近くの丘陵公園にまで足を延ばさなくなったのが、その原因だと思う。
 というのも、いらなくなった鉢植えを捨てる際、河川敷や山裾に捨てに来るポイ捨て人間が多いのである。
 市の指定ゴミ袋に入りさえすれば、丸ごと燃えないゴミに出しても問題ないはずなのだが、何故かそうしない。彼らは人目を忍び、植木鉢ごと、あるいは中身だけを、河川敷や山裾、林道脇、休耕地などの、『アプローチしやすい緑地』に捨てて行くのである。
 可哀想だとでも思っているのか、簡易的に植えてあるものもあって、そんな気があるなら捨てるな、と言いたくなる。
 俺はそうしたものを見つけた場合、基本的にすべて持ち帰ることにしている。
 どうしてかといえば、普通のゴミよりヤバいからだ。枯れてしまっていればそれでいい。だが、場合によっては生きていて、根付き、繁殖を始める場合がある。
 言うまでもないが、鉢に植わっている植物は、基本的に園芸植物か外来植物、もしくは別の地域から持ってきた国内移入種である。
 外来生物問題が騒がれている昨今、それらがなぜまずいか、いちいち説明する必要もなさそうに思うが、一応説明しておく。
 言われるまでもない、という人は、ここから二十行ほど飛ばし読みしてほしい。
 さて。
 河川敷も山も林も休耕地も、本来は、日本在来の生態系が存在している。
 生態系というものは基本、その場所で進化した、あるいは自力でたどり着いた生物が、それぞれに利用し合い、作用しあって成立している。
 ここに外来生物なり、国内移入種なりが入り込んだ場合、どうなるか? べつに一気に崩壊して不毛の地になるとか、すべてを食い尽くしてそいつだけがはびこるとか、そんなふうにはならない。
 特定外来生物で、侵略的外来種の筆頭、凶暴、凶悪、貪食とまでいわれるブラックバスでさえ、池の生物を何もかも食い尽くすなんてことはない。というかできない。
 そこに生息する以上、餌生物を食い尽くせば自分も死に絶えるわけで、そうなる前にどっかでバランスが取れるようになるからだ。
 それをもって、ブラックバスなどを擁護する釣り人がいるが、だから大丈夫とはとても言えない。それは、すべての種が生き残る、という意味ではないからだ。
 種類によって、数の少ないモノ、繁殖力の低いモノ、逃げ足の遅いモノ、そうした種は数を減らし、その場所の生態系から退場していく可能性がある。
 退場しないまでも、大きく数を減らすことで、もともとその種を利用していた別の種が滅びたり、逆にその種が利用していた生物が異常繁殖したりするわけだ。
 つまり、外来生物の入り込んでしまった生態系は、もう前の生態系とは変わってしまっていて、二度と元には戻らないということだ。

 植木鉢の植物は、ブラックバスとは違い、小魚や昆虫を食い尽くすわけではない。
 しかし、他の植物を圧倒して育ってしまったり、その植物を利用する昆虫が異常に増えたり、毒成分に気づかず草食生物が食べて死んだりすることは、あり得る。
 そんなバカな、と思うあなた。
 厄介な外来植物でもっとも有名な植物の一つ、「セイタカアワダチソウ」が、元・園芸植物であり、花卉として日本にやって来たことを知るべきだ。
 このセイタカアワダチソウが、どれほど生態系に影響を与えているか、知りたい方は、どこでもいい、秋になったら一級河川の河川敷に行けばいい。日本中、ほぼどこでも河川敷は、背の高い黄色い花に埋め尽くされているのが、分かるはずだ。
 それ以外にも、マツヨイグサの仲間やビロードモウズイカ、ムラサキカタバミなど、園芸植物由来の外来種は結構多い。しかも今でも、新しい品種や種類の園芸植物が持ち込まれ続け、発売され続けているわけである。
 ビオトープ管理士としては、そういうものが野外に放逐されている状態は看過できない、というわけだ。
 以前、市内の杉林で、一面にコンテリクラマゴケという外国産のシダ植物が生えていたことがあって、よく探したら小さなポットが一つ見つかったこともある。
 こうなってしまうと、もう手が付けられないわけだが、幸いなことにこの場所のコンテリクラマゴケは、大雪があった翌年に全滅しているのを確認した。環境に適応しきれず、消滅する外来種も多いのだ。
 というかまあ、ほとんどがそうなのだが、それゆえにいったん増え始めると、競争相手も捕食者もいないために、爆発的に増えやすいので気を付けるべきなのだ。
 我が家の鉢植えや庭木には、こうした放逐植物由来のものが結構ある。
 ゴムノキ、ユッカ、アガパンサス、スイセン、テーブルヤシ、サツキ、ヒペリカムなどが、今でも俺の管理下で生きている。
 すべて、野外で拾ってきたものなのだが、どれも無駄にタフな植物ばかり。油断すると殖えるし、大型化するし、基本可愛げがない。ゆえに、捨てたヤツの気持ちも分からんでもない、と思うことはある。
 だが、俺がもし捨てるなら、ちゃんとゴミに出す。
 もちろん、俺はそんな理由で命は殺さない。彼らが生きている限り、そして俺の頭がしゃっきりしている限り、そんなことはあり得ないわけだが。
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