第35話 住所が架空でも通販できちゃうってのはまずくないか?
文字数 3,419文字
前々回。
水路に落ちていたゴミの中から、現金を抜かれた財布が出てきて、警察に届けたことを書いた。
その後、なんも連絡がないので、まあ、警察も忙しいんだろうし、捜査する気ないんだろうなあ、などと思っていたら、ある日唐突に電話があった。
詳しく話を聞きたいというので、現場をご案内。水路に落ちていたゴミをわざわざ拾い上げる奇特な人間は少ないようで、どうも少々俺を疑っていた節がある。
毎日散歩時にゴミ拾いをしていることを伝え、拾った状況を詳しく説明した。
あの日、俺は二つのゴミ袋を抱えていて、水面に浮かぶその袋を発見した。常備している伸縮する柄を取り付けた手製の長柄の鎌で引っ掛け、回収はしたものの、犬二匹と袋三つを抱え苦労したことなどを話した。
やはり窃盗事件であったようで、被害者は現金が入っていたと言っているようだ。カード類は、既に再発行を受けておられるようだが、金額以上に精神的ダメージは大きかろう。
もちろん、捜査上の秘密もあるだろうから詳しくは聞かなかったし、聞いたこともこれ以上は書かない。
さて。この現場検証の時に後悔したのが、帰宅後さっさと分別して、洗浄し、他の二つのゴミ袋の内容と混ぜてしまったために、指紋やDNAの取れそうなモノが、あまり残っていなかったことである。
とはいえ、財布が出てきたのは最後の最後であったから、どうしようもない部分もある。
とりあえず、今後は袋に入ったゴミに関しては、その袋を分別し終わるまでは、他のゴミと混ぜず、洗浄も後で別にすることにした。
そして、先日の日曜。俺は、またもゴミ袋を三つ拾うことになったのである。
毎度のことながら、水路にゴミ袋が浮いていたのだ。
しかし、俺は分別前から今回は、前回の窃盗犯とは違うヤツのゴミであろうとあたりをつけていた。
何故なら、窃盗犯の袋が落ちていた場所よりも、ふたつ上流にある水門に引っかかっていたからであり、一見して『生活感のある内容物』であったからだ。
この『生活感』ていうのは、ゴミのプロファイリングにおいて、第一印象として割と重要である。
たとえば、ペットボトルやスナック菓子、吸い殻、いいとこコンビニ弁当の容器くらいしか入っていない場合、ポイ捨て犯は往々にして、ドライバーである。
こうした生活感のないゴミは、車内で飲み食いして、ポイ捨てしたものである可能性が高い。もし、自分の部屋の中で発生したゴミならば、シャンプーや洗濯洗剤の空き容器、生ゴミ、調理が必要な食品の包装、生理用品などが混じっているものだ。
生活感のあるゴミには、請求書や領収書、レシート、DM、メモ書きなど、身元を特定可能なものが入っていることも多い。
今回も、もし、住所と名前の入った書類などが見つかれば、部屋のドアに張り紙でもしてやるか、アパートならその貸し主に、苦情の電話でも入れてやろうかと、邪悪な笑みを浮かべつつ分別を進めた。ポイ捨て犯は、これまで確認されていない新型のようで、三つの袋は、その内容の特徴から、同じポイ捨て犯のものだとわかる。
特徴というのは、まずスナック菓子などがほとんど無く、吸い殻も酒の缶も入っていないこと、同じ銘柄の洗剤など、同じ消耗品の包装が入っていることなどである。
特に印象的だったのが、三つともにキウイやバナナなど果物の皮と、ドリップコーヒーかすが、結構な数、入っていたことだ。
キウイの皮むきがかなりへたくそで、もともと果物が好きだったヤツの食べ方ではない。
急に健康に気を付け始めたものの、腹は減るし、何を食っていいか分からないから、健康そうな果物を、という感じを受けた。
まあ、率直に言ってバカである。
揚げ物やスナック菓子よりはマシだろうと考えたのだろうが、果物に大量に含まれている果糖やブドウ糖は、特に吸収効率がよい。食べ過ぎると糖質の過剰摂取となるので、肥満や中性脂肪の増加につながる。
しかも、コーヒーの量が非常に多い。まあ、軽くカフェインの禁断症状が出るくらいの量だ。
少量なら、コーヒーも健康に悪くないのだが。
などと、じっくり観察しつつ中身を分別していくと、おおお!! なんとアマ○ンの注文伝票があるではないか。
これで、名前も住所も電話番号も分かる。
自分で電話するのは喧嘩になりそうで嫌だが、コイツを元に大家か不動産屋を探し出し、苦情をねじ込んでやるくらいは出来そうだ。
俺は嬉々としてパソコンを開き、住所検索してみた。
…………ねえ。
そんな建物はどこにもなかった。
誤字かと考え、住所でマップ検索もしてみたが、どっかの個人宅の倉庫だった。
こうなると、電話番号も怪しい。
実際のところ、ア○ゾンなどでネット通販しようとした場合、コンビニ受け取りや営業所止めを使えば、記載する住所や電話番号は、架空でも構わないわけだ。
確認された時に必要なので、名前だけは本名にしている可能性が高いが、信用できる情報はそれだけしかない。
この男は確信犯。ポイ捨てにも、かなりな悪意を感じる。そこで、名前と地域で検索をかけてみた。
その結果……出てきたのは、約十年前の器物損壊の記事。
なんと、張り込み中の警察車両のタイヤをパンクさせ、乗っていた警察官に現行犯でとっ捕まっていた。何故、そんなところに警察が張り込んでいたか、というとその近所で駐車車両がパンクさせられる事件が相次いだからだそうで、それにまんまと捕まったわけだ。
つまり余罪だらけだったであろうが、器物損壊程度では、十年も経たずに出てくるわな。
もちろん同姓同名、ということも考えられるが、俺は同一人物であろうと確信している。
当時そいつは50歳。今は60を越えているはずだが、まだこんな社会不適合生活してるんだな。
情けない。
とはいえ、財布泥棒に加えて、これで近所に要注意人物がまた一人増えたわけだ。
にしてもこの水路。本当によくゴミが流れてくる。散歩であちこち歩くから分かるが、他の水路はこんなにゴミは多くない。ゴミ拾いを趣味とする俺にとっては、面白いのも確かだが、手に余る状況も多くて困る。
長柄の鎌を制作したおかげで、水門に溜まるゴミを回収可能になったわけだが、今朝など大量の使い捨て紙おむつが浮いていて、さすがに犬二匹と糞バケツを持った状態での回収は諦めた。
この紙おむつ。松○の持ち帰りチー牛の残飯を、生理用品やコンドームの包装、尿袋などと同梱して捨てていた女の仕業ではないかと思っている。
同棲か新婚かは分からんが、ゴミに男の気配も感じるこの女は、とうとう出産したのではなかろうか。
何故なら、ここしばらく、この女だと特定できるゴミが浮いていなかったのだ。
そして今回、紙おむつと一緒に浮いていたゴミが、スーパーの半額総菜の包装ばかりで、あくまでコンビニに行かず、レジ袋を使わない傾向が、どうも似ている。
出産と同時に、家計が苦しくなって松○の飯には手が出せなくなり、ゴミはすべて、スーパーの半額総菜となったと考えれば説明がつく。
それでもお茶はペットボトルで飲んでるようだけどな。
自分で麦茶沸かせば、コスト十分の一以下で、存分に飲めるんだが……
ともあれ、この大量の紙おむつってのは、さすがに看過できないので、市役所に苦情を入れて、注意喚起してもらおうと思っている。
あと、水門に溜まったゴミを回収していて分かったのだが、前に書いた、毎日同じ銘柄のコーヒー缶を捨て続けているバカは、一日一本ではなく二~四本ポイ捨てしている。
セブン○レブンで買って、すぐ飲んでポイかと思っていたが、どうやら飲んではポイ出来る位置に部屋のある人間の仕業のようだ。
考えてみれば、中に複数の吸い殻が詰め込まれていることがあるから、車でコンビニに立ち寄って、というよりは、部屋でくつろぎながら飲んでいると考えた方が、説明がつく。
こいつもどうにかして身元を特定したいところだが、コーヒー缶だけではなかなか尻尾をつかめない。
飲み口に口をつけているはずだから、DNA鑑定をかけることができたら、一発で分かるんだがなあ。
まあ、地道に拾い続けるしかない。
ポイ捨てするようなヤツは、いい加減で間抜けで知能程度が低く、自分のやったことがどういう結果を招くか、想像もつかないバカばかりだから、そのうち、身元が分かるようなヘマをするに違いない。
その時が楽しみである。