第24話 仕事だからってのは理由にならない
文字数 2,965文字
俺がまだ、新入社員だった頃の話である。
仕事は営業。千葉県の東葛地区が、俺の担当であった。
営業車で客先を回り、売り込んだり文句を聞いたりするお仕事である。
その日も、区域内の住宅街を走っていた。狭い路地に面した客先があって、そこへ向かっていたのである。
その路地への曲がり角を曲がった瞬間。百メートルほども向こうに、ど真ん中を塞ぐようにして止めた車が目に入った。
向きはこちら向き。一方通行ではないから、それはいい。
だが、そいつは道をふさいだまま、何やら積み下ろししている様子である。こちらの存在に気づいていない筈はないが、一向に急ぐ様子はない。
一分……二分……三分……最初は、曲がってすぐの位置で待ち、こちらに進んできたらバックして道を譲ろうと思っていたのだが、だんだん腹が立ってきた俺は、車を進めてそいつの前までやって来た。
よく見れば、向こうは十メートルも下がれば路地がある。
ようやく積み下ろしが終わったのか、運転手が乗り込む。ここまで待たせたのであるから、当然下がるだろうと思っていたところ、驚いたことにそいつは車を進めてきた。
しかも、動かない俺に向かって手をシッシッと振り、下がれとジェスチャーしてくるのである。
やむを得ず、百メートル近くも下がった俺だが、さすがに腹が立ったので、そいつがウィンカーを出した方へハンドルを切ってやった。
そこへきて、ようやくこちらの顔を睨みつけたそいつは、ギリギリまで近づいたところで車を止め、窓を開けて怒鳴ってきた。
「何だコラ⁉ 貴様喧嘩売ってんのか!!」
「ハァ? 道ふさいどったのお前やろ!!」
「こっちは仕事してんだ!! ヒマじゃねえんだよ!!」
「なめんな!! こっちだって仕事じゃ!!」
「どこのどいつや!! 会社と名前言えや!!」
「人に聞くなら先に貴様が名乗れ!!」
「F倉クリーニングのF倉コウジじゃ!!」
と、そいつが名乗ったので、俺も名乗ってやった。気圧されたようにしばらく黙ったF倉コウジは、「覚えとくからな!!」と、捨てゼリフを残して去って行ったのであった。
覚えておくのはこっちの方である。ホラ、まだ覚えていただろ?
万一これ読んで、約束通り、もし覚えていたなら、F倉コウジも俺の名と所属を、エッセイででも何でも書けばよろしい。
今回は、武士の情けで一部伏字にしといてやったから、ありがたく思え。
さて。ポイ捨てとまったく関係のない話を、長々とさせていただいたわけだが、何が言いたいかというと、『仕事』であれば、何をやっても許される、と勘違いしているバカがいる、ということだ。
看板の設置や、道路に面した各種設備の工事、歩道の整備など、どれも仕事であるのは分かる。ご苦労様と言ってやりたいとは思うが、何で作業員が去った後、不自然に吸い殻や空き缶が増えているのか?
どうして、ネジや銅線の切れ端などが、そこここに散らばっているのか?
インシロックと言われる結束バンドもよく落ちている。余分な切れ端はもちろん、使用前のものも落ちていて、使えるので取っておいたら、一昨日、ついに十本を越えた。こんなものでも放置すれば、当然マイクロプラスチックの元となるゴミだ。
木ネジのたぐいも落ちている。先のとがった木ネジは、自動車のタイヤに刺さると、振動と圧迫で次第にめり込んでいき、パンクを引き起こす原因になる。
こうしたもののポイ捨て、放置は、仕事だから仕方ない、落としたものをいちいち探し、片付けていては仕事にならない、という意識が根底にあるのではないかと思う。
だが、そもそも『仕事だから』というのは、免罪符になるのだろうか?
仕事ならば、報酬をもらっているはずである。
仕事と報酬は、本来等価だ。
つまり、仕事をきちんとやるのは当たり前のことであって、べつに威張ることではない。
その報酬で生活しておいて、他人に迷惑をかけるなど、逆にプロとしてあるまじき行為、恥ずべき事ではなかろうか?
車の止めやすい場所、というのがある。
公園の脇や、土手の傍、橋の下、社寺林や森に面した道路など、交通量は少ないのに、不思議と道幅が広く、日陰の範囲も大きい、そんな場所である。
昼休みともなると、運搬車両やサービスカー、営業車が所狭しと並ぶ。そのほとんどが、エンジンをかけっぱなしである。ダッシュボードに足を投げ出し、だらしない格好で雑誌を読み、あるいはぐうぐう寝ている奴も、何人もいる。
働くおじさんたちの、束の間の休息場所なのだ。
生活のため、家族のために早朝から夜遅くまで必死で働くおじさんたちの、漸く休める昼休みのひと時、というのは、分からなくはない。
だがしかし、むさ苦しいオッサンたちが乗った車が、びっしりと並ぶだけでも、相当な威圧感だ、ということくらいは理解しといた方が良い。
ご近所にとっては、たくさんの車がやって来た時点で、もう怖い。交通安全上でも、治安面でも、衛生面でも、すでに十分な迷惑をかけているのだ。
それどころか、そんな場所が近くにあるだけで、若い女性や将来のあるカップルなどは引っ越してくるのを避け、住宅としての評価までも下がっているかもしれない。
他の場所なら、一室五万円取れるアパートが、四万五千円にせざるを得ないとしたら、直接、金銭的損害を与えていることになる。
であるにも関わらず、そいつらは、仕事だからというのを笠に着て、態度を改めようとはしない。それどころか、その場にペットボトルや弁当や菓子の包装、吸い殻をポイ捨てし、立小便までしていくのである。
これは、想像で言っているのではない。
そういう場所を、いくつも知っているから言っている。幸いにも、我が家の近くにはそういう場所はない。もしあったら、毎日のゴミ拾いには、今の三倍くらいのサイズの袋を持って行く必要があるかも知れない。
外で働くおじさんたちに言っておく。
仕事をする上で、周囲に迷惑をかけないように配慮することを、忘れるな。
作業効率も大事だろうが、たとえ小さなものであろうとも、ポイ捨てや放置をするな。
そういったゴミは、そしてあんたの行動は、あんたの想像以上に周囲に迷惑をかけているのだ。
仕事だから、疲れているから、などというのは、一切、免罪符にならない。
仕事をするのは、特別なことではない。威張るな。おごるな。
普通の人間なら、仕事をするのは当たり前のことであって、一生懸命やれば、疲れるのも当たり前だ。その当たり前のことをやって、報酬をもらっているだけのこと。
ゆえに、成果や所属組織に対してだけでなく、その影響にも責任を持て。
車を止めて休むならば、休んでいい場所へ行け。
公道上は、当然どこもダメだ。大型店舗の駐車場も営業妨害だからダメ。公園など公共施設も、目的外使用はダメ。
どこなら大丈夫か? 自分で考えろ。
エンジンは止めろ。寒かったり、暑かったりするなら、食堂へ入ればいいのだ。昼飯にコンビニを選んだなら、暑い寒いくらい我慢しろ。
小便はトイレでしろ。
そしてどこであろうと、あらゆるゴミをポイ捨てするな。すべて持ち帰れ。
そんなこともできない分際で、プロを名乗るな。大人を標榜するな。
ちゃんとしろ。
大きくなっただけのガキだと言われたくないならな。
仕事は営業。千葉県の東葛地区が、俺の担当であった。
営業車で客先を回り、売り込んだり文句を聞いたりするお仕事である。
その日も、区域内の住宅街を走っていた。狭い路地に面した客先があって、そこへ向かっていたのである。
その路地への曲がり角を曲がった瞬間。百メートルほども向こうに、ど真ん中を塞ぐようにして止めた車が目に入った。
向きはこちら向き。一方通行ではないから、それはいい。
だが、そいつは道をふさいだまま、何やら積み下ろししている様子である。こちらの存在に気づいていない筈はないが、一向に急ぐ様子はない。
一分……二分……三分……最初は、曲がってすぐの位置で待ち、こちらに進んできたらバックして道を譲ろうと思っていたのだが、だんだん腹が立ってきた俺は、車を進めてそいつの前までやって来た。
よく見れば、向こうは十メートルも下がれば路地がある。
ようやく積み下ろしが終わったのか、運転手が乗り込む。ここまで待たせたのであるから、当然下がるだろうと思っていたところ、驚いたことにそいつは車を進めてきた。
しかも、動かない俺に向かって手をシッシッと振り、下がれとジェスチャーしてくるのである。
やむを得ず、百メートル近くも下がった俺だが、さすがに腹が立ったので、そいつがウィンカーを出した方へハンドルを切ってやった。
そこへきて、ようやくこちらの顔を睨みつけたそいつは、ギリギリまで近づいたところで車を止め、窓を開けて怒鳴ってきた。
「何だコラ⁉ 貴様喧嘩売ってんのか!!」
「ハァ? 道ふさいどったのお前やろ!!」
「こっちは仕事してんだ!! ヒマじゃねえんだよ!!」
「なめんな!! こっちだって仕事じゃ!!」
「どこのどいつや!! 会社と名前言えや!!」
「人に聞くなら先に貴様が名乗れ!!」
「F倉クリーニングのF倉コウジじゃ!!」
と、そいつが名乗ったので、俺も名乗ってやった。気圧されたようにしばらく黙ったF倉コウジは、「覚えとくからな!!」と、捨てゼリフを残して去って行ったのであった。
覚えておくのはこっちの方である。ホラ、まだ覚えていただろ?
万一これ読んで、約束通り、もし覚えていたなら、F倉コウジも俺の名と所属を、エッセイででも何でも書けばよろしい。
今回は、武士の情けで一部伏字にしといてやったから、ありがたく思え。
さて。ポイ捨てとまったく関係のない話を、長々とさせていただいたわけだが、何が言いたいかというと、『仕事』であれば、何をやっても許される、と勘違いしているバカがいる、ということだ。
看板の設置や、道路に面した各種設備の工事、歩道の整備など、どれも仕事であるのは分かる。ご苦労様と言ってやりたいとは思うが、何で作業員が去った後、不自然に吸い殻や空き缶が増えているのか?
どうして、ネジや銅線の切れ端などが、そこここに散らばっているのか?
インシロックと言われる結束バンドもよく落ちている。余分な切れ端はもちろん、使用前のものも落ちていて、使えるので取っておいたら、一昨日、ついに十本を越えた。こんなものでも放置すれば、当然マイクロプラスチックの元となるゴミだ。
木ネジのたぐいも落ちている。先のとがった木ネジは、自動車のタイヤに刺さると、振動と圧迫で次第にめり込んでいき、パンクを引き起こす原因になる。
こうしたもののポイ捨て、放置は、仕事だから仕方ない、落としたものをいちいち探し、片付けていては仕事にならない、という意識が根底にあるのではないかと思う。
だが、そもそも『仕事だから』というのは、免罪符になるのだろうか?
仕事ならば、報酬をもらっているはずである。
仕事と報酬は、本来等価だ。
つまり、仕事をきちんとやるのは当たり前のことであって、べつに威張ることではない。
その報酬で生活しておいて、他人に迷惑をかけるなど、逆にプロとしてあるまじき行為、恥ずべき事ではなかろうか?
車の止めやすい場所、というのがある。
公園の脇や、土手の傍、橋の下、社寺林や森に面した道路など、交通量は少ないのに、不思議と道幅が広く、日陰の範囲も大きい、そんな場所である。
昼休みともなると、運搬車両やサービスカー、営業車が所狭しと並ぶ。そのほとんどが、エンジンをかけっぱなしである。ダッシュボードに足を投げ出し、だらしない格好で雑誌を読み、あるいはぐうぐう寝ている奴も、何人もいる。
働くおじさんたちの、束の間の休息場所なのだ。
生活のため、家族のために早朝から夜遅くまで必死で働くおじさんたちの、漸く休める昼休みのひと時、というのは、分からなくはない。
だがしかし、むさ苦しいオッサンたちが乗った車が、びっしりと並ぶだけでも、相当な威圧感だ、ということくらいは理解しといた方が良い。
ご近所にとっては、たくさんの車がやって来た時点で、もう怖い。交通安全上でも、治安面でも、衛生面でも、すでに十分な迷惑をかけているのだ。
それどころか、そんな場所が近くにあるだけで、若い女性や将来のあるカップルなどは引っ越してくるのを避け、住宅としての評価までも下がっているかもしれない。
他の場所なら、一室五万円取れるアパートが、四万五千円にせざるを得ないとしたら、直接、金銭的損害を与えていることになる。
であるにも関わらず、そいつらは、仕事だからというのを笠に着て、態度を改めようとはしない。それどころか、その場にペットボトルや弁当や菓子の包装、吸い殻をポイ捨てし、立小便までしていくのである。
これは、想像で言っているのではない。
そういう場所を、いくつも知っているから言っている。幸いにも、我が家の近くにはそういう場所はない。もしあったら、毎日のゴミ拾いには、今の三倍くらいのサイズの袋を持って行く必要があるかも知れない。
外で働くおじさんたちに言っておく。
仕事をする上で、周囲に迷惑をかけないように配慮することを、忘れるな。
作業効率も大事だろうが、たとえ小さなものであろうとも、ポイ捨てや放置をするな。
そういったゴミは、そしてあんたの行動は、あんたの想像以上に周囲に迷惑をかけているのだ。
仕事だから、疲れているから、などというのは、一切、免罪符にならない。
仕事をするのは、特別なことではない。威張るな。おごるな。
普通の人間なら、仕事をするのは当たり前のことであって、一生懸命やれば、疲れるのも当たり前だ。その当たり前のことをやって、報酬をもらっているだけのこと。
ゆえに、成果や所属組織に対してだけでなく、その影響にも責任を持て。
車を止めて休むならば、休んでいい場所へ行け。
公道上は、当然どこもダメだ。大型店舗の駐車場も営業妨害だからダメ。公園など公共施設も、目的外使用はダメ。
どこなら大丈夫か? 自分で考えろ。
エンジンは止めろ。寒かったり、暑かったりするなら、食堂へ入ればいいのだ。昼飯にコンビニを選んだなら、暑い寒いくらい我慢しろ。
小便はトイレでしろ。
そしてどこであろうと、あらゆるゴミをポイ捨てするな。すべて持ち帰れ。
そんなこともできない分際で、プロを名乗るな。大人を標榜するな。
ちゃんとしろ。
大きくなっただけのガキだと言われたくないならな。