第20話 農業ゴミ

文字数 5,319文字


 前にも書いたが、農地へのポイ捨ては目に余る。
 空き缶、ペットボトル、レジ袋、プラ包装、それらを明らかに農地に向けてポイ捨てしていると分かるゴミは、ほぼ毎日拾える。
 手の届く範囲だけで、である。奥へ投げ込まれているものは、さすがに踏み込んで取ることはできないので、放置せざるを得ないのだ。
 どうも、建造物のある土地より、無い土地の方が、ポイ捨てしやすい、あるいはしても構わない、と思っているポイ捨てバカ人間が多いのではないだろうか。
 何度も書くが、こういうことは厳に慎んでほしい行為である。

 だが、ひるがえって農業者側はどうだろう。
 実は、農業で発生して、その辺に放置されるゴミも、決して少なくないのだ。
 まず、もっともよく見受けるのが、田畑へわざわざ振りまいている生ゴミだ。
 さすがに、肉や魚系は少ないが、野菜系、果物系は、もはや農村の風物詩と言って良いレベルでよく見る。
 大根の皮や葉は、おそらくたくあんや麹漬けを作った際の廃棄物だろうし、白菜やキャベツの葉は、出荷や利用した際に発生したゴミだろう。
 冬はみかんの皮、夏はスイカの皮、秋は熟し過ぎた柿も見かける。芽の出たジャガイモ、不揃いなサツマイモ、割れたカブ、未熟なカボチャ……挙げていけばきりがないくらいだ。
 水田地帯で、特産品の少ない俺の地元ですらこうなのだ。地域が違えば、もっと多様で多彩な生ゴミが、田畑に捨てられているに違いない。
 「その畑で採れた野菜クズや果物クズを、その場所に捨てて何が悪い」
 農業者の方は、そう言うかもしれない。誰にも迷惑かけてないぞ、と。だが、迷惑をかけていないことはないのだ。
 まず、こうした野菜クズ、果物クズに誘引されて、様々な野生生物が農村へとやって来る。
 カラスから始まって、イノシシ、シカ、クマ、サル、タヌキ、ハクビシン、アライグマなどが、これらを目当てにやって来る。出来損ないだろうが、腐っていようが、山の植物よりもよほど栄養価が高く味もよいものが、塊で放置されているのだ。これを食わない手はないというもの。
 山林から遠くて、こういう生物がいない、と思うあなた、それは大きな間違いだ。
 最近では、TV番組でもよくやっているからご存じの方も多いだろうが、タヌキやハクビシン、アライグマなんぞは東京都心にだっている。東京の西の方では、イノシシやサルが街中に出没して、駆除されたりもしている。
 そういう事件が既に報道され、認知されている地域では、とっくに注意喚起されているはずだ。よって、こんなバカなゴミ捨てはしないであろう。
 だが、これまで一度もそんな野生生物は見ていない、という地域であっても、全く油断できないのが現状だ。実際、野生生物の行動圏は、人間の町へ向けて広がっているのである。
 今年なんともなかったからといって、来年も野生生物が来ない保証などどこにもないのだ。
 まあ、これを読んでいる方に、そもそも農業者が少ないだろうし、その上、田畑に生ゴミをポイしている方は、更に少ないだろうとは思うが、それでも注意喚起しておく。
 田畑に生ごみを直接捨てるのは、非常に間違った行為である。

 農業ゴミで、他によく見るのが、マルチング用ビニールシートである。
 これは、真っ黒なビニール製で、長さは数十メートル。これを畑に敷いて穴をあけ、そこに苗を植える。すると、ビニールが地表を覆うことで、草が生えてこないため、かなり手間が軽減できる。当然、無農薬で草を抑制できるわけで、これだけでも非常に便利なアイテムだ。
 だが、このマルチングの効果はそれだけではない。このビニール、色が黒いため、太陽熱を吸収しやすく、しかも地表に直接冷たい風も当たらないため、地温を上げるのだ。
 しかも、水蒸気を通さないため、土壌の水分を蒸発させない効果もある。
 丸めたビニールシートは、とてつもなく重く、敷くのに手間も人手もかかるわけだが、そんなデメリットを差し引いても、余りあるほどのメリットがあるアイテムなのだ。

 使用上はこれほど便利でも、使い終わった途端に、最大級の厄介者になるのも、このビニールシートの特徴である。
 この黒ビニール、厄介なのは、はがす時に千切れやすく、土中に残ってしまうことだ。かなり丁寧にはがしたつもりでも、どこかが千切れているようで、後で耕すと、土中から黒い切れ端が顔を出す。
 その量は大したことはないのだが、畑仕事という大きな作業をしている中で、切れ端を拾うという、細かい作業が挿入されるのは、地味に作業時間とモチベーションを削られる。
 薄くて巨大な本体は、もっと大変だ。ビニールの塊は、そもそもプラリサイクル出来ないほど土で汚れているが、自治体によっては、たとえ綺麗な状態でも、農業廃棄物は引き取らない。
 俺の住む市のサイトを見ても「JAにご相談ください」などと書かれてあるきりで、どうしたらいいかさっぱり分からないのだ。
 俺も、じつは畑は作っている。この黒いマルチングも使用するが、規模が家庭菜園レベルで、かつ市場に出荷もしていないから、農業者ではないらしい。
 市に問い合わせしたところ、燃えないゴミの日に出せとのことだったので、そうしている。
 だが、出荷しているような農業者は、実際どうしているのだろうか?

 そんなに大変なものだったら、最新技術で生分解性にしたらいいのじゃないか、などと思うかもしれない。だが、生分解性プラは一般的に、強度が落ち、分厚くなり、重くなり、値段も上がる。これまでの黒ビニールのハンドリングの良さと、リーズナブルさが一気に失われるのだ。
 多少高くても、環境のためならいいじゃないかと思うかもしれないが、だったら、野菜が常時今の2倍くらいの値段になっても、我慢して買うとでもいうのか? 環境のためだから、仕方がないとでも?
 多少の天候不順で、野菜が値上がりしたくらいで、今にも死にそうな声を上げている消費者が、そんなもん我慢してくれるはずがないだろう。
 重量も大きな問題だ。どんどん高齢化している農業者が、今より重くてハンドリングの悪い製品を、自分の得にならない環境なんぞのために、チョイスするわけがない。
 その上、強度が下がれば千切れやすくなり、土中に残る量が増えるのも、容易に想像がつく。
 土中に残っても、分解するのだからいいのか、といえば、そうではない。生分解プラには欠点も多々あるのだ。
 この機会に、ちょっと生分解性プラの話をしておく。

 すでに「生分解性プラスチック」「バイオマスプラスチック」「バイオプラスチック」などというものが研究開発され、一部は商品化もされている。
 たとえば「生分解性プラスチック」は、通常のプラスチックと同様の耐久性を持ち、自然界に存在する微生物の働きで最終的にCO2と水にまで完全に分解されるプラスチックと定義されている。しかし、「バイオマスプラスチック」は、バイオマス資源、すなわち木材や穀物などの、生物体を原料として、化学的または生物学的に合成してプラスチックを作り出している。
 問題はいくつかあって、まず一つ目は「生分解性プラスチック」というのは、「生物が分解できる」という意味だが、「バイオマスプラスチック」はそうではないということだ。
 つまり、完全に生物によって分解されるとは限らないのである。
 しかも、植物から得られたエタノールを基に製造されるポリエチレンは、植物由来であるにも関わらず、生分解性は低い。逆に、石油を原料としたポリビニルアルコールの場合は、生分解性が高かったりする。
 その上、バイオマスだけではなく、石油も原料に使用していても、「バイオマスプラスチック」と呼称してよいあたり、なんともややこしく、ユーザーにとっては、そのプラスチック製品を自然界に放置した場合、どうなるのかさっぱり分からない。

 二つ目の問題は、生分解性プラスチックと従来のプラスチックを混ぜてしまえる、ということだ。バイオマス由来だろうと石油由来だろうと、混錬しても製造上の問題は生じない。
 しかし、使用後放置した場合、バイオマス由来部分が分解される一方で、石油由来部分は分解されないことになる。しかし、構造はバラバラになることは想像に難くない。
 要するに、普通のプラスチックよりも早く、さらに無数のマイクロプラスチックを、環境中にばら撒く可能性があるわけだ。それでは、ちっとも『環境にやさしく』などない。
 中には、完全に石油由来で「酸化型生分解性プラスチック」というものまである。
 これは、従来のプラスチックに、酸化促進剤を添加したもの、つまり『早く劣化させて、細かくしてしまえば、なんか微生物が分解してくれるんじゃね?』という、なんとも向こう任せな製品である。
 こんなプラスチックでは、普通よりマイクロプラスチックを、多くばら撒くであろうことは、言うまでもない。

 三つ目は、分解条件だ。たとえば、ちゃんと生物素材で作られ、生物分解性があって、最終的には水とCO2に分解する製品であっても、それは、自然界ですぐ消滅することを意味しない。
 生分解する、というのは実験室での結果にすぎないのだ。そのプラスチックを分解できる微生物が、旺盛に増殖できる環境下に置かれての話であって、そう簡単にどこででも分解されては、そもそも使用に耐えないのだから。
 生分解性プラを普及させた場合、生分解だから、という理由でポイ捨てすることに、ブレーキがかからなくなることが、最も恐ろしい。
 生分解とはいっても、草木などよりは、よほど長く環境中に残るのだということを、忘れないでほしいものだ。

 さて、農業ゴミの話である。
 これ以外に目立つ農業廃棄物というと、使い捨てポットと波板がある。
 使い捨てポットは、苗を植えてある黒いビニール製の植木鉢で、これは大抵の人が一回は見たことがあるだろう。
 苗で購入してきたり、種子を植えて自前で苗を作ったりする時にも使う。これもまた、大変な便利アイテムで、軽くて持ち運びしやすく、黒いので日光を吸収して温かいから、発芽が早い。
 大きさがそろっていて、植え付けも管理も、流れ作業的に出来る。育った苗がスポッと抜けるから、作業が早い。
 だが、プラ製だから生分解せず、数が多いから故意でなくとも、その辺に散らばりやすい。使い終わった途端に、邪魔ものとなるわけで、これもやはり農業廃棄物であるから、一般ゴミとしては回収してくれない自治体があるのだ。
 俺もこの黒いポットをよく使うが、使い捨てはしていない。使い終わったポットは重ねてとっておき、翌年また使う。劣化してきて裂けるまで使うのだが、購入してきた苗のポットを洗って使うので、増える一方である。
 とはいえ、そんなことは俺が本職の農業者でないからできることで、規模の大きな農家では、そんな暇なことはしていられない。何より、使用済みのポットは、作物の病原体や虫がついている可能性もある。
 もう一つの波板は、水田の畔や、流れ出し口の囲いに使われる。これは、よく光線劣化でボロボロになっていて、破片が飛び散っている。
 分厚く黒いタイプのものもあって、これはトラクターに巻き込まれて破損したものが、農地脇にポイ捨てされていることがある。
 これらに限らず、農業用資材は、けっこうプラスチック製に変わってきていて、野外で放置されれば、マイクロプラスチックの原因となるものばかりだ。
 それが農村部を散歩すると、結構な頻度で落ちているのだが、これを無くすためには、まずやるべきは、やはりゴミ回収の問題だろう。
 前述の通り。農業者はゴミを自治体に一般ゴミとして持って行ってもらえないのだ。
 これらの農業廃棄物を、一部の農業者がどうしているかというと、農地に隣接した林にポイ捨てしたり、休耕地に置いて劣化するに任せたり、酷い場合は敷地内で燃やしてしまったりしているものも見る。
 小さな破片や、一個二個の使い捨てポットくらいなら、見つけるたびに拾っているが、農地脇に堆積した、ビニールや波板の山となると、とてもではないが手が出ない。

 以上のように、農業廃棄物はポイ捨てゴミの一角を占める、一つのジャンルとなっている。
 たしかに農業廃棄物は、営利業務の結果生じたものであるし、一般ゴミと同じというわけにいかないのも分かる。だが、農業は食料生産の要であり、国土を守る産業である。
 しかも、大半の農業者は個人だ。会社やユーザー、仕入れ先やスポンサーに縛られることもなく、自由に動ける。ただ、その代わりに資本力もなく、発展もできないわけだが。
 であるから農業廃棄物を、店舗や工場などからの産業廃棄物と、同じレベルで論じない方が良いと思う。
 どうすればいいか。なかなか悩ましいことではあるが、まずは農業廃棄物問題が、問題としてあることを、農業者以外が認識することが必要なのではないかと思う。
 プラ包装やペットボトルと違って、一か所から大量に、かつ定期的に発生するだけに、再利用や処理システムは作りやすい。
 認識さえされれば、対策は早く進むのではないだろうか。
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