第16話 アダルトDVD

文字数 2,975文字

 日曜、雨が降っていないと、散歩は時間を気にせずにできる。
 平日は忙しい。早く帰らなくては、間に合わないからだ。
 出勤時間にではなく、娘の弁当作りが、だ。
 子供らが高校生になった時、弁当が始まった。
 はじめのうちは俺が散歩に行っている間、妻が弁当を作っていた。だが、決して自力で起きることのない妻は、俺が散歩から早く帰ってきて起こすことを義務化したのである。
 そのうち、起こしてもなかなか起きなくなり、焦れた俺が、先にブロッコリーを茹でたり、卵焼きを作ったりし始めると、シュウマイや揚げ物など、簡単にできるモノを作っておくよう要求し始めた。
 そして、ついには生魚や生肉を買ってきておき、起きた時に作っていないと怒るようになったので、もうアホらしくなって起こすのはやめた。
 今では弁当の料理はすべて俺が作り、出勤。その後、詰めるのだけは妻がやっている。
 最近では、そもそも何も買ってすらない場合や、夕食用の食材を勝手に使った、あるいは思っていた料理と違う、という理由で怒り出す場合もあって、実にアホらしい気持ちだ。
 妻は専業主婦である。だからといって俺が家事をやらなくていい、とは言わないが、なんで朝から一人で散歩して、餌やって、料理して、家のゴミ出しして、洗濯もの回収して、更に子供と妻を起こして出勤せねばならないのか。
 妻は出来た料理を弁当箱に詰める以外は『何もしない』わけで、手伝うとか分担するとか以前の問題だと思うが、如何か。
 朝弱いなら早く寝ればいいのに、遅くまでスマホゲームをしていて寝ないわけで、それに関しても同情の余地はないと思う。
 こうまでされても、俺が弁当を作るのをやめないのは、子供らが可哀想だからだ。
 まあ、それもあと一年ほどのこと。娘が高校を卒業したら、もう朝は作らないつもりだし、散歩時間も長くする予定である。

 さて。後の時間を気にせずに散歩出来る日曜日だけ、俺が足を延ばす散歩道がある。
 それは、国道まで続く基幹道だ。歩道が広く、交通量が多い道である。
 しかもそんな場所なのに、市街化調整区域だとかで、店舗も人家も規制されていて、あまり建っていない。よって、年に二回の町内一斉清掃もないから、ゴミはたまる一方だ。
 遠いこともあるが、もともと、非常にポイ捨てゴミが多い道であるから、拾っているだけでも時間がかかるのである。
 道沿いには、水田が広がっているのだが、ポイ捨てゴミは風に吹かれて水田へ落ちる。また、歩行者や自転車の中には、わざわざ水田へゴミを放り捨てる奴もいる。
 『農地にゴミを捨てるな』という看板を、見たことのある人もいるだろう。
 何を大げさな。農地にゴミなど大した問題ではないだろう、などと、思った方もいるのではないか。補助やなんやで食っているのだから、そのくらい我慢しろよ、と。
 だが、実際に道路沿いにある農地を歩いてみれば、その惨状に気が付くと思う。
 プラ包装、ペットボトル、空き缶はもとより、車の部品や雑誌、生活ゴミまで捨ててあるのだ。
 どうも、人の家や店舗の前にポイ捨てするのは気が引けるが、農地や休耕地、林や草地だと捨ててもいい、と思っているバカが一定数いるようだ。
 言っておく。ポイ捨てはたとえどこであろうと絶対悪であり、禁止行為だ。
 そもそも農地は私有地、いわば他人の家だ。人家の庭にポイ捨てするのと全く変わらない。
 まあ、他人の土地だから、掃除目的でも侵入するわけにはいかないし、放っておくべきと言われればそうかも知れない。
 だが、いくらなんでも目に余る。
 農地を維持するというのが、どれほど大変なことか、どれほど儲からないか、また、どれほど地域環境や生態系に寄与しているか、知っているだろうか。
 高齢化の進んだ昨今、農作業の労力だけでも大変なものなのに、ゴミ拾いまで強いるというのは、農業をやめろと言っているようなもの。
 もし、農地でなくなれば、その場所は埋め立てられるか、放置されるかだ。
 そうなったらその分、地域の昆虫や魚、軟体動物の多様性は減り、それを餌とする鳥なども減る。農地は、その地域の生態系の要になっている場合も多いのだ。
 埋め立てられれば、植物の種類数も減る。ヒートアイランドが加速し、街は暑くなり、雨は地面に浸み込まなくなる。
 そんなことになるのは、俺は嫌だ。よって、農地の脇を歩きつつ、鎌を持った手をいっぱいまで伸ばし、可能な限りゴミを回収するようにしている。

 さて、表題の話だ。
 この基幹道が国道とつながる場所、その角地は市街化調整区域ではないようで、パチンコ屋があった。だが、パチンコ屋もこんな田舎じゃ儲からないらしく、二十年ほど前に廃業。
 その跡にやって来たのがいわゆる「アダルトショップ」であった。
 店に入ったことがないので、よくは知らないのだが、成人向けの本、コミック、DVDなど、色んなものが売っているらしい。
 何しろ、パチンコ店の建物をそのまま改装して使っているのだから、広さは十分だろう。
 入ったことがないのは、カッコつけているわけではなく、あまりに自宅に近すぎるので恥ずかしいからだ。
 このショップ、結構深夜まで営業していて、国道沿いで目立つため、常に数台の車が止まっている。どんな客が通っているのか、外観だけではサッパリわからないのだが、一人だけ、その性癖と買い方がハッキリわかる男がいる。
 前述の農地に、このショップで購入したDVD、大人のおもちゃなどの包装をポイ捨てしていくヤツである。
 金がないのだろう、その周期は二か月に一回くらいである。
 そして、家族がいるらしく、そうした怪しい物品の包装が自宅で見つかるとまずいのか、DVDも大人のおもちゃも、ケースから取り出し、中身だけ持ち帰っている。
 そして、そのゴミをなるべく目立たないようにしたつもりか、あぜ道と水路の隙間にねじ込んでいくことから考えて、徒歩、もしくは自転車であると推測できる。
 DVDのジャンルは、ことごとく女王様モノ。つまり、ドMのポイ捨て男が、近所にいるのだ。
 犯人像を、俺なりにプロファイリングしてみると、この男、十中八九、学生ではないか。
 もし、成人であるなら、まず車を利用するであろうからだ。家族のある成人男性が、夜間一人で、しかも徒歩で出歩くなどとは考えにくい。
 一人暮らしなら、散歩がてらというのもあり得るが、だったら包装やケースまで道中で剥がし、ポイ捨てする必要がない。また、夏ならまだしも、このポイ捨ては冬にも行われているのだ。
 学生であれば、車を持っていないだろう。深夜や早朝に家を抜け出すにしても、物証がなければコンビニにでも行った、という言い訳が通る。
 そして、それを裏付けるかのように、一緒に捨てられているコンビニゴミ。
 捨ててあったゴミのルートからみて、ポイ捨て犯は、道沿いにある服飾専門学校の手前を左に曲がったところの住宅に住む、高校生であると考えている。
 高校生ですでにドMとか……まあ、性癖は個人の自由だからどうでもいい。
 だが、ポイ捨ても犯罪の一つ。それも他人の土地に、定期的に捨てるのは一層罪が重い。
 将来のある若者であるから、SNSで実名を公表したりするつもりはないが、もし確証を得られたら、警察に通報するくらいで許してやるか、と思っている。

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