第14話 用水路の中のゴミ

文字数 2,978文字

 我が家の前には、用水路が流れている。
 この水路、正確には『農業排水路』である。数キロ上流で一級河川から取り込まれた水が、田園地帯を通り、農業に使われる。その、使い終わった水が市街地まで流れてきたものなのだ。
 途中で住宅街も通るため、生活排水も流れ込んでいるものの、水質そのものは悪くない。
 水路幅は二メートルくらい。
 水底までの距離は一メートル半。
 水深は、常時は十センチ内外。
 子供が落っこちると、確実にケガをする。だから、歩道に面する側には、柵が設けられている。
 降雨時は一気に水量が増え、数十センチくらいにはすぐ水深が上がる。年に数回の豪雨の際には車道にまで水があふれる。
 そんな、水生生物にしたらじつに不安定な生息地と思える場所だが。網を入れてみると、なかなかどうして、生き物の姿は濃い。
 ドジョウ、ヨシノボリ、オイカワ、カワムツが定番で、その他メダカ、タモロコ、ナマズ、カマツカ、カワニナ、ヒメタニシ、アメリカザリガニ、ヌマエビ、モクズガニ、たまにスッポンもいる。
 これらのほとんどは、その場所に定着しているのではなさそうで、上流で河川から水と一緒に取り込まれ、流されて来るのだろうと思われる。
 また、毎年カルガモがヒナを育ててもいる。
 これだけ高さがあると、人もネコもカラスも、その他の捕食者も容易にアプローチできないのだろう。だが、どこにも登るところがないので、飛べるようになるまでは、水路の中しか知らないで育つわけだ。昨年は、勘違いした通行人が警察に連絡し、追い回して捕獲する騒ぎになったので、もう今年はやって来ない可能性もあるが。

 さて、この用水路。実にたくさんのゴミが流れてくる。
 俺の自宅からちょっといったところで、直角に曲がっていて、水勢が殺されるせいか、流れてきたゴミが堆積していくのだ。
 まず、目立つのはやはりレジ袋。正確には、レジ袋に入れられた生活ゴミである。
よく道端に落ちている、コンビニで飯食った後のゴミとは、多少毛色が違っていて、同じ銘柄の発泡酒の空き缶が数本まとめて入っていたり、時間のたった総菜の容器が入っていたりする。
 これだけでも食べてすぐポイではなく、部屋に溜まったゴミを、わざわざ水路にポイしたのだと分析できるが、さらにそこにシャンプーや薬の空き容器、髪の毛、生理用品などが同梱されていることにより、その推測は補強される。
 ていうか、なんと女だコイツ。生活荒れてんなあ。
 レジ袋が有料化されて、レジ袋のまま流されてくる頻度は、多少減ったものの、バラバラになって流れてきたり、ファストフードの紙袋に変わったりして、今でも全体量は変わっていなさそうだ。
 また、空き缶が実に多い。
 それも、全く同じ銘柄のコーヒーの空き缶なのだ。最初のうちは、この缶コーヒー、よほど人気があるのかと思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。
 様子から見て、毎日同じ人物が、一本ずつ飲んでは水路に放り捨てるのを、ルーチンとして行っているようなのである。
 数百メートル上流に、数字二つで表現されるコンビニがあるのだが、どうやらそこで買い込んでいるのではないかと思われる。朝か夜かは分からない。コンビニに車を止め、リフレッシュとばかりにコーヒーを飲み、水路に空き缶を放り込んで、意気揚々と仕事だか学校だかに出かけていく、社会不適合まっしぐらの底抜けドアホウが約一名いるのだろう。
 下流で同じ銘柄の空き缶が、累々と積み重なっているとは思いもしてないのだろうが。
 このコーヒーの銘柄は、一年ほど前から変わったが、今も毎日流れてくる。
 流れてくる空き缶は、コーヒーだけではない。まあ、このコーヒー以外は数も少ないわけだが、異様に感じるのは酒の空き缶だ。
 缶の新しさや、浮いて流れてくることからみても、やはり発生源は前述のコンビニだろうと思われる。だがどうも、車社会であるこの地方都市で、歩きながら酒を飲んでいるとも思えないのだ。
 やはりどうも、駐車場で一杯ひっかけ、そのまま運転して帰宅している奴がいるように思えてならない。何故そう思うか? だって、熱燗のある日本酒ならまだしも、サワー系や発泡酒を、冬の寒空に歩きながら飲むか? って話だ。まあ、飲んでいるのは同乗者って可能性も無きにしも非ずだが。
 どっちにしろ、ポイ捨てするようなヤツはクズに決まっているわけだし、警察にはコンビニ周辺での飲酒検問を、ぜひ実施していただきたいものだ。
 ペットボトルはどうなのか、といえば、たぶんコーヒー缶以上にポイ捨てはされているのだろう。だが、ポイ捨て犯どもは、何故かきっちりと蓋をして放る習性がある。
 これによって、ペットボトルは決して沈まなくなり、俺の自宅前で滞留することもなく、下流へ流されて行ってしまう。
 それが証拠に、夏、晴天続きで非常に水が少ない時期には、ペットボトルも結構な数、ウチの前で溜まっている。
 この他、使い捨てカイロ、傘、梱包材、カバン、農業資材など、様々なゴミが、俺の自宅前に流れ着く。
 特徴としては、道に落ちているゴミとは違って、けっこうあからさまな個人情報が入っているゴミが多いことがあげられる。
 領収書や請求書など、様々な有印私文書や、手書きのハガキや手紙までも混じっていたり、薬の処方箋、子供のテストなどまである。
 水に落ちたら読めないのでは? と思われるかも知れないが、最近の紙は丈夫だ。その上、人間は見られたくないものほど厳重に梱包する習性があるようで、何か月も水中にあったであろうにも拘わらず、濡れていなかったことも一度といわずある。
 どうやら『川に流せば、誰も知らないどこか遠くへ運んでくれる』と信じている『脳みそお花畑』なポイ捨て犯が多いのだろうと推測する。
 そういうバカに言っておくが、水路に限らず、どこに捨てようとゴミは消滅などしない。
 海に流そうと地に埋めようと、俺のような誰かが必ず探し出して、おまえの個人情報を見てあざ笑う。なんならSNSで世界に晒す。
 こうした個人情報を探せるので、水路掃除は結構楽しい。とはいえ、毎日とか毎週とかはやっていない。なぜなら、水路はよく目立つからだ。
 ゴミ拾いを隠す気はないが、べつに褒められたくもないのだ。
 袋を持っての散歩は、まあ、犬糞用と思われるだろうし、散歩自体は犬を飼育する以上、やらねばならないことだから、何か言われることは少ない。
 だが、水路は間違いなく好奇の目にさらされる。
 だから、やる時は、長靴履いて、たも網とバケツも持ち、採集のフル装備をするようにしている。いかにもメインは生物採集ですよ、という顔で、しかも明るい夏季の日曜朝4時とかの、人目もない時間帯。
 たまにしかやらないから、例の同じ銘柄のコーヒー缶も相当な数になっていて、空き缶の中には、結構な確率でザリガニが住み着いている。これは、飼っているスッポンの餌にするから、外来生物駆除にもなるわけだ。
 このように言うと、まるでコーヒー缶が役に立っているみたいだが、そもそも、コーヒー缶がなければ、こんなオープンな水路のザリガニは、鳥に食われて数も少ないはずなのだ。
 隠れ家を提供して、外来生物を増やしてしまっている、という意味で、ポイ捨て犯にはさらにその罪を上乗せする方が、妥当であろうと思う。
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