最終幕 新時代の幕開け(Ⅳ) ~伊達男よ、永遠に

文字数 5,180文字

「バ、馬鹿ナ……貴様、何故ココニ……?」

 動揺しながらも片言の帝国語に切り替えてシン=エイが問う。その疑問はある意味で当然だ。彼等はまんまとシン=エイ達に出し抜かれて、今頃はディムロスで暢気に寝ているはずだったのだから。

 その疑問に答えたのはマリウスではなく……


「……最初から監視していたのよ。思ったより早くボロを出してくれて、むしろ助かったくらいよ」 

 
「……!」
 よく見るとブラムドに跨っているのはマリウスだけではなかった。彼の後ろからしがみつくようにして跨っていたもう1人の人物が喋りながら馬から降りた。

 それはやはりマリウス軍の軍師ヴィオレッタであった。

 馬に乗ったままのマリウスが眼光を鋭くしてシン=エイ達を睥睨する。その視線の鋭さと発散される圧力のような物にシン=エイは勿論、グ=ザンすら僅かに気圧される。

「ラン=リム自身がシャンバラへ戻りたがっているならともかく、そうでないのなら彼女を連れて行かせはしないよ。それはガレスとの約束(・・)だからね」

「……っ」
 その言葉にラン=リムが目を見開いた。その瞳が若干涙で潤む。


「ウ、ヌヌヌ……!!」

 マリウス達に謀られていた事を悟ったシン=エイが苦虫を噛み潰したような表情で唸る。彼等を掌で転がしたつもりが、転がされていたのは自分達の方だったのだ。だが……

「……さて、君達がこのままシャンバラへ戻るのは自由だ。ただし勿論ラン=リムは置いて行ってもらうよ。彼女や彼女の子供を利用する事は許さない」


「フ、ハハハ……馬鹿メ! 兵モ連レズニ来タノハ失敗ダッタナ! グ=ザン! 奴ヲ殺セッ!!」


 そう。彼等は兵を全く連れずに自分達だけでここに来ていたのだ。兵を連れていれば行軍速度が落ちて自分達に追いつけないからだと思われたが、それにしても愚かとしか言いようがない。

 命令を受けたグ=ザンがラン=リムを降ろしてから、自らも下馬して得物である巨大な棘付きの錫杖を掲げる。シン=エイも馬から降りてラン=リムを逃がさないように捕まえておく。

「……殺、ス」

 その巨体から強烈な殺気が噴きつける。

「……それが君達の答えなんだね」

 マリウスはかぶりを振って、自身もブラムドから降りて右手(・・)で剣を抜き放った。2人の武人が正対する。周囲の者達は皆、固唾を飲んで見守る態勢になった。


「――ウゴォォォ!!」

 グ=ザンが野獣のような咆哮を上げつつ、錫杖を振り上げてマリウスに襲い掛かった。その巨体からは想像もできないほどの速さ。巨体の迫力も相まって、並みの兵士ならそれだけで硬直してしまうだろう。そしてその錫杖の一撃は人を一瞬でぼろクズに変えてしまう威力がある。

 グ=ザンはその巨体から力押しだけの脳筋と思われがちだが、実際には速さとそして確かな技術を併せ持つ恐るべき戦士であった。実際にかのトランキア大戦でもジュナイナとリュドミラを2人同時に相手取って終始優勢で、軍が総崩れにならなければ確実に勝利していただろう事からもそれが窺える。

 力、速度、技術……全てが高水準で備わった巨体の戦士が、一撃で勝負を決めんと迫ってくる。それに対してマリウスは……

「ふっ!!」

 鋭い呼気。そして剣閃。見ていた者達にはほぼ何が起きたのか解らない程の早業。そして……その時にはもう終わっていた(・・・・・・)


「オ……オォ……ォ?」

 何が起きたのか解らなかったのはグ=ザンもまた同様であった。彼は錫杖を振り上げた姿勢のまま、自らの首筋から勢いよく噴き出る血潮を、不思議な物でも見つめるような目で見やった。

 そして一瞬の後にグルッと白目を剥いて、物凄い音と共に仰向けに倒れ込む。そのまま二度と動き出す事は無かった。


「…………」

 見ていた全員が呆気に取られていた。マリウスの実力を初めて見るラン=リムやシン=エイは勿論、ヴィオレッタすらもだ。

「バ……バ……馬鹿ナ……。グ=ザンハ拘根国随一ノ武人ダゾ!? ソ、ソレヲ……」

「……久しぶりに見たわね、マリウスの本気」

 シン=エイの驚愕に隠れるようにしてヴィオレッタがボソッと呟く。彼女の視線の先では五体満足(・・・・)のマリウスが涼しい顔で剣の血糊を払っていた。


 かつてガレスの目も再生させたラン=リムの奇跡の御業は、半年近くの時間をかけてマリウスの失われた右腕を取り戻させる事に成功していたのだ。市街地でギュスタヴと斬り結んだ時にはまだ再生の途中(・・)だったのである。

 ガレスの戦勝祝い(・・・・)によって欠損した部位を取り戻したマリウス。完全に五体満足な天才剣士マリウスの復活である。だが……


「うーん……。しばらく左腕だけでの訓練を積んでいたせいか、慣れるまで(・・・・・)もう少し時間がかかりそうだね」

「……!」
 何とあのグ=ザンを一刀の元に斬り伏せておきながら、本人はまだ微妙に納得がいっていないかのように自らの身体を改めていた。ヴィオレッタは驚きを通り越して呆れ果てていた。

 とはいえ右腕を取り戻した事は戦いだけでなく、政務や日常生活上でも重大な意味を持つので、ラン=リムはマリウスによって幾重にも感謝され永久国賓扱いとなっていた。

「ナ、何ト……コレ程ノ使イ手デアッタトハ……。ガレスガ認メタダケアル……」

 そのラン=リムが目を丸くして今の一幕と、それを為したマリウスの姿を見つめる。しかしそんな彼女を……


「ク、クソ、寄ルナ! 寄レバコノ女ヲ殺スゾッ!」
「グ……!?」

 焦ったシン=エイがラン=リムを後ろから羽交い締めにして、その喉元に小剣を突きつける。ラン=リムが苦し気に呻いた。

「……!」
 マリウスの眉がピクッと吊り上がる。

「武器ヲ捨テロ! ソシテ道ヲ開ケルンダ! 早クシロ!」

「……彼女は君達の女王じゃなかったのかい?」

 あくまでラン=リムを手放す気がなく悪あがきをするシン=エイに、マリウスが低い声で問い掛ける。人質を取ってとりあえずの安全を確保したと思い込んだシン=エイは、余裕を取り戻して鼻を鳴らした。

「フン! アア女王サ! 但シオ飾リ(・・・)ノナッ! 道具ナンダカラ、ドウ使オウガ私ノ自由ダ!」

「……ッ!」
 改めて宣言される事でラン=リムの身体が震えた。元々シャンバラでも彼に勧められて女王になる為に発ち上がったのだ。最初から彼の道具でしかなかった。ラン=リムは過去の自分の愚かさを噛み締めていた。

「……なるほど。どうやら君に掛ける慈悲はなさそうだね」

「……! フ、フン、強ガリヲ……。サア、サッサト言ワレタ通リニシロッ!」

 これ見よがしにラン=リムの喉元に突き付けた小剣を見せつけてマリウスを牽制するシン=エイ。

 だが彼は目の前にいるマリウスだけに意識を向け過ぎていた。いや、直前にあれ程の人間離れした強さを見せつけられ、尚且つ今も研ぎ澄まされた闘気を発散しているとなれば、彼の一挙手一投足に注意を集中せざるを得ない。或いはそれがマリウスの狙いだったのか……

 ――ドシュッ!

『あがぁっ!?』
「……私を忘れてないかしら!?」

 ヴィオレッタだ。シン=エイがマリウスだけに気を取られている隙に、彼の視界から外れて後ろに回り込んでいたのだ。そして至近距離まで忍び寄ってその背中に短剣を突き立てた。

 ヴィオレッタは特に隠密に優れている訳でもないので、何も無ければ気付かれていただろうが、やはり眼前のマリウスが恐ろしい闘気と殺気を叩きつけてシン=エイの意識をヴィオレッタから逸らしていたのだ。

『き、貴様……!』

 背中に短剣を突き立てられたシン=エイは、条件反射的にヴィオレッタに向き直ろうとする。そしてマリウスがそんな隙を見逃すはずがない。

「ふっ!」
 電光石火の踏み込みと共に突き出された神速の剣が、シン=エイの心臓を正確に貫いて胴体を突き抜けた。その間にヴィオレッタが素早くラン=リムを保護する。

『お、ごぉあ……。な、何故、だ……』

 口から大量の血を吐き出したシン=エイは、尚信じられぬ物を見るように自らの風穴が空いた身体を見やって……ゆっくりと蹲るように崩れ落ちた。そしてそのまま二度と動き出す事はなかった。




「ふぅ……終わった、ね」

 シン=エイの死を確認してから、マリウスがゆっくりと剣を鞘に収める。ヴィオレッタは自らが抱き留めたラン=リムの身体を気遣う。

「ラン=リム、大丈夫? あなたも……お腹の子も」

「ア、アア……問題ナイ。ソナタ達ノオ陰ジャ……」

 ラン=リムは自らの足で立つと、2人に向き直った。

「……ソレデハ2人共、最初カラ奴等ヲ信用シテイナカッタノジャナ?」

「まあね。でも具体的に何もしていない者を処断する事は出来ない。だからあえて泳がせていたんだ」

 あからさまに信用していないという事を態度に出せば、連中への牽制にはなるかも知れないが、その場合シン=エイ達はこちらの警戒が緩むまで延々と隙を窺い続けただろう。それを警戒し続けるよりは、いっその事さっさと実行してもらおうという訳だ。


「でも……その為にあなたも騙す形になって、結果としてこんな危険な目にも遭わせてしまった。ガレスからあなたの保護を託されておきながら……」

 ヴィオレッタが心苦しそうな様子でかぶりを振る。だがラン=リムはそんな彼女の手を取る。

「ソナタラガ気ニ病ム事ナド何モナイ。結果的ニハコウシテ無事助ケテクレタノダシナ。ソレヨリモ……妾ハ、ソナタラニ失望セズニ済ンダ事ガ嬉シイノジャ!」

「ラ、ラン=リム……」

 彼女の言葉に嘘はなさそうだ。本当に安心したように笑うラン=リムの姿に、ヴィオレッタもマリウスも救われたような気持になった。


「さて、これで一件落着ではあるんだけど……。どうする、ラン=リム? もし奴等に強制されてではなく、君が自分の意志で故郷に帰りたいという事であれば、このまま兵を付けてイスパーダの港町まで送り届ける事も出来るけど」

 マリウスが真摯な口調になって問い掛ける。もしラン=リムが帰りたいと言えば、彼等は本当にその言葉通りにしてくれるだろう。だが……

 ラン=リムはきっぱりとかぶりを振った。

「……イヤ、モウ拘根国ハ妹ガ立派ニ治メテオルジャロウ。今更妾ガ帰ッテモ余計ナ火種ニナルダケジャ」

 そして彼女は自分の膨らんだ腹を愛しそうに撫でる。

「ソレニコノ子ハガレスノ子デモアル。コノ子ニトッテハ、コノトランキア州コソガ故郷ジャ。妾モコノ子ト共ニコノ地ニ骨ヲ埋メタイ」

「ラン=リム……」

 ヴィオレッタの口調が同情的になる。トランキア州はラン=リムが愛した(・・・)ガレスの故郷でもある。彼女にとってそれもまた偽らざる本心なのだと解った。

「ソシテ妾ハ見届ケタイノジャ。ガレスヲ倒シタオ主等ガ、コノ戦乱ヲ収メテ天下統一ヲ成シ遂ゲル瞬間ヲ……」

「……!」

「ソノ為ニ妾ニ出来ル事デアレバ何デモ協力スルツモリジャ。勿論オ主等ガ良ケレバ、ジャガ」

 初めてラン=リムから自発的にマリウス軍への協力を申し出た瞬間であった。マリウス達の怪我を直した治癒の力は勿論だが、それ以外にも特にヴィオレッタやエロイーズはシャンバラを治めてきたラン=リムの経験と能力を買っており、彼女を文官としてマリウス軍に参加させられないか思案してきたのだ。

 そして勿論マリウスもその考えに賛同していた。

「君がそう決意してくれて嬉しいよ、ラン=リム。勿論僕達は大歓迎さ。これから宜しく頼むよ。あ、勿論まずは安心して出産と育児をしてもらうのが先だけどね」

 マリウスはちょっとおどけたようにそう言って、ラン=リムと握手を交わした。

「ええ、それに私達はガレスに勝った責任(・・)がある。その経験を一切無駄にしていないって所もきっちり見てもらわないとね」

 ヴィオレッタも改めてラン=リムと握手を交わす。

「フ、2人共……アリガトウ。改メテコレカラ宜シク頼ム」

 受け入れてもらったラン=リムが嬉しそうに笑う。その目尻には一筋の涙が光っていた。

 話が纏まったマリウスが手を叩いた。


「さあ、後の事は衛兵に任せるから、君の身体に触るといけないし、もうディムロスに戻ろう。……僕達(・・)の国へ!」
 



 こうしてガレスから託された客人であったラン=リムは、故郷であるシャンバラにも別れを告げ、マリウス軍の将として正式に帰属した。

 彼女はその類まれな知性とカリスマ性、そして神秘の力を以って、その後マリウス軍に貢献し続けていくのであった……



******



 ただの浪人からトランキア州を統べる王にまで成り上がった伊達男マリウスとその寵姫達の物語は、これにて一旦終幕となる。

 彼、彼女らが再び歴史の表舞台に姿を現すのは……ひょっとすると、また別の英雄の物語の中、かも知れない。

 天に選ばれた英雄、将星同士がぶつかり合い、争い合う【新世七国戦乱時代】。

彼等がその中においても躍進を遂げるのか、それとも他の英雄たちの光に塗りつぶされ消えていくのか……それはまだ誰にも解らない。




Fin
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