第二十七幕 建国の戦い(Ⅴ) ~山賊討伐

文字数 3,706文字

 結論から言うと、山賊討伐はマリウスの予想以上に簡単に成功した。

 そもそも太守が他所の街との小競り合いに注力しているのを良いことに、その隙を突くようにちまちまと小狡い略奪を繰り返していたような小物共である。

 まさか太守の軍勢以外の勢力が発生し、それが自分達の討伐に動く事など想定すらしていなかったのだ。

 それでも相手がただ徒党を組んでいるだけの烏合の衆や自警団紛いの連中程度であればまだ戦いようもあっただろうが、エロイーズの調達した共通の兵装に身を包み、マリウスやアーデルハイドら統率に優れた指揮官を戴く事によって、討伐軍は小規模ながられっきとした『軍隊』へと早変わりしていた。


 更に山賊団は一つの集団ではなく、三つに分かれていた事も不運だった。

「犯罪者、ましてや違う集団同士に結束なんて無いわ。どこか一つだけ特別扱い(・・・・)してやりましょう」

 ヴィオレッタの策略により山賊団の内の一つと密かに接触。自分達に協力して他の二つの山賊団を『売れば』、お前達だけは目こぼしして希望するなら仲間にも加えてやるという話を持ちかけた。

 ただでさえ結束の緩い山賊団。ましてや内部から手を回してやれば、もうそれだけで瓦解寸前であった。


 後は簡単だ。軍師役のヴィオレッタの作戦に従って、まずはアーデルハイドに率いられた約100人ほどの部隊が囮として出撃。

 その報せを聞いた山賊たちは徒党を組んで警戒しながら様子を見に行ったが……

「ははは! おい、見ろよ! どう見ても100人ぽっちしかいねぇぜ!?」
「ああ、いくら何でも舐められたもんだぜ」

 山賊の何人かが遠目にも目立つ真紅の鎧に気付く。

「うん? おい、よく見るとありゃ女じゃねぇか?」
「……ホントだな。鎧なんざ着てるが間違いなく女だぜ」
「女が率いる部隊かよ!? 完全に舐めてやがるぜ」
「ああ、だがいい女だぜ。あいつだけは捕らえて俺達で回しちまおうぜ?」
「はは! そりゃいいぜ!」 

 数が少なく、ましてや指揮官が女だと舐めて掛かった山賊達が一斉に襲いかかる。山道を利用して四方から襲い来る大勢の賊の姿に兵士が浮足立つ。

「狼狽えるな! 数が多いだけでろくな戦術も統制もない連中だ! 付け焼刃だが、私が教えた通りに動けば負けはしない!」

 よく通る大声を張り上げて味方を鼓舞したアーデルハイドは巧みな指揮で、3倍近い数の山賊団相手に粘り強く善戦。

 円陣を組むようにして最前列の者達が槍で攻撃。相手が怯んだ隙に即座に後列の者と交代。後列に下がった者達は再び槍を構えて次の突撃に備える。

 付け焼き刃ではあるが、数が少ない事もあってアーデルハイドの統制が行き届き、意外な程に上手く機能していた。

「……相手の殲滅を考慮せずに防衛に徹する(・・・・・・)だけなら、少数でも戦い様はいくらでもある」


 一方勝手が違うのは山賊団だ。

「くそ! こいつら意外にしぶといぜ!」
「数が足りねぇ! アジトにいる奴等も全員呼び寄せろ!」 

 少数でしぶとく抵抗するアーデルハイドに焦れた山賊団の注意が完全に彼女達のみに向けられ、アジトに残って周囲を警戒していた予備兵力まで投入した瞬間を狙って、予めヴィオレッタが内通していた山賊団の一部が離反。

「お、おい、てめぇら、何しやがる!?」

 いきなり背中から斬り付けられた山賊が焦る。斬り付けてきたのは連合を組んでいる山賊団の一つだ。

「へへ、悪ぃな。俺達だけはあっちの仲間に入れてもらう事になってるんでな」
「て、てめえら、買収されてやがったのか!?」

 忽ちのうちに内部で大混乱が起きる山賊軍。 


「……よし、頃合いだな」

 その様子を見て取ったアーデルハイドが、上空に向けて一本の火矢を放つ。そして戦場からは見えない位置に身を隠してその合図(・・)を確認した者達。

「……来たね。アーデルハイドからの合図だ」

「ええ、それじゃ、終わらせましょうか」

 マリウスとヴィオレッタだ。彼等の後ろには『本体』たる約200人の兵士が控えていた。

「んん! やっと出番かい! 腕が鳴るねぇ!」

 その先頭には既に刀を抜いて血気に逸るソニアの姿もあった。

 満を持して登場したマリウス率いる『本体』。ただでさえ混乱していた山賊軍は、その威容に完全に浮足立った。


 その後は正に蹂躙と呼べる有様となった。先陣を切って突撃したソニアが青龍牙刀を縦横無尽に振り回し、所構わず敵を斬り倒した。

「おらぁ! 死にたい奴から掛かってきなっ!!」

「な、何だこいつ、ホントに女か!?」

 女だてらに凄まじいその猛威の前に敵は怯む。逆に味方は鼓舞され、女のソニアに負けてなるものかと言わんばかりに果敢に特攻。また敵の圧力が弱まった事でアーデルハイドの部隊も攻勢に転じる。

「よし、我等も攻めるぞ! 山賊共を1人残らず根絶やしにせよ!」

「ひっ!? お、おい、ちょっと待て! 俺らは――」

 そして内応していた(・・・・・・)山賊団ごと(・・・・・)、徹底的に殲滅した。

「馬鹿だね。君らだけ特別に許す理由が一切無いだろ? まとめて死んでもらうよ」

 驚愕する山賊を一刀の元に斬り伏せながらマリウスが冷酷に宣言する。  
  
 ディムロスの民をさんざん食い物にしてきた山賊を仲間になどしてもトラブルの元にしかならない。これは予めマリウスとヴィオレッタの間で決めていた事であった。

「ち、畜生、騙しやがったな!? うわ!? うわあぁぁぁぁっ!!」

 今更気づいても手遅れだ。山賊たちは全員濁流に飲み込まれる家屋の如く、マリウスの軍に埋没し姿を消していく。


 かくして山賊討伐は成った。敵は500人近い数がその屍を晒したのに対して、味方は囮となったアーデルハイドの部隊で二割程の死傷者が出た以外は、殆ど被害らしい被害も無かった。圧勝である。

「……想像以上の成果だ。皆、素晴らしい働きだったよ」

 勝鬨を上げる討伐軍を眺めながらマリウスが呟いた。

 軍師として全体の絵図を描き、見事に策略や作戦を成功させたヴィオレッタ。卓越した指揮能力を発揮し、ドラメレク戦で一敗地に塗れた面目を躍如したアーデルハイド。そしてそこらの男など比較にならない武勇で実際に数多くの敵を斬り倒し、敵の戦意を挫き味方を鼓舞したソニア。

 実際に同志達の能力を確認できたマリウスは嬉しくなり、彼女らを選んだ自身の判断を褒め称えたい気分だった。

 勿論マリウス自身も他の追随を許さない凄まじい武勇を見せつけた。

 予想以上の戦果に兵士達の間でも、マリウスやその同志の女性達を認める声が出始めた。やはり人心を掌握するのに勝利と実績は最高の妙薬であった。




「どうですか、元締め? 我々の目的に協力して頂ける気になりましたか?」

 『戦』が終わった後マリウスが確認すると、ドニゴールはしばし難しい顔で何かを考え込んでいた。そしてやおらに顔を上げた。

「……べセリンの兵力はそれでも1000以上いるぞ? 勝算はあるのか?」

 こう聞いてくる時点で彼の中に迷いがあるのは確かだ。マリウスではなくヴィオレッタが答えた。

「勿論、最初からそれを見越して計略を立てているわ。そもそも太守の全軍と真っ向からぶつかる気は無いわ」

「ぶつかる気はない? どういう事だ?」

「太守の兵達は殆がこの街の出身でしょう? それと戦争したら、この街で余計な遺恨を買ってしまう事になる。今後の事を考えればそれは余り得策じゃないでしょう? それに正式に旗揚げすれば兵力だって必要になる。彼等はそのまま私達の兵として接収出来ればと思っているわ」

「理屈は解るが……そんな事が可能なのか?」

 ドニゴールの問いにヴィオレッタはかぶりを振った。

「これ以上は今の段階では教えられないわ。あなたが私達に協力するのであれば教える」

「…………」

 ドニゴールは再び考え込んだ。今度は最初より少し長かった。


「……仮にべセリンを何とかして旗揚げ出来たとして……本当に街を運営していけるんだな?」

「ええ、その点に関しては保証します。今は街で待ってもらっていますが、この装備や兵糧を調達してくれた私のもう一人の同志エロイーズが内政を担ってくれます。彼女は女性ですが、私の同志達の優秀さについてはもう口で説明するまでもないでしょう?」

「確かにな……」

 それは既にドニゴールも認める所であった。同時に彼女達を同志に選んだマリウスの眼力の確かさも。ならば一度だけ見たあのエロイーズというフランカ人女性も、同じく優秀なのだろう。

「このディムロスに往年の繁栄を……いえ、いずれはそれ以上の発展をお約束しましょう。ですからどうか私達に協力しては頂けませんか?」

 ここが決断のしどころであった。そしてただリスクを恐れて安穏とした、しかし確実に先細りしていく未来を選ぶか、それともこの才気と意欲に溢れる若者達に賭けて現状打破を目指してみるか……

 最早迷うまでもなかった。

「解った。お前達に賭けてみよう。ここぞって時に決断するのも元締めの役割だ」

「……懸命な判断、感謝します。それでは打倒べセリンに向けて、改めて宜しくお願い致します」

 マリウスの差し出した手を取って握手する2人。彼等が正式に味方してくれる時点でマリウス達の計画は成ったも同然であった……
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み