第十幕 南蛮への誘い(Ⅳ) ~浅慮の代償

文字数 2,851文字

「う、う…………ッ!? こ、ここは……!?」

 気絶から覚醒したソニアは、ガバっと顔を上げて現状を確認する。頑丈な木と金具で作られた檻の中のようだ。身体を動かそうとして、両手が後ろ手に手枷のような物で固定されて動かせない事に気付いた。足は縛られていなかった。

「ソニア! 気が付いたのね! 良かった……」
「ジュナイナ……」

 声に振り向くと、側にはやはり同じように後ろ手に縛られたジュナイナの姿があった。それで完全に現状を把握した。


「……そうか。アタシらは負けちまったんだったね……」

 あのギュスタヴと名乗る老剣士に手も足も出ずに、文字通り赤子扱いされて無様に敗北を喫した。圧倒的な強さの前に恐怖を感じてしまい何も出来なかった。

 あの時の事を思い出すだけで、激しい後悔と羞恥と屈辱が湧き上がってくる。彼女は後ろ手に縛られ座り込んだ姿勢のままうなだれる。

「あんだけ大見得切っといて、この有様だ。ザマぁないね……」

「歯が立たなかったのは私も同じよ。まさかあれ程の使い手だったなんて……。私達の負けは初めから決まっていたのね」

 ジュナイナもまた意気消沈してかぶりを振った。


 彼女達が2人とも敗北した事で、ジュナイナの部族は完全に戦意を失って潰走。戦はヌゴラの部族の勝利に終わり、ジュナイナの部族は併合されてしまったようだ。

 しかし2人は敗軍の将として、見せしめに処刑されるらしい。ギュスタヴはその為に2人を殺さなかったのだ。

 そしてヌゴラの集落まで連行された2人は、こうして檻に入れられて処刑の時を待っているという状況だ。


「このまま処刑されるのをただ待ってるだけなんて冗談じゃないよ! 何とかしてここを脱出して……」

 ソニアが不自由な身体で四苦八苦しながら立ち上がるが、やはりジュナイナはかぶりを振る。

「ここは敵集落の奥地。周りは敵だらけよ。それ以前にこの檻と手枷からどうやって抜け出すの?」

「そ、それは……」

「それに仮に奇跡が起きて脱出できたとしても、あのギュスタヴがいる。私達ではどう足掻いても勝てないあの男が……」

「……ッ!」

 脱出不可能な条件を列挙され、ソニアの意気が瞬く間に萎む。

「……ちくしょう!!」

 足で檻を蹴るが、頑丈な檻はビクともしない。ソニアはそのままガクッと崩れ落ちて地面に座り込む。

「は、はは……マリウス。アンタの天下取り、手伝ってやれそうにないよ……。こんな馬鹿なアタシで御免よ……」

「ソ、ソニア……」

 虚ろに呟くソニアの様子に、ジュナイナは自らも囚われの身でありながら痛ましげな表情になる。元はと言えば彼女が訪ねたりしなければソニアは死なずに済んだのだ。

 ジュナイナの頭にあるのは死の恐怖よりも、ただひたすらに後悔と親友への謝罪だけであった……


****


 そして何も出来ないまま、遂に2人は処刑の時を迎えた。檻から引きずり出され、乱暴に引っ立てられる。

 集落の外に臨時の処刑場が設えられ、そこに立てられた2本の太い杭に、それぞれ縛り付けられる2人。杭に背中を当てて後ろ手に杭を抱くような形で縛られる。両足も合わせて杭に縛られ、Iの字に磔にされた形となる。

 当然どれだけもがいても縄が緩む事はなく、周りは敵部族の戦士だらけの上に、ギュスタヴの姿まであった。2人が脱出できる可能性は万に一つも無かった。

「フヒヒ……俺に楯突くとは馬鹿な女共だ。たっぷりと晒し者にしてから処刑してやる」

 その様子を満足そうに眺めているヌゴラが耳障りに嘲笑う。その腰には何とソニアの青龍牙刀を提げていた。

「へへへ、女なんぞには勿体無いくらいの業物だったからな。俺様の得物にこそ相応しいぜ」

「ち、ちくしょぉ……」

 父の形見でもある愛用の刀をも奪われ、ソニアの眦から悔し涙がこぼれ落ちる。縛られている彼女にはそれを取り返す事も出来ない。余りにも無力だった。


 ヌゴラの指示で2人の足元に大量の枯れ木と枯れ葉が敷き詰められる。その意図は明らかだ。

 火あぶりにする気だ。

「……ソニア。こんな事になってしまって本当にごめんなさい。こんなはずじゃ、無かった」

 自らの運命を悟ったジュナイナが、遂に明確な謝罪の言葉を口にした。言わずにはいられなかったのだ。だがソニアは無力感にうなだれるばかりで反応しない。

(ちくしょう、ここまでなのかい……? マリウス……)

 最後の時を迎えて思い浮かべたのは、やはり主君であり愛しい男でもあるマリウスの姿であった。叶うならば一目彼に会って謝りたかった。だがそれは決して叶う事のない望みだ。

「へっへっへ……やれっ!」

 ヌゴラが松明を掲げた部下達に指示をする。命令を受けた部下達が2人の元に歩み寄っていく。彼等が持つ松明を2人の足元の枯れ木の山に焚べれば、それで全てが終わる。

 その時であった。



 ――ドドドドドッ! と、何か地響きのような音が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなってくる。明らかに近付いて(・・・・)きていた。

「んん? 何の音だ?」

 ヌゴラがキョロキョロと辺りを見渡す。他の戦士達も不安そうな様子になる。そこへ……

「ぞ、族長、大変だ! 50騎近い騎馬部隊(・・・・)が真っ直ぐこっちに向かってくるぞ!」

「な、何だとぉっ!」

 集落の見張り台に入っていた戦士の報告に、ヌゴラが慌てふためく。確かにこの辺りは湿地帯でも更に外縁部に当たるので、騎馬での行軍は辛うじて可能だ。だがそんな事をする意味(・・)がない。

 何故なら帝国人達にとってこの辺りはもう未開の湿地帯……即ち『南蛮』なのだ。敢えて戦争を仕掛けて占領しようなどという酔狂な太守などまずいない。

 帝国が安泰だった時期ですら、その過酷な環境と旨味の少ない土地という要因のお陰で占領される事は無かったのだ。ましてや今の内乱状態の帝国が攻め入ってくるメリットが一切ない。


 予想だにしていなかった事態だけにヌゴラを始め、誰も能動的な行動を取る事が出来なかった。混乱する部族を尻目に遂に視認できる距離に姿を現した騎馬部隊。

 それは確かに中原の騎馬部隊のようであった。見張りの報告通り100騎はいないようだ。しかし少数精鋭だけに機動力はかなりの物で、瞬く間に距離を詰めてきた。彼等は全員が槍や剣を手にしており臨戦態勢だ。どう見ても友好的な目的があって駆けてきたようには見えない。

「な、何なんだ!? 一体、どこの――」


「――ソニア(・・・)ァァァーーーーー!!!」


 動揺するヌゴラの台詞を打ち消すような、そして騎馬の馬蹄の音に埋もれずに、よく通る叫び声が木霊した。

「……ッ!?」

 今まさに処刑される寸前であったソニアの目が大きく見開かれる。そして見た。怒涛の勢いで迫ってくるその騎馬部隊の先頭にいる人物の姿を……!


「あ、あぁ……う、嘘だ……。ア、アタシは、夢を見てるんだ。……そうに決まってる!」


 彼女の目には、絶対にここにいるはずのない人物の姿が映っていた。彼女が最後に一目会いたいと願っていたまさにその人物。

 立派な青鹿毛を駆る美丈夫の若武者……。マリウス・シン・ノールズであった!!
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