第十一幕 南蛮への誘い(Ⅴ) ~双剣鬼ギュスタヴ

文字数 3,773文字

 マリウス率いる騎馬隊はヌゴラの部族が混乱から立ち直る前に一気に突入した!

「うわぁぁっ! 突っ込んできたぞぉ!」
「どけ! どけぇ! 俺の武器は――」
「集落まで逃げろ!」
「た、助け……ぎゃあぁぁっ!!」

 忽ちの内に大混乱に陥る部族軍。この即席の処刑場に集まっているだけでも200人近い数がいるにも関わらず、50騎程度の騎馬部隊に一方的に蹴散らされている。それだけ混乱が大きかったのだ。

 騎馬隊を率いていたマリウスはその混乱の隙を突いて、素早く処刑場に接近するとブラムドから降りてソニア達の元へ駆け寄る。


「ソニア! 良かった! 無事だったかい!?」

「マ、マリウス……? アンタ、何でここに……?」

 一方ソニアは未だに信じられない物を見るような目でマリウスを見つめていた。彼がここにいるはずがないのだ。ソニアには訳が分からなかった。

「勿論君を助ける為さ。決まってるだろう?」

「で、でもアタシはアンタの命令に背いて勝手に……」

「話は後! とりあえず今はここを脱出する事を優先するよ!」

 今は突然の奇襲に混乱している敵部族だが、数は向こうが圧倒的に勝っているのだ。混乱から立ち直って反撃してきたら厳しい状況になる。マリウスは隣に縛られているジュナイナの方にも視線を向ける。

「あなたがジュナイナ殿ですね!? さあ、あなたもご一緒に!」

「あ、ありがとう……」

 やはり未だに状況が把握しきれていないジュナイナも呆然としたように礼だけ述べた。

 マリウスは彼女らを杭に縛り付けている縄を切ろうと側まで駆け寄る。その時……!

「あ、危ない!!」
「……ッ!?」

 ソニアの悲鳴混じりの警告。だがその前に凄まじい殺気を感じたマリウスは反射的に振り向いて剣を掲げていた。

 ――ガキィッ!!

 剣同士が打ち合わさる金属音が響く。剣に加わる衝撃の重さにマリウスは思わず目を剥いた。そこに剣同士が鍔迫り合っているにも関わらず、新たな剣閃が……

「く……!?」
 マリウスは本能的に後ろに飛び退ってそれを躱した。そして初めて『敵』と正対する。



 そこには二刀(・・)を携えた1人の老剣士の姿があった。老齢とは思えない程の圧倒的なプレッシャーを発している。

「ほぉ……今のを躱すか。お前は少しは楽しませてくれそうだな」
「……!」

 それはソニア達を容易く一蹴して捕らえた、破戒の老剣士ギュスタヴであった。マリウスの実力を感じ取って、嬉しそうにその皺と白髭に覆われた顔を破顔させる。

「……あなたがソニアを?」

 静かな口調で問いかけるマリウス。ソニアがこの部族の戦士達相手にむざむざ捕らえられたとは思えない。この老人から発せられる闘気からしても他に考えられない。

 ギュスタヴは至極あっさりと首肯した。

「ソニア? ああ、そこの無様な小娘の事か。弱すぎて話にならんかったわ。所詮女のお遊戯レベルじゃな」

「……ッ!! ぅ……」

 侮蔑に満ちた肯定に、しかしソニアは顔を屈辱に歪めながらも反論できず、恥じ入ったように俯く。隣のジュナイナがその様子を痛ましそうに眺める。

 一方マリウスはスッと目を細め、静かな怒りと共に闘気を噴出させる。

「……彼女達を救出したら即離脱するつもりでしたが、気が変わりました。あなただけはここで倒します。どの道あなたを排除せねば離脱は難しいようですし」

 マリウスの研ぎ澄まされた闘気を受けてギュスタヴの表情も真剣な物になる。

「ほぉ、大きく出たな。面白い。いつでも掛かってくるが良い」

 互いに強烈な闘気と殺気をぶつけ合って対峙する2人の剣鬼。杭に縛られている無力な女達は、固唾を飲んで見守る事しか出来ない。



 だが迂闊に動けないという意味ではマリウスも同じであった。彼の額を冷や汗が伝う。

(……強い。途轍もなく……!)

 対峙しただけでそれが解った。この男に負けたソニアは何も恥じる事などない。本気でそう思った。

「……どうした、来んのか? ならばこちらから往くぞっ!」
「……!」

 マリウスが警戒レベルを上げた時には既に、ギュスタヴの姿が至近距離に迫っていた。その実年齢からはあり得ない程の恐ろしい速さの踏み込み。マリウスをして、辛うじて反応するので精一杯であった。

 薙ぎ払うような一閃がマリウスの首を狙う。身を反らせるようにしてそれを躱すと、ほぼ同時に振るわれていたもう片方の剣が脇腹を狙って迫る。それを剣で受けると、次の瞬間には反対側の剣が再び煌めく。

「く……!」
 大きく後退して躱したが、胴体に斜めに切り傷が走り血が噴き出す。ソニア達が悲鳴を上げる。

「かぁっ!」

 浅くない傷を負ったマリウスだが、ギュスタヴは容赦なく追撃してくる。今度は下段……大腿部を狙う、右手の剣を使った鋭い突きだ。マリウスは剣を払うようにしてその一撃を逸らすが、そこに左手の剣が心臓を狙って迫る。

 これも身体を捻るようにして辛うじて躱すが、マリウスが躱す位置を予測したかのように、再び右側の剣が打ち下ろされる。

「……っ!」
 半ば身を投げ出すようにして斬撃を回避。前転しながら素早く体勢を立て直す。

「ぐ……」
 そして呻いた。左の肩口を斬り裂かれた。肩当てが弾け飛び、抉られた傷痕から血が滲む。

「せぃっ!」

 三度ギュスタヴの攻勢。左右の剣がまるで意思を持っているかのように、異なる軌道から唸りを上げてマリウスの命を狙って迫ってくる。 

「くぅ……!」
 マリウスは剣で身を守りながら更に後退を余儀なくされる。鮮血が舞い散る。

「マリウス!」

 見ているソニアが青ざめた顔で叫ぶ。

 今度は二箇所。左の太腿、胸の辺りを横方向にざっくりと斬り裂かれた。夥しい血が流れる。特に太腿の傷は早めに応急処置をしなければ命に関わる程の出血だ。

 激痛と疲労にマリウスがよろめく。


「あ、あぁ……そんな……嘘だろ? あのマリウスが……」
「や、やはりアイツには勝てないの……?」

 一方的に押され大怪我を負うマリウスの姿に、ソニアとジュナイナは絶望に呻く。一方のマリウスは絶望を感じている余裕(・・)すら無かった。


(参ったね……想像以上だ。これ程の猛者が中原にいたなんて)


 二刀を扱う相手と戦った経験自体殆ど無かった。帝国に二刀流を扱う正規の剣術流派が存在していないからだ。いや、現存(・・)していないという方が正しいか。

 帝国統一以前の戦国時代には、二刀流派が存在していた事実が歴史にも残っている。フラガラッハ流双剣術という名称だったらしい。

 だが二刀を自在に扱うには高い技術とセンスが要求され、それらを持たない者が闇雲に振るっても却って隙が大きくなるばかりであり、アロンダイト流を始めとした敷居の低い一刀流の剣術が普及すると共にやがて駆逐され姿を消してしまった。

 だが完全に消え去った訳ではなかったらしい。

 扱いには高い技術とセンスが必要な二刀流。ではそれらを兼ね備えた優れた剣士が習得したら? ……恐ろしい怪物が誕生する事になる。目の前のギュスタヴがそのいい例だ。


(これは……肉を斬らせて骨を断つしかないか……?)

 このまままともに戦っても勝利は厳しいとマリウスは判断した。ならば『賭け』に出るしかない。

 斬り裂かれた太腿を始めとした傷に走る激痛を押して、マリウスは剣を構え直す。そしてその一瞬だけ全身の傷が沈黙したかのように力強い踏み込みで反撃に転ずる。狙うはギュスタヴの首筋だ。

「はぁぁぁっ!!」

 気合一閃。かつて暗殺者タナトゥスを一刀の下に斬り伏せた神速の剣閃がギュスタヴを襲う! 

 だが……

「甘いわっ!!」
「……っ!」

 何と老剣士はそれすら反応し、驚異的な反射速度と剣捌きでマリウスの一閃を弾いた。乾坤一擲の一撃を弾かれたマリウスの姿勢が大きく崩れる。そして当然そんな隙を見逃すギュスタヴではない。

「終わりじゃっ!」

 防御に使わなかった方の剣の切っ先が、マリウスの身体を再び切り裂いた!

「がぁっ……!?」
「マ、マリウス!? マリウスーーーー!!!」

 その光景を見たソニアが絶叫する。だが彼女よりは冷静に死闘を見ていたジュナイナは気付いた。

「あ……み、見て、ソニア!」
「……え?」

 ジュナイナに促されて、改めてマリウスの方に視線を向ける。そこには……

「……き、貴様」

 マリウスに剣を突き刺したはずのギュスタヴもまた吐血していた。よく見るとその腹に短剣(・・)が刺さっていた。それはマリウスが懐に所持していた副武器用の短剣であった。

「……二刀流とは行かないけど……このくらいの事は出来るさ……」

 彼はギュスタヴの攻撃を敢えて(・・・)受ける事でその動きを止め、その隙に隠し持っていた短剣を抜き放って突き刺したのだ。

「がはっ!!」

 ギュスタヴが吐血して地に倒れ伏す。老齢という事もあってか、若者と比べて耐久力という面では劣っていたようだ。



「え……か、勝ったの、か?」
「ええ……まさか本当にあの悪魔に勝てるなんて……」


 2人の女が呆然とした様子で呟く。一方のマリウスは辛くも勝利したが全身傷だらけであった。しかもかなり深い傷もある。

「ふぅ……はぁ……。さ、流石にちょっとキツかったね、これは……。本当に負けるかと思ったよ……」

 それは嘘偽りない本心だ。帝国には他にもまだこんな強者がいるのだろうかと思うと、ゲンナリする反面、命と技の究極のせめぎ合いの興奮がマリウスを昂ぶらせるのであった。  
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