第二十八幕 凶星(Ⅰ) ~謎の放浪軍

文字数 4,364文字

 ディムロスとギエルの2県を領有する事となったマリウス軍。攻城戦などで街に被害を出さなかった事もあって、元々マクシムが有していたリソースの殆どをそっくり引き継ぐ事ができた。

 ヴィオレッタやソニアらはアーデルハイドの援軍に駆けつけたものの、損耗の激しかったマリウスと麾下の本隊は療養も兼ねてそのままギエルの街に留まった。

 勿論ただ休んでいた訳ではなく、その間に太守交代の告知や徴税などの政治方針の布告、街の有力者との接見などは一通り済ませておいた。

 マクシムとの戦で瓦解して散り散りに逃走したギエル兵の殆どはマリウス軍に降伏し、そのまま兵士として接収する事ができた。マリウス自身が打ち破った騎兵に関しても同様で、主を失った軍馬も貴重な資産である為可能な限り回収した。 

 接収できた兵士は1200ほどに登り、とりあえずの戦力としては充分であった。ディムロスの元々の兵力、今回の戦で死傷して離脱した分を差し引いても、マリウス軍全体の兵力は3000を超える事となった。この兵力を流動的に回していけば、2県の防衛戦力は問題ないはずだ。

 内政面でもエロイーズに暫くの間ギエルに出張してもらい、政治体制の周知徹底と体制の確立に尽力してもらう事になった。

 領土拡張は概ね順調に進んでいた。後はイゴール公の注意を引く前に、この勢いを駆ってハルファルも制圧して確固たる地盤を築いておかねばならない。

 戦勝ムード漂うマリウス軍。そして……事件(・・)はそんな最中に発生した。




 各地の諸侯が群雄割拠する戦乱の世において、『勢力』というと各県や郡を支配する諸侯の勢力が最も一般的だ。だが中原においては実はこれ以外にも『勢力』と呼べる規模の集団が二種類(・・・)存在している。

 一つは無論、賊の類いだ。各地の村や街道を荒らす盗賊、山賊。そしてセリオラン海に出没する海賊……。大半が小規模な盗みや強奪を働くだけの小集団だが、かの【賊王】ドラメレクが率いていた集団のように、数百人規模の『山賊団』や『海賊団』と呼べる規模にまで膨れ上がる事もある。

 こういった『賊軍』が諸侯以外の勢力の一角。ではもう一つは……?

 それは『放浪軍』と呼ばれる集団である。

 基本的に各勢力に属していない在野の才人達は『浪人』と呼ばれる。かつてのマリウス達がまさにこの浪人であった。何らかの事情で勢力を辞して出奔したり、または道場や学問所を出てこれから世に羽ばたこうと勢力への仕官を目指す者、晴耕雨読の日々で推挙を待つ者……。浪人の背景は様々だ。

 だがそれらとは別に、自らの力で一から勢力を興そうとする浪人も存在する。しかし当然ながら1人では勢力を興す事など不可能であり、そういった者は大抵志を同じくする【同志】を集めて旗揚げを目指すのだ。

 同志だけでなく、既存の勢力に戦いを挑んでその地位や所領を簒奪する為の兵力も必要となる。様々な手段で募兵を行い兵力を確保した浪人達は旗揚げの機会を虎視眈々と狙うようになり、既存の勢力にとっては無視できない危険な存在となる事も多い。

 この旗揚げを目指す浪人たちによって率いられた集団が『放浪軍』と呼称される。特定の拠点を構えて傭兵団のような仕事に精を出す者達もいるが、基本的には旗揚げに適した地を求めて県から県に渡り歩く集団が殆どで、放浪軍とはその特性を指した呼び名なのだ。

 ディムロスで荒くれ者達を募兵して軍を組織していた当時のマリウス達は、まさにこの『放浪軍』に該当する存在であった。尤もマリウス達は旗揚げをするディムロスで直接募兵した上に、放浪軍であった期間は極めて短い特殊なケースではあったが。

 放浪軍は簒奪を目論む危険な存在である上に、街の市民たちの不安も煽る。市民からすれば勢力に仕えもしない数百人の武装した穀潰しの放蕩集団など、山賊と大差ないのだ。

 潜在的な反乱分子の排除、そして治安上の問題からも、放浪軍は歓迎されない場合が殆どで、大抵はその地を治める君主から退去勧告が為される。そしてそれに従わない場合は……軍事力を以って強制的に排除する事になる。


****


 それはただの放浪軍討伐任務であった。ディムロス領内に突如として出現した500ほどの軍勢。どの勢力の旗も掲げておらず放浪軍と認定されたその軍団は、マリウスからの退去勧告に従わずに、それどころか農村の一つを実効支配してしまった。

 ここに至ってマリウスは討伐を決意。これからハルファルとの戦が控えている所に、領内に放浪軍を抱えているというのは都合が宜しくない。ハルファルとの決着も急がれている時勢であった事もあり、マリウスは現在動員できる兵力から1000の兵を割いて、更にその指揮にソニアとアーデルハイドの両将、更に参軍としてヴィオレッタも同行させた。

 500人の放浪軍相手には過剰とも言える戦力であったが、放浪軍相手にいつまでもかかずらっていられる状況ではないので、一気に片を付けるべくソニア達を差し向けたのであった。

 倍の兵力に、マリウスの腹心とも言える3人の将。負ける要素など何一つ無かった。何の問題もなく討伐は為されるはずであった。




 ディムロスの街を出立した1000の兵が、街道に沿って行軍していく。大勢の兵士が大地を踏みしめる足音と土埃が舞い散る。その軍勢の先頭には3騎の騎馬の姿。乗っているのは全員女性だ。即ちこの討伐軍の総大将(・・・)たるソニアと副将のアーデルハイド、そして参軍のヴィオレッタの3人だ。

「ふん……全く。今更放浪軍なんぞがしゃしゃり出てきやがって。お陰でハルファルに攻め込むのが遅くなっちまうだろ! 本当に鬱陶しい奴等だよ!」

 3騎の中央にいるソニアが忌々しげに鼻を鳴らす。その横で馬を進めるアーデルハイドも同意を示す。

「確かに、何故よりによってこのタイミングで、という感じだな。戦から間もないとは言え、我らの態勢は盤石。防衛体制は充分に整っている」

 戦の直後で疲弊したタイミングで、というならまだ理解できるが、既にマリウス軍は殆どの兵力も回復させてしまっているのだ。

 タイミングからしてハルファルと呼応している可能性もゼロではないので、ディムロスやギエルの守りにはマリウス自身やジュナイナ、ファティマらが就いてくれている。例えハルファル全軍が再び攻めてきたとしても充分に対応は可能だ。

「……もしハルファルの差し金でないとするなら、この連中の目的は何なのだ? 我らの領内に留まっていればこうして必ず討伐軍が派遣されるのは自明の理であろうに」
 
「ふん! マリウス軍が女ばっかりだってのは近隣じゃ有名な話なんだろ? どうせあたしらの事を舐めてやがるのさ! すぐにそれが間違いだって思い知らせてやるよ!」


 女性を将として起用するという事自体、前代未聞なのだ。当然ながらマリウス軍は周辺諸国から様々な色眼鏡で見られる事になっていた。

 やはり一番多いのは君主のマリウスが囲っている愛人達(・・・)に将や官吏の真似事(・・・)をさせている、という物で、侮蔑や嘲笑の対象となっていた。他の州では、マリウスはまるで女を抱いてばかりで碌に仕事もせずに、愛人達の好きなようにやらせて国を傾ける稀代の暗君であるかのように面白可笑しく語られているらしい。

 マリウスはそうした噂にも寛容で、言いたい人達には好きに言わせておけばいいよ、と笑っているのだが、むしろ噂に我慢ならないのはソニア達麾下の女武将自身であった。

 自分達がどれだけ実力や実績を示してもそれが認められない。マリウスの愛人(・・)でしかないのだ。ソニアの言葉の裏には、そうした鬱屈した感情がありありと表れていた。だが……


「ソニア、油断は禁物よ。思い込みや過信は足元を掬われる原因となる。……あなたはアマゾナスでそれを学んだと思っていたけど?」


「……っ!」
 アーデルハイドとは反対側の隣から掛けられる声に、ソニアは顔を赤らめてバツの悪そうな表情となった。

「わ、解ってるよ、ヴィオレッタ。だからこそアンタ達にも討伐軍に加わってもらったんじゃないか……」

 頬を掻きながらのソニアの言葉にヴィオレッタも苦笑しつつ頷いた。

「そうね。それに関しては良い判断だったと思うわ、ソニア」

 ヴィオレッタは素直に認めた。実は当初マリウスから放浪軍討伐の命を下されたのはソニアだけであった。しかし彼女は『慎重を期して』副将と参軍の同行を要請したのだ。それを受けてマリウスからソニアをサポートするようにと、アーデルハイドとヴィオレッタにも命が下されたのである。

「な、何かアンタにそうやって褒められると意外な感じだね」

「あら? 私だって褒める時は素直に褒めるわよ?」

 そんなやり取りをしていると、前方から物見に放っていた斥候が戻ってくるのをアーデルハイドが目ざとく見つけた。

「む……お二方、お喋りの時間は終わりのようだぞ」

「……!」

 ただちに将としての顔に切り替わる3人。斥候によると放浪軍は、占拠した村の手前に布陣して待ち構えているらしい。ヴィオレッタの指示によって罠や伏兵を特に警戒して探すように命じていたが、その気配もないらしい。

「ふむ……あの辺りに私の知らない迂回路があるとも思えないし……」


 実際に斥候の言う通りに布陣している敵軍を遠目に臨む地点まで進軍してきた討伐軍。それを確認したヴィオレッタが思案する様子になったが、ソニアは強気な態度だ。

「どうやら敵さん、正面からの潰し合いがお好みのようじゃないか。どうする? 一気に突撃を掛けて叩き潰しちまうかい?」

「そうね……。でも500の兵だけで何の備えもなく待ち構えているというのが、ちょっと不可解なのよねぇ。やっぱり私達が見落としているだけで、罠や伏兵があるのかも知れないし……」

 でなければ敵は彼我の戦力差すらまともに見れない愚か者という事になる。余り都合の良い想定はしたくなかった。


「……よし。それじゃ部隊を二つに分けるわ。ソニアは罠や伏兵を警戒しつつ正面から突撃。アーデルハイドはソニアの部隊が敵を引き付けている間に側面を迂回。何か不測の事態があればすぐに援護が出来るようにして、何もなく敵後方まで回り込めたらそこから挟撃を仕掛けて頂戴。私は後陣から弓兵で援護しつつ戦況を確認しながら、何か異変があれば適宜伝令を送るわ」


 敵の罠を最大限に警戒した慎重な作戦。だがこれまでヴィオレッタの作戦で勝利を重ねてきたソニア達に否があろうはずはない。アーデルハイドが頷いた。

「了解した。それでは私は基本は遊撃という事で、何かあれば即座にソニア殿の援護に回れるようにしておこう」

「頼んだよ、アーデルハイド! それじゃ一丁暴れてやろうかねぇ!」

 ソニアが青龍牙刀を抜き放ちながら勇んで号令を掛ける。ここに放浪軍討伐戦の火蓋が切って落とされた。
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