淀み濁った場所

文字数 2,966文字

──一体何処に向かっているのかと思えば。生い茂った木々が無造作に生えた、森と呼べる様な場所で立ち止まる。いや立ち止まる──と言うよりも行き止まり、突き当たりだろうか。





「──後はこの道を進めば良いだけだ! よく分からない騎士団? に絡まれたのは不服だけれど。まぁでも、やる事さえ出来たのならそれでいいか! 」



道──正直、ちゃんとした道と言うのが見つからない。ユリクが道と呼ぶソレは、人が好き好んで歩くような場所とは違う。

だから人はソレをこう呼ぶ『獣道』と。ユリクはその道を、草木を"ガサッガサッ"と掻き分けながら進んでゆく。

よく分からないメロディを作り、鼻歌をしている事に関しては伏せておくことにしよう。

ただ、それ程に何かを楽しみにしていると言う事なのかもしれない。高揚した気持ちみたいな──ものだろうか。



「やッッッと! 着いたぁ──はぁ、流石に陽が当たらないと泥濘具合が凄い悪くて足を取られたり……。何だかんだ大変だった──。て言うか、これだけ音が騒がしいと多分だめっぽいな」



泥濘に足を取られるとは言ったが。それは、ユリクが時折するスキップのせいではないだろうかと思う。

その度に『あっぶねー!!』と反省するも、また数歩、歩けば同じ事を繰り返す。

そうなれば当然大変でもあり、疲れもするだろう。

とは、言ったものの──両手を上にあげ叫ぶ辺りから推測するにきっと近くに着いたに違いない。



「後はこの道を数メートル進んで、チョットした坂を下れば目的ッ──。いやー長かったな、普段ならさほど時間がかからないのに──ふぅ……よしっ!!」



深呼吸をして気合いを入れ直したのか再び眉を寄せる。

そして、獣が良く通るからなのか4尺程ある野草畑が一直線に禿げており、そこをなぞるかのようにユリクは歩き始めた。



「やっぱりなぁ。こりゃあすげー……酷い有り様だ。岸辺にもこんな太い樹が打ち上げられるほど強い流れじゃ……暫くは我慢するしかないな」





ほんの少し前に未来について言葉踊らし話していた楽しそうな声は何処へやら。目の前に広がる濁流を目の当たりにして、肩を落とし落胆してしまう始末。

徐ろに、左手で掴んでいたグルグル丸まった藁の敷物を残念そうに見ては頭を"ガクッ"と軽く落とした。



「あーあ。せっかく前の仕掛けよりも、網目を疎らにしたりと改良を重ねて結構自信あったんだけどなっ……この有様じゃ試し用がない……と言うか下手したら俺が流されてしまう」



やるせない気持ちがあるのだろう。

試せると思ったものが試せないのはユリクの年齢層から言えば抑制が効きにくいものだ。

だから、ここは同情せざるを得ないとでも付け加えておくことにする。



「──なーんもいい事ないな。漁が俺の唯一の楽しみだったのに。暫くとは言ったけど、これ程の流れだと本当に数日は無理だよな……。何を楽しみに日々を過ごせばー!!」





堪らず八つ当たりをするように川に向かって石を投げ込む。しかし、残念ながら荒々しい濁流はそんな微々たる攻撃ものともしないようだ。

「──そう言えばこの川は一体何処まで続いているのだろうか? おやっさんは前に北の方から流れて来ている。とだけ言っていたけど──北ねぇ……ザックリ過ぎて分からないっつーの!!」



岩に当たり鈍い音を出しながら速い速度で流れる濁流。

その流れを確認するかのよう目で追っていた。

だが、その確認も時間もそこまで掛からずに終わりを迎える──。

「──んと……あれは……一体なんだ? 何か人みたいな……」



視線の先に写り込む何かをユリク。

疑懼した表情からは、ただならぬ緊張感を感じてしまう。



「まさか……まさかっ!! 」

その言葉は、見てしまったものに対して自ら疑心しているようだった。疑心と言うより認めたくない──が正しいかもしれない。

真剣な眼差しで、足元がいいとは言えない石の岸辺を足を取られもたつきながらも走り近寄る。



「やっぱり……やっぱり、そうだった。見間違いではなかった。そして、見たくないものを見てしまった……。こんな幼い少女がどうして……」



その、目の当たりにした悲惨で酷い光景。

ソレを捉えた黒い瞳を伏せ、哀しむかのように眉を寄せ下唇を噛む。



「──今、引き上げるからな。こんな冷たくなって……可哀想に……」

ユリクは、うつ伏せで横たわる少女の脇の左右を両手で掴み。半分以上水に使った体を引き上げる。

少女の水で濡れた服は、まだ幼い体のラインをくっきりと晒し、白く細い華奢な四肢は 所々赤い傷が目立っていた。



「──とりあえず……とりあえず……何とかしなきゃ……。体制をまず変えなきゃだよな?」



自分で行動を確認するように口ずさむ。自信が無い表れだろうか。

力が抜けた肩と頭を抱え、ユリクはゆっくりと少女を仰向けにする。





「──よし。とりあえず、仰向けにはした。次は……えっと。脈だ! 脈があるか確かめるのが鉄則だよな。こんな冷えてしまって。きっと家族が探しているに違いない」



細く冷たい腕を手に取り、脈を測るが。しかしユリクの表情はさっぱりしていないようだ。



「……駄目だ、分からない。脈があるのかまるっきり分からない──。もう手遅れ……いいや、まだ何かある筈だ────。何か……息だ。それなら呼吸で確かめればいい」



咄嗟に目を瞑り少女の顔に自分の顔を近づける──。彼なりに必死なのだろう。

ユリクの耳は、あと数cm少女の唇に触れてしまいそうな程距離を縮め静寂を作っていた。それから、数秒立ち目を見開いた時の表情は少し緩んでいるように見える。



「……どうにか、鼓膜へと吹き付けられる弱々しい吐息を確認する事ができた。とう言うことは、意識は無いが命は取り留めているという事だ。本当に良かった……」



良かった──。どうやら少女は無事だったらしい。ユリクの事も考えれば、目の前でこんな幼い子が死んでいたら一生心に傷を負ってしまうに違いない。それどころか、きっと大好きな漁すらも行けなくなるんではないだろうか? 。

力が抜けたのか、ユリクは"ジャリっ"と音を立てその場に座り込む。



「──どんな丁寧かつ手厚い介護をしたとしても助かる見込みが無ければ意味がない。見るに堪えない状態だけれど、これならば助かるかもしれない 」



しかし『かもしれない』と言う言葉は単なる可能性に過ぎない。そして手を抜けばそれが結果論から生まれる後悔になってしまう。

結果、気を抜けないと言うのは代わりがない。



「溺れたのか、でもここら辺には村は一つしかないし。好き好んで台風の時に、こんな危ない場所に来るとも思いたくても思えない……この娘はいったいどこから──。

それに、連絡手段なんかある訳ないしこんな荒々しい状況じゃ、 村の人だって川に近寄るはずもない……か」



再び、流れる川を見渡す。決してそこから、少女が流れてきた理由が分かることは無いだろう。超能力者や異能力者ならあるかもしれないが。ユリクは少年であって、少年でしかない。

「こんな、やるせない気持ち初めてだ」

小さく呟き、ユリクは目に力を入れ再び立ち上がる。その何かを決したような表情は少し大人びてみえた。
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