別れと始まり
文字数 2,552文字
強くも無く弱くもない中途半端な風が吹き付ける。
鳥も鳴くことなく。虫の音も響くことは無い。
その空間を砂煙のみが賑わいを保っていた。
「ユリクさん……ユリクさん……ラズさんは?……それにキールさんは、どうなったのですか?」
「………………」
「ユリクさん!?」
それから、どれぐらい時間が経っただろうか。
セアーの、最後の呼び掛けに反応することも無く、ユリクはただ、座り込んでいた。
わざと無視をしている訳では無いのは、ずっと表情を変えることがないのを見れば分かってしまう。
そう、耳にまるっきり入っていないのだろう。
セアーの呼び掛けすらも。
「ユ……ユリク……セアー……無事だなっ?」
息を荒げながら、血を垂らしながら遅く狭い歩幅で二人の目の前に現れたのはキールだった。
キールは、抱き抱えたまま静止したラズを横たわらせ。
死後硬直し始めた腕を下ろさし開いたままの淡く暗い茶色い瞳を闇へと閉ざした。
「あの……ラズさんは……その……」
「ラズ……いや。ラディ=カーズは最後の最期まで自分を貫き通した。昔と変わらないまま、命と言う物を大切にしたまま……死んだよ」
顔を歪ませ、痛みからなのか汗を滴らせながら声を震わせ、セアーにキールは伝えた。
『やっぱり私』と、セアーが泣きそうな声を出した時。キールは初めてセアーに触れ頭を撫でる。
「私が出てけば……とか、言うなよ。ラズさんは後悔なんかしていない。当然俺もだ……六年前。そこから俺は後悔をしていた。だから……いいんだ」
咳き込み、口に溜まった血反吐を口の端から垂らしながらもキールは優しくセアーに云うた。
そして、その血反吐を飲み込むかのように喉仏を上下に動かすとセアーから手を離し、ユリクを抱き締めた。
「ごめんな……俺、親父らしい事……。何一つ出来やしなかったな。こんな、認められていない村で育てたせいで、不自由ばかりさせた……。
だけどな? ユリク──俺はお前が大切で好きだ。お前に限らず、ラズさんも・この村も、全部好きで、全てが宝物で良い思い出だ。
その宝箱の中で死ねるなら俺は幸せなんだ。
だから……強く生きろ。そして……セアーを……弱き命を、格差なく平等に考えれるその気持ちを大切に……」
「……おやっさん……やだよ。……まってくれよ」
その暖かい温もりに命を吹き込まれたかのようにユリクは涙を流す。
それはわかりやすい程に大きな声で。
その声を聞いて涙を流すのはキールに留まらずセアーすらも、両手で顔を隠し肩を震わせる。
キールは、ただただ謝り頭を撫でた。
「……はぁはぁ。だが、言ったろ? お前は今何をすべきなんだ? 強い意志を持て。自分が何を優先すべきか、考えるんだ」
「何をすべきか……。俺は、セアーを助けたい。人の勝手な考えで裁かれたセアーを……!」
しかし、それに対しての返答がキールの口から返ってくることは無かった。
「……おやっさん!? おや……っさ……」
ユリクは、キールの大きい体を静かに寝かせる。
けれど、その表情は悲痛を訴えている様には見えず。
寧ろ、穏やかに少し笑っているかのようにすら見えてしまう。
後悔の欠片も感じさせることが無いように。
「……ずりぃよ。……なんだよ、その穏やかな顔つき。俺を……俺たちを残して、ラズさんもおやっさんも先に……くそっ……」
その表情を見て、ユリクは余計に涙を流す。
「……セアー?」
「ごめんなさい……私──これくらいしか出来なくて。
ですが、ユリクさんが悲しんで居るのは胸の奥から伝わります……。今は……泣いてください。
私が……私なんか、がですが──傍にいますから」
ユリクは、小さい体に抱き寄せられては抵抗することも無く体をあすげた。
色々な、過去の思い出、したかったであろう未来の話。
この村でしたかった話。その中には、いつの間にか三人の話から四人──セアーも入った話にもなり。
セアーはそれを、ただただ頷き・頭を撫でてながら目を閉じ静かに聞いていた。
何十分・何時間も、同じ言葉を繰り返す事もしながらひたすら止まることなく口を動かせる。
「ごめんな……セアー……。こんなの情けないよな」
「いいえ。悲しめると言うのは大事な気持ちです。情けなくなんかありませんよ……弱くて良いんです。強がると言う鎧を羽織るより……打たれ弱い生身で良いんです……ユリクさん」
「ありがとう……やっぱり。セアーは優しいな……暫くでいい。このままで……」
「はい……力になれているのなら……」
真上に昇った月明かりがセアーの白髪を照らし。
風に吹かれ靡く髪は美しく神秘的。
暫く時間が経ち、ユリクは気持ちを切り替えたかのように細い腕を掴み顔を上げた。
目を閉じ、夜の空気を一杯に吸い込み。
ゆっくりと瞼を開く。
「……よし。いつまでも、おやっさんやラズさんをこんな硬い場所に寝かす訳にはいかないよな。」
すると、徐ろに立ち上がり。
セアーに待っていてと言うと部屋からスコップ一本と藁を一杯に持ってきたのだ。
そして二箇所、隣り合わせで深い穴を掘ると藁を敷き詰める。
「ありがとう、おやっさん。ありがとう、ラズさん。俺はこの村が故郷。俺の家族はこの村の人。
──また戻ってくる。だから今はゆっくり寝てくれ。」
ユリクは、二人を埋葬すると。
キールの場所には刀を挿し。
ラズの場所には愛用の化粧品を置いた。
「今日ぐらいは、近くで一緒に居るから。明日には、おやっさんが言ったようにエルフを探しに行く。二人が繋いだ命を俺が守るから……」
埋葬を終え。
二人は赤レンガに寄り掛かり座る。
時折、ユリクは墓を見ては空を見上げ目を瞑り。
セアーは、ただ隣で静かに座っていた。
ユリクが、話をかけてくればさり気なく受け答えするが。それ以外余計な言葉を話すことは無い。
しかし、それが静かな女の子だから。だと言ってしまえばそれまでかもしれないが。
もしかしたら、ユリクを気遣っての事なのかも──と考えてしまう。
「おれは……あの……こと……だけ」
徐々に口数が減り、瞼が重いのかユリクは、目を瞑る回数が増えてきたようだ。
そして、気がつけば寝息を立てながら。二人が眠る目の前で一緒に眠りに入っていた。
涙を目尻から流し眠る姿は、きっと夢の中でも泣いているのかもしれない。
セアーは小さい声で、肩に触れたユリクの頭を見据えて『おやすみなさい』と微笑み涙を流した。