リューク

文字数 3,830文字

『助からなかった』目の前の横たわる少女が、出会って初めて口にした言葉。

何処か、諦めてしまっているような口ぶりだった。それは、悲しい諦めでもあり。ユリクからしたら聞くのも辛い言葉だったかもしれない。



「──えっと。大丈夫だよ? 君はきっと今混乱をしているかもしれないけれど。大丈夫、君は助かったんだ。……それで、良かったら君の名前を教えてくれないかな?」

優しい口調で・優しい表情で、諭すかのように。宥めるかのように。ユリクはありのままを伝える。

「……私の名前を、知る必要があるのですか?どうせ私を────殺すのに……」



恐怖に震える体を起こそうとしているのか。それとも、力が入らない体を無理矢理に起こそうとしているのか。前者にしろ・後者にしろ、命の恩人であり、未来への道標となってくれた彼に対して少女は高い壁を作り。そして遠ざけている感じがしてしまう。



ユリクはその立ち振る舞いに手も足も──いや。手を差し伸べる事が出来ずにいた。

それどころか少女の目すら見れないほどに効き目があったようだ。



「無理して立たない方が……それに俺が、君を殺すって──どう言う事? 俺は君を殺すと言うよりも。自然の猛威から殺されるのを助けたと言うか……」



ユリクは女性と話した事がないからなのだろうか? ここまでオドオドされると、見るに堪えない。

だらしが無いと言うか、情けない。

しかし、あそこまで言葉のキャッチボールが出来ないとなると仕方ないと言っておくべきか。



結果。ユリクの体で横たわっていた少女は地へと座り込むに至る。



「大丈夫です。もう逃げたりしませんから……。」





「逃げたりしないって……それはどう言った意味なの?」



目を覚ましてから、今迄の一連の流れ。

その流れでユリクが分かったと言える物は何一つとなく。逆に疑問だけが増えていってると言う事は俄然分かった。



このままだと、駄目だとやっと気がついたのか。ユリクは『ふぅ』と一呼吸置き。そして、遠慮気味に背を向ける少女の細い肩を人差し指で二・三回叩いた。振り向いてもらい、ちゃんと話し合うために──だろうか。



「ごめんなさい!! ごめんなさい・ごめんなさい・ごめんなさい・ごめんなさい……」



触れた途端に、鞠躬如し怯える。

ユリクは自ら脅えさせてしまったと言う罪悪感に打ちのめされたのか。言葉に困りながらも、ただただ謝る事しか出来きずにいた。





誤りをきっと分からないまま謝るユリクは

複雑な心境に違いない。

それを物語る様に、肩から数cm離れた場所で宙に浮かぶ。その右手だけが、行き場に困った亡霊の如くに止まったまま。



「えっと。俺が言うのもなんだけど……。一回落ち着こう? 俺は、君を殺しはしないし。それどころか──何かをするつもりもない。強いて言えば家族の元に帰したい。ただそれだけだよ」



宙に浮かぶ右手を自分の頭に持ってくると、しまい込む事の出来なかった。人差し指でコメカミを"ポリポリ"と掻きながら云う。

しかし、精神的にやられたのか。ユリクは再び木に寄りかかると。来た道を、ただただ眺めるかのように、目を細める。



──"ガサッ"



生い茂る高い木から何枚の葉っぱが落ちた時だろうか。

やっと、少女の方から物音がする。ユリクは完璧に振り向く事は──当然出来ずにいた。



よって、黒い瞳だけを左におくり様子を確認する。すると、少女は立ち上がろうとしていたのではなく。ただ、縮こまっていた。女の子座りから、体育座りに変えただけ。

そしてユリクに背を向ける細く狭い背中は、小刻みに震えていると分かる。



──そして、その震えが寒さじゃない事も。





「……家族は、無事……なのでしょうか??」



初めて、ユリクの問に対してまともな返答が返ってきたのではないだろうか。



ユリクも心做しかホットしたのが、背筋を伸ばし目を瞑った事で分かる。



「……ぁあ。家族と出かけている時に何あったのか……。家族は──うん。大丈夫だ! 根拠はないけれど、君が無事って事は無事だろう。だって、川で溺れた君が助かったぐらいだ」



「──えっと。あの、貴方はあの方達なのですよね?」



どうやら、次はユリクが投げた球が緩い速度にも関わらず。ボールだったらしい。



「あの方達?? 何を言って? と言うか、ここに居ると危ないかもしれない。だから一度、俺の村に戻りたいんだけど。付いてきてくれるかな?」



「……そう……ですよね。ごめんなさい……わかりました」

耳を傾けなければ、聞き漏らしそうな程に小さい声で少女は承諾をし。

ゆっくりと、ふらつきながら・もたつきながら立ち上がる。

一向、ユリクは何かを考えているかのように、少女を遠慮気味に目でおくっていた。



言わんとした事は分からないでも無い。きっと悩んでるのだろう。



「あの──ごめん。余計なお世話かも知れないけど……。ほら、君傷だらけだし。まだ目が覚めて間もないから。だから、体がまだ言う事を効かないと思うんだっ。俺、オンブするから背中に乗っかってくれないかな?」



「オンブですか? 何で私なんかにそんな事をするのです? 何の価値もないはずですよ。そこまでする……」



『価値がない』少女は何故、先程から自らを陥れる様な。──卑下する様な言い方をするのか。

そして、その辛い発言をしているのにも関わらず。少女は目を伏せる事も、眉を寄せる事もなく。同じ表情で赤い目を瞼から覗かし語るのだ。



投げ槍になり、自分を責めている訳ではなく。それ自体を受け入れている……みたいな感じだろうか。

キールが魔境種を見ていた時の冷静沈着とは又違う冷静さを少女は持っていた。



「価値がない。なんか無いんだ、君にも俺にも等しく相応の命がある。君だから『そんな事』をしたんじゃない。君でも『そんな事』をしたんだ。そこに居たのが例え君じゃなくても俺は同じ行動をしていた。命に優劣は無い、君にも心臓があり。俺にも心臓がある。それだけで同じ価値なんだよ、それに言ったろ? 俺は家族に返したい──と。だから……な?」



この時のユリクは、オドオドしている様には感じる事が出来なかった。それよりも、心に訴えるかの様な強い意志・自信を感じる。



だからこそ、少女はこの後に卑下する事はなく。小さく頷きユリクの広い背中に体を預けたのだろう。



「いや……。あの……さ? 申し訳ないんだけど、手は前に回してくれないかな? 逆に前屈みになって辛いんだけれど」



顔を引き攣り、半笑い気味でお願いするのも無理はない。

おんぶした──までは良いが。まだ遠慮しているのか。それとも壁を作る為なのか。

少女は、自分の細い腕をユリクの背中と自分の胸の間に肘を曲げしまい込んでいるのだから。



当然、担ぎにくいし歩きづらいだろ。



その正論に納得したの『ごめんなさい』と謝ると、片腕ずつ申し訳ない様にゆっくりと肩に回し。ゆっくりと肩に触れた。



ユリクは、それを確認し終えると体制を変えるように軽く飛び跳ねる。



『──わっ』とすこしびっくりする少女は。やはり何処にでも居る女の子だ。



穏やかな表情のユリクはそう思ったのだろう。



「にしても、やはり気を失っているのと目覚めているのじゃ疲れが全く違うな。重いと感じないし、寧ろ軽い。これなら、足を捻挫していてもなんの事はないな」



多少足を引き摺っていても、ユリクの足取りは軽いものだった。

落ち葉や枯れ木を踏み奏でる音は、"パキッパキッ"と2人の耳を軽快に通り抜けてゆき。

順調に歩みを進める。

目の前に広がる眩い世界の入り口に目を細めながら。ユリクの表情は、口を半開きにしながら自然と緩む。



「もうちょいで、この狭い道を抜ける。そしたらリュークまで、目と鼻の先だから。──良かった、無事に帰れたんだ。たすかったんだ」



薄暗い洞窟の様な獣道を抜け広がるのは。変わらず青々しい大空。

暖かい風がメロディを奏で、鳥や虫たちが歌を歌い。まるで、ユリク達二人を歓迎してくれているようだった。



「暖かい……」



「暖かいだろ? ここは、遮るものが何も無いからな。吹く風は、強く。そして暖かいんだ。だから、夏の日は良くあの丘で昼寝をするんだよ」



ユリクは、朝方寝ていた丘を指指すと。少し嫌な事を思い出したかのようにしかめっ面をする。

きっと、騎士団を思い出しているのだろう。



「そう……ですか。気持ちよさそうですね」



話を合わしているだけにも聞こえる口ぶりに、ユリクは縮まらない距離を感じ。それに対して嘆くかのように小石を蹴り飛ばす。



数分歩き、小さい丘を通り越しながら。広い道『ミーリュ街道』を真っ直ぐ進むと視野には村見たいな物が映り込んでくる。



これがユリクが言っていた『リューク』なのか?正直住みやすいとは言えない感じだ。

村と外を分ける擁壁も無く、外からも丸見えな家屋。

藁で出来た屋根は風に吹かれ、"バザバザ"となり続けており。道が舗装されていない為か、強い風が吹くと砂煙が舞い散る。



「ここが、俺達の村『リューク』だ。まぁ、何も無い所でごめんなっ」



建物の数も4棟程。村というよりも集落じみているが……村だと言うのなら村なのだろう。



言わせてもらえば住みたくはない。



「何も無い……? そうです……か」




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