見えない気持ち。隠れた感情

文字数 3,080文字

「……あの。君、何をやっているの? ちょっと気になってしまって。それは、窓だから……どれだけ探してもドアノブは出て来ないよ?」



少女は、何故だか分からないが。窓から外に出ようとしていた。止めに入るまで、窓の珊を細い指でなぞり同じ所を数回往復していたのだ。ユリクが不思議そうな表情を浮かべるのも無理がない。



「窓……ですか? あの、すいません。ドアの場所だけで良いので。連れて行ってくれませんか?」



「連れていくって……? すぐ、脇にあるのがドアなんだけど……。さっき、入ってきた所が──」



「ごめんなさい。私──目が見えないんです。視力を、失ってしまって……正確には奪われたと言うのが正しいのですが」





『奪われた』という状況。それが一体、どんな状況でなったのか。一体何故、奪われるまで事が進んだのか。それを理解するのは間違いなく難しい。寧ろ、理解できはしないだろ。

同じ境遇ならまだしも、ユリクは間違いなく違うのだから。



そして、それは恐ろしい出来事だった。という事も、想像からですら簡単に割り出せてしまう。



「……聞きたいことが、山程あるけど。でも、その前にこれだけは俺が今言わなきゃいけない事。そして、行動しなきゃいけない事だと思う」



ハッキリした声で、滑舌良くしっかり少女の鼓膜に届く様に声を発する。そしてユリクは、扉と少女の前に割って入ったのだ。



これが、今すべき最優先事項らしい。

その単純な行動。その行動に至ったユリクの視線は真剣そのもの。



「──なら。なら……余計に行かす訳にはいかない。いくはずがないだろ? 目が見えないで、どう助かるつもりだよ? 今みたいに、ドアと窓の区別もつかないのに。内と外の区別すらつかないのに、どうやって!!」



目を見開き、見えない相手にも関わらず。ユリクは。両手を広げ、目を見開き必死に静止しようとする──が。少女はユリクの優しさに、感動のあまり泣き崩れる事もなく。ただ静かに、声がする方を見据え黙り込むだけ。

この静寂は、実に居心地が悪く。声を発する、と言うこと自体が迷惑だと勝手に錯覚してしまいそうになる。



それでも、ユリクは歯を食いしばる素振りを見せては口をひたすら開いた。



「……なんで。なんで黙るんだよ。さっきから、『助からなかった』だとか『殺すのに』とか。諦めた様な感じで話して。なんで、生きようとしないんだよ! 分かるだろ? 今の状況じゃ、生きることが難しいってことぐらい!!」



『あのですね? ……』

少女がやっと自分の言葉に応えてくれる。そう感じたのか、ユリクの強ばった表情は凪いだ。



「私は諦めた訳ではありません。受け入れているのです」



「受け入れ……る?」



「はい。受け入れるのです──。事の始まりは、私が捕まり囚われてから始まりました。その理由は、先程言ったように私が人間達にとって第一級危険討伐対象だからです。その時から、私は受け入れていたのです。運命の書、次に捲られる一ページが私の終わりかもしれない。という事を」



『だからって……!!』

色々な言いたい事があった。ありすぎたのかも知れない。

続く言葉が、思い付かないのではなく。思いつき過ぎてしまったのかもしれない。

だから余計に、言葉に詰まりユリクの声は行き場を無くし静かに無情にも水蒸気のように消失してしまった──のだろうか。



「運命と言うものは変わらないのです。結局行き着くのは一本の道。寄り道をしようと、後ずさりしようと──グルリと周り。また、同じ道にでるのです。変わる運命もなく、変えられる運命も当然ありません。……結果、私は逃げ、目が覚め。助けてもらいました……が。彼等の目から逃れる事が出来ずにいます。これが、きっと私の運命であり、終幕なのです」



幼い少女のあどけない声。そんな、彼女からは想像出来ない発言にユリクは顔を引き攣りたじろぐ。

言い返せなかったのだ。言い返す言葉を持ち備えていなかった。死を受け入れる事にすら、怯え臆したユリクに対し。少女は、臆する事無く……臆していたとしても受け入れている。その差が高く長い距離に感じてしまう。



気の効いた言葉を、かけれないユリクが悪いのではなく。

心配するユリクを、受け入れない少女が悪いわけでもない。『死』に対しての思考が、そもそも異なり過ぎていたのだ。



「仮に……仮にです。私が、貴方の優しさに甘えたとします。──それで、私が視力を奪われた理由が分かりますか?? きっと、分かっていたのなら。私を引き止めるなんて無謀な事……しないはずです」



震え声を、無理して止めているかのような声。目を伏せながら自分の感情を押し殺しているかの様な無理をした言い方。



そんな少女を目の前に──ユリクは無力な自分を悔いているのか。自分の太ももを強く抓る。『わからないけど……』と口を開いたユリクは、ここに来て初めて男らしい口振り。



「わからないけど……それでも。俺は──君を助けたい。視力を失った……いや。奪われた理由は分からない、分かったとしても。君の気持ちがわかるとは思えない。



俺たち人間が、信じられない。だからこそ、あの時『助からなかった』と言う言葉が出て来たんだろ? 受け入れて居たとしても、あの時の君の声は悲しみに溢れていた気がする。それに……君からは──何も感じないんだ……」



"キリッ"と、細い目を凝らし真剣な眼差しでユリクが見つめる先いる少女は。

ユリクの投げ掛けた言葉に反応するかのように顔を上げた。



「感じない……とは。どう言った意味ですか?」



「そう──何も感じない。あの魔境種からですら醸し出していた圧力感・嫌な予感って奴が。寧ろ、君を第一級危険討伐対象と考える方が違和感だ。驚異にも見えず脅威すら感じられない。それが俺が言う何も感じない理由……と言う意味だよ」



ユリクは、口を休めることなく。少女が割って入る隙すら与えず。それでいて相変わらず優しい口調で話を続けてゆく。



「もし、君が言った様に。運命がどの道、同じ道にたどり着くのだとしたら。寄り道をしても、辿り着くのは一緒だとしたのなら。それでも良いじゃないか。俺が君の為に何かをするって、分岐もその本にも綴られているはずだろ?」



少女は、まるで糸がきれたカラクリ人形の様に力が抜けたのか。その場に座り込んでしまった。



今まで我慢していた震えが少女を襲い。

こみ上げる色々な感情は、雨としてやってくる。

首を白い髪を靡かせながら大きく左右に振りながら『違うんです……違うんです』と、口ずさむ。



「大丈夫……? それと。違うって、何が違うのかな?」



「違うんです……私が言いたいのは。私が貴方に伝えたいのは、巻き込みたく無い。という事なんです……視力を奪われた理由は逃げさせない為。



──それならば、必ず私を見つけ出そうとするに決まっています。もし、討伐対象である私を匿って居たと知られたら。



私は、貴方が何をされるかすら想像つきません。……命を助けていただいた貴方を、不運に巻き込みたくないのです……ですから──」



やっとユリクは、腑に落ちた表情をみせる。

目の前で蹲る少女。彼女は、人間が……ユリクが嫌で距離を取っていた訳では無く。



ユリクを心配して距離を取り、この場から去ろうとしたのだ。

自分の命が無くなるのを承知で。



「やっぱり……君は、討伐対象なんかであるべきじゃない。俺は、何を言われようと君の力になる──絶対に」
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