晩餐の前の団欒

文字数 4,696文字

「あ、おかえりなさい。ユリクさんッ」

ユリクが、部屋に戻ると静かに待っていたかのようにセアーは笑顔で出迎えた。
まるで、ユリクが何をしに行っているのか分かっていたかのように、何をしに行ったのかも聞かずに。

その健気で儚げな姿を見て、ユリクは妻に出迎えられたかのような安堵の表情を浮かべる。

そう、平和的で自然なありふれた表情。

そして、他種族同士では有り得ない表情。

「ぁあ、ただいまッ」

「先程、男性の声がしてましたね。思わずビックリしちゃいましたっ」

「あれは、そうだな……仲直りした希望……かな? と言うか、セアー。目の包帯はまだ外せないのか?」

「はい? ……希……望ですか?? あ、はい。まだ光を与えると刺激が強すぎるらしくて。くうりさんから許可を得るまでは駄目らしいです」

包帯を触り、何かを感じるかのようだった。

それは、痛みや、不安感かと思えば、きっと穏やかな口元から考えるにそうでもない。

なら、何なのか。と、考えてみれば、ユリクが『希望』と口にした時にした行動。ならば、もしかしたらそこに意味があるが故の行動なのだろう。

そして、それを思わせるかのように気配を感じているのか、ユリクがいる方向を再度向く。
そして、麗しい唇を“ギュッ”とし畏まると口を開く。

「ユリクさん?」

「……ん? どうした、改まって」

その、細い中に、芯のある声。その声にユリクは真面目な話だと自然と感じたからこそ返答もまた、静かなものになったに違いない。

少しの時間、この空間には無が存在した。

しかし、その無と言うのは、この二人にとっては気にもならないものだと言うのが向き合う二人から分かる。

セアーは、女の子座りをし、黒いTシャツから覗かせる白い裾を小さく白い手で皺を寄せながら掴む。

「ありがとうございます。本当の・本当に、ありがとうございます」

口元からでも分かる無邪気な笑顔。
その姿は、小さく・脆く・弱く・ヒビが入ったら直すことは出来ない。それでいて、光に当たれば七色に光る繊細な硝子のようだった。

「なーにを今更ッ。俺がしたくて勝手にしてるんだ、感謝される事なんか何一つとしてしてねぇーよっ!!」

その、改まった感謝に若干びっくりした表情をしながらも、ユリクは気を使わせない為か、声を張り上げ少し笑い混じりに腕を左右に振って答える。

だが、その突如としての発言、いつか見たような表情は少なからずユリクの胸を射たのだろう。

だからこそ、小さい声で『こっちこそありがとう』と口にしたのではないか。

何故分かるように言わないのかと言えば、気遣いの彼女の事。また、自分を落としてまでユリクに優しく諭すかもしれない。そんな事を考えての行動。だと思いたい。

たった二日で何が分かると言われれば、それまでだが、繋がりの関係は時間ではないはず。二人は間違いなく、この二日間、今日を入れれば三日間で普通だったら、体験なし得ない事を乗り越え成し遂げてきたのだ。それぐらいの救いがあってもいい筈ではないだろうか。

「それでも、私は、ユリクさん・キールさん・そしてラズさん、三人に出逢えて幸せです。ですから、ユリクさんも二人の事は何があっても誇りに思ってくださいねっ? それと──」

胸に手を当て、あたかも二人を思い浮かべているかのようにセアーはユリクに告げる。

ユリクも、また胸で握り拳を作り力強い口調で『ぁあ!』と応えた。
それは、当たり前だと言わんばかりにわかり易く。目が見えないセアーですら、その表情、表現が想像つくかのように。

そして、想像ついたからこそセアーは、伸ばした背筋を若干丸めたのだろう。

「ふむふむ、僕の名前は入っていませんねぇー!!」

話の途中でひょっこり開きっぱなしのドアから入ってきたくうりは、セアーを気に入ったのかすぐさま抱きつき。そして、“ワシャワシャ”と髪やら体やらをもみくちゃにし放題に弄る。

空気を読めと言いたい所だが、きっと読んだからこその行動だったのかもしれない。

張り詰めた空気は、その行動一つで柔らかいものになっていたのだから。


「今言うつもりだったんですよっ!」

「おかえり、くうり。……もう、いいのか?」

せっかく変わった空気を戻すかのように、憂いたような表情を浮かべながらユリクは口にした。

しかし、あの泣き崩れる姿を見て心配しない程ユリクは冷酷無慈悲にはなれないのだ。きっと彼は平等に全てに対して優しく出来る。そう教わってきたのだから。その、感情こそが二人が残した唯一無二の形見。

「はい。大丈夫ですともっ!」

「これから、無駄にしてしまった一年を取り戻せば良いさ! な?」

無駄にしてしまった。そう、一年と言う時間を覚えている。と言うことは、少なからず彼の声に耳を傾けて居た。そして、フォレスト・レイに触れた時見せた、穏やかな表情。それは我を張っていた鎖が解け素直になれた喜びもあったのかもしれない。他種族として、では無く一つの生き物として、一つの生き物であるライズの事を嫌いになれなかったのだろう。

もし、本当に嫌がっていたのなら一人しか居ない街で通信用のソレをいつまでも維持しとく必要があるのだろうか。きっと、つまりはそう言った事と言うこと。

「……そう、ですよね?」

心もとないような声を出しながらも、その答えだけは、セアーを弄るのを“ピタリ”と止めハッキリと応える。
これからと言う未来ある言葉。その言葉こそ、今のくうりにとって救いある言葉に違いない。

その、寂しい声を聞いたユリクは徐ろに腹を擦り始める
「それは、そーと腹が減ったな。と言うか今、
外は時間的にどれぐらいなんだ?」

「ライズが来るのは仕事を終えてからなので、外はもう、真っ暗ですよ」

「ちょっとまってくれ、俺はそんな長い時間見ていたのか? 記憶を」
陽気な声を出し、少し間抜けな顔をすると、くうりは溜息をつく。

「そりゃあ、セアーちゃんの治療が終えるまで帰って来なかったんですから……」

振り向き、今更何を言っているのかと呆れているような表情を見せた。そんな表情を見て恥ずかしそうに、たじろぎユリクは部屋の外に目を向ける。

「そんな呆れるなよ。くっそ、今日、ご飯の支度まるっきりしてねぇじゃんか俺……」

「へへへんですよ。今日は僕がご馳走しますっ!!」

後悔の念がユリクを襲う。
すると、くうりは若干背伸びをし、鼻を“ツン”と突き上げ人差し指で天を指しながら“クルクル”と回し始めた。
その、まさに頼ってくれて良いんだよと言わんばかりの得意げな表情、仕草に驚いたのは他でもない、ユリクだ。

その、新発見をした発掘屋のような唖然とした表情は、きっと見てくれから料理なんか出来ないと判断していたからだろう。

確かに、見慣れない人からすればローブ、それでいて手首まで隠れ、だらけゆとりある裾。正直料理をするような格好ではない。

しかし、言わばこれは民族衣装みたいなものなのだろう。だから、少しは信じてあげてもいいのではないかとも思う。


「わあっー!! くうりさんが、作ってくれるのですねっ! 楽しみですッッ」

両手を前で合わせ“キラキラ”とした眼差しが目に浮かぶような動作をするセアー。

その、二人の行動を一歩下がって見るかのように暖かい表情を作りユリクの黒い瞳は捉えていた。
その視線を、まるでゲテモノを見るような視線でくうりは穿つ。

「何ですか、その目は! まさか、僕が出来ないとでも思っているのですかッ??」


「いやいや、こう言うのってさ? なんか良いなって。俺、友達と呼べるの居なかったからさッ」

「へへへ。友達か、じゃあ僕はこれからずっと友達でいてあげますよ! ……違うよね。うん、これからも、僕と友達で居よう。

僕もユリ君を友達として見るから! だから困った時は言ってね。次は僕が君の力になるからさっ?」

大人っぽく言い直す。それはそう、くうり本人として、しっかり向き合わなくては行けないという意思の表れなのだろう。

それに続くかのように、セアーも口を開く。

「あのッ……!! 私も……です」

三人の暖かく優しい声が三人しか居ない寂しい街に木霊し微かに響く。

汚れも嘘も何も無いような曇りない綺麗な『子』の瞳。

第一級危険討伐対象同士と、ユリク。彼らが仲良くする姿は世間から見れば愚行でおぞましく許し難く見るに堪えない光景なのだろう。

しかし、今の三人にはそのような淀みすら弾き返してしまいそうな眩い何があるようにも見えた。

それに敢えて言葉を付けるならきっと。

──希望、と言う漢字二文字で出来るものだろう。

「ありがとう。なら二人も、何かあったら俺に言ってくれよ? 俺も力になれることがあるなら行動するからさっ!!」

嬉しいのだろう。ガッツポーズをしながら、ユリクは目を笑わせ、それに応える。

「とりあえず、食材調達でも行くかっ??」

「そんな、必要は無いのですよ? 僕はこう見えて家庭的なんですっ!」

「でも、此処は台所とか無いぞ? 一体何処で料理を??」

家庭的と言う割に殺風景な部屋だぞ。と言いたいかのように辺りを見渡し、『何を食わせる気だよ』と何を想像したか、両手で自分の腕を掴
み震え上がる。

「ふむふむ、ユリ君は失礼ですねぇ!!僕が作って来ますので。待っててくださいっ!」

「作って来るって何処で! まさか本当に昆虫とかじゃないだろうな」

「 え……こん……ちゅ……ですか?」

セアーはまるで、青ざめてしまったかのように、声のトーンは著しい変化遂げた。
目が見えないなら形を想像するのは、仕方がない。そして、ユリクが言い放ったおぞましい言葉にセアーは一体何を想像したのか。

胸の前にあった両手は徐々に重力に負け始め、あの曇りない硝子のような美しい笑顔は痙攣し始めていた。

その姿を見るからに途轍もない物のような気もする。

「おい! セアー! どうした?? 死相が見える勢いだぞっ!!」

間近で、その変貌を視認したユリクは慌てふためく事しか出来ずにいるようだ。

「いや、あのですね? 昆虫と言えば……私の方では緑とか茶色で巨大で柔らかく“ウネウネ”として“ネッチョリ”と……ぁあ……思い出しただけで命の半分はもっていかれそうです……」

武者震いとは違う震えをしながら、セアーは過去を語と言う体験談を語る。

しかし、それは想像するだけでお腹いっぱいにすらなってしまう。

実際に目撃したのなら、それはきっと今のセアーに習うかのような表情になるのだろう。

想像したと思われる男のユリクですら、心配してだろうか、セアーに触れようと伸ばした手が道半ばで“ピタリ”と静止し、尚且つ『はは……は…は。そんな……あるわけ……』と不気味な笑い声を発しながら、実在するソレから目を背けようとすらしている。

それ程に恐ろしい生き物がいる霊峰『リリーカ』が気にならないでもない。

「いや、本当に、いるんです……臭い粘液をだ──」

「やっむぅえろぉー!! 臭いのはルグレの実だけで充分だぁぁあ!」

鳥肌が立ち、悶えるかのように蠢くユリクも充分気味が悪い。いや、化物じみている。目が見えないからこそ、今のセアーは声だけで判断し、口を“ポカーン”と開けているだけ。だが、きっと目が見えていれば、この光景は顔を引き攣るレベルに違いない。

しかし、臭いと聞いてすぐ様にルグレの実が出てくるというのは流石と言うべきだろ。

セアーは話を無理やり変えるかのように、在り来りな『ご飯まだですかね』と言った後に、思い出したのか、体を“ビクン”と動かし『昆虫!!』と大きい声を張り上げた。

それはそれで、自業自得というものだろう。

そんな、下らなく暖かく気味が悪い話に花を咲かせながら、二人の会話は広がっていったのだった。

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