非戦闘員の知略と愚策
文字数 3,554文字
先に行動に出たのはキールだった。その動作とは、ユリクや他の皆に危害が及ばぬ様にする為か。それとも行動を制限されては本領発揮が出来ない為か。きっと仲間思いのキールならば、前者なのだろう。
そして、キールが一歩進めばカーツは二歩下がる。
いくら、蔑んで罵っていた相手だとしても。相手が相手という事だろうか。
互いに剣を抜かない時間だけが過ぎ去る。
「ごめんね。私、こんな図体している割に非戦闘員なのよっ」
「え? ラズさんて騎士団じゃなかったの?」
「いいえ。私は違うわっ。──まぁ、騎士団に直接的に関わる仕事と言えばいいかしらねっ」
しかし、キールがカーツと言う毒蛇を請け負ったからと言って。些か油断し過ぎな気もしないでもない。何故なら、カーツを除いたとしてもう一人は騎士が居るのだから。
非戦闘員であるラズ・魔境種に恐れ臆したユリク・盲目の少女セアー。
この三人で、あの騎士を相手にしなきゃいけない。となると、不安でしかない。
「貴様達は私が絶対に逃さぬ。カーツ団長が手を出せない分、何としても逃さぬ。そこの黒髪の若者は、我々を欺いたのだ。誅を下さねばなるまい」
凛々しい声で、牽制する中にも紳士的なモノを感じる。騎士団と言うものを象徴した物腰はカーツとは異なり過ぎていて大人びていた。
「やっぱり……そうくるよなぁ……ラズさん? その背筋と上腕二頭筋の力で鎧を粉々にとか……」
「無理よ。そんな事……。幾ら何でも、私の筋力を過信しすぎよ? 肝心な事は何一つ解決できていないじゃない」
『肝心な事?』と、ユリクは何も知らないような顔を作りながら問う。
しかし、こればかりは少し考えれば分かってくるようなものだとは思うが。戦いの素人なのだから仕方がない。
それに比べ、ラズは争いに直接的な関わりは無くとも。それなりの知識が有るからこそ、注意を促したのだろう。
「そうよ、肝心な事。まず、鎧を破壊出来たとしても──それは二ステップ目か、三ステップ目でしょう。なら少なからず戦いの手練である、彼の間合いの中に入り込むという一ステップ目は……どうするのかしら」
『まずはそこを考えなければ始まらないわ』と付け加え、再び黙り込む。
そして、それに反論すら出来ずに認めてしまったであろうユリクも眉を寄せ下を向く。
「あの……ユリクさん。──コレを使えばどうでしょうか?」
そう言いながらセアーはユリクに丸く赤い実をみせた。それを見てはユリクは頭を右手で抱え肩を揺らして笑ってみせる。
「ラズさん。これだよ、これ。これなら──」
「これならって、ユリクちゃん。それ『ルグレの実』じゃないの。どうしたの?」
「此処に来る前に……セアーと、ちょっと話しててね。その時たまたま持ってきてたみたいだ。」
状況が掴めていないラズは、驚いた表情を隠せないでいた。
それもそうだろう。十代の少年が自信ありげに見せてきた果実。それは甘い匂いが皮越しからでも漂う美味しそうな果物。
呆然としながらも、しかしラズは口元を歪ませる。
「いいわ。わかったわ。あなた達に何か、奇策があると言うのでしょ? なら私が何としてでも隙を作ってあげる。その内に何とかしなさい」
「奇策……と言うより。きっとコレは愚策なんだろうな。だけれど……大丈夫!! 自身に自信しかない!!」
ラズは、満足した笑を浮かべユリクに『立派だわ』と言うと騎士を睨む。
その威嚇に敏感に反応を示した騎士もまた右手に携えた剣の持ち手を握り締める。
囁かに吹いていた風が止まると同時にラズは両手を広げながら騎士に向かって走り出した。
それは、さながら猪のように。
しかし、でかい体では考えられない。けして遅くないスピードにユリクは唖然とした表情を浮かべる。
──が、直ぐに冷静さを取り戻す。
そして、ラズを一点に見つめていた。
「馬鹿か!! この間合いで避けきれると思ったか!? この素人がっ!」
騎士は、携えた剣を鞘から抜き構える。
光が反射する刃渡り二十cm程の両刃は真っ直ぐにラズを捉える。
だが、騎士もデカイ体を斬る為なのだろうか。肩幅よりも足を開き。左肩をラズ正面にすると、間合いを図るためか左腕を軽く伸ばす。そして、剣を握った右手は肘を曲げると剣先は背後に隠れた。
一撃必殺とこの場は言うべきだろうか。
「何を言っているのっ!? 最初から避ける気何か無いわよっ!!」
突進して来る、筋肉でできた鎧に臆すること無く。騎士は剣を振り下ろす。
その剣を無謀にもラズは素手で掴みかかる。
結果は──目に見えていた。
いくらごつくデカイ手だとしても、手入れを怠るはずも無い騎士の剣。
風を切る音を変えることもなくラズの左手の半分を難無く切り落として見せたのだ。
"ボダボダ"とめどなく流れる、赤い滝は乾いた土に土埃を立てながら地面を叩く。
「なんだ。突進が貴様等の策だと言うのか? そんな素人当然の攻撃が当たる訳ないだろう」
しかし、余裕を見せているのは騎士だけではなく。
ラズもまた、汗を垂らしながらも半笑いを浮かべていた。
「だから……まぁ。いいわ、貴方は慢心しすぎたのよ。自分の方が技量が長けている故の自己陶酔ねっ!!!」
近寄り、勝者の余韻に浸る騎士。その、裏をかくかのように斬られた左手を騎士の顔に振りかざす。そして見事に騎士の両目を血糊で潰したのだ。
まさに、肉を斬らせて骨をたつ。
「きっ……きさまっ!! 何をっ!! 前が見えない!!!」
「だから言ったでしょ。避ける気が無いって、最初から斬られるつもりだったのよ。ユリクちゃん!! さぁ、今のうちに!!」
目の前の鮮血に戸惑うユリクを鼓舞したのは他でもないラズだった。
「そうだ。命を賭けてまで作ってくれた隙。無駄にするわけにはいかない!! 手当は後だ! おーりゃぁぁぁあ!! 俺の苦しみを思い知りやがれ!!」
威勢よく、刃物を振りかざしながらでも無く。
赤く丸いものを右手で振りかざす。
この光景は流石に異様としか言いようが無い。しかし、あの森でセアーを抱えて走っていた時よりも断然速い。
騎士が目を拭い終わる前にユリクは騎士の元にたどり着いていた。
そしてニヤリと笑うとボールを投げるかのように。
──そう赤いボールを騎士の顔。正確には口の中へと捩じ込む。
レッドボールで見事デッドボールを成し遂げたのだ。
「……ゴプッ……グッ……グザ……」
「あーらら。白目まで向いて失神しちゃったよ……。まぁ、この凄まじい破壊力じゃあ仕方がないか……それより!ラズさん、手は??」
失神した哀れな騎士にとどめを刺す事も無く。
セアーの横に座るラズの元へと駆け戻る。
こればかりは、焦りを見せるのも仕方がない。
「……え?……ぇえ。大丈夫よっ、手は心臓より遠い分。止血を施せば暫くは──ね。これが、終わったらキールちゃんに何とかしてもらうわっ」
ユリクは、服を脱ぎラズの左手を塞ぎ。手首を刀の鞘に付いていた紐できつく縛り上げた。
それでも、緩んだ蛇口のように濡れたシャツからは"ポタポタ"と血が垂れ落ちてゆく。
「大丈夫……ですか?? 大怪我してませんか?? すいません……私のせいで」
セアーは、膝を折り曲げラズの方を向くと赤い目を光らせ・眉を歪め憂いた表情を浮かべる。
そして、今にも泣き出しそうな、か細い声で云うた。
だが、それもそのはずだろう。
この村を一人で出る、と言った時からこうなる事態を避けたかったのだから。
それを、分かっているかのようにラズはその震える肩を優しく抱きしめ。頭を撫でた。
「何を言っているの? セアーちゃん。これはね、貴女の為だけじゃない……。
私達、人間がして来た。してしまって来た、罪もない者を責めた者からのせめてモノ罪滅ぼし。
そう言えば聞き覚えはいいかも知れないけれど。──そうね、タダの自己満……ぞ……」
次に喉から出てきたのは、言葉ではなく口から溢れ出る程の血反吐。
その血反吐は、"べチョッ"と鈍い音を立て。
セアーの白い顔を真っ赤に染め上げた。
「──ラズさん? 生暖かいです。……お湯を掛けたのですか?……。でも鉄の匂いが……どうかしましたか? ラズさん?」
ユリクの瞳に写るラズ。
それは、肉が見える程に横一線に裂かれた広い背中だった。
赤黒く出る濃い血から考えるに。間違いなく内蔵まで届いているだろう。
力が抜けたかのようにユリクは座り込み。
『っあ"。ぁあ"』と掠れ声で、嘆きただただ視野にいれていた。
そして、キールが一歩進めばカーツは二歩下がる。
いくら、蔑んで罵っていた相手だとしても。相手が相手という事だろうか。
互いに剣を抜かない時間だけが過ぎ去る。
「ごめんね。私、こんな図体している割に非戦闘員なのよっ」
「え? ラズさんて騎士団じゃなかったの?」
「いいえ。私は違うわっ。──まぁ、騎士団に直接的に関わる仕事と言えばいいかしらねっ」
しかし、キールがカーツと言う毒蛇を請け負ったからと言って。些か油断し過ぎな気もしないでもない。何故なら、カーツを除いたとしてもう一人は騎士が居るのだから。
非戦闘員であるラズ・魔境種に恐れ臆したユリク・盲目の少女セアー。
この三人で、あの騎士を相手にしなきゃいけない。となると、不安でしかない。
「貴様達は私が絶対に逃さぬ。カーツ団長が手を出せない分、何としても逃さぬ。そこの黒髪の若者は、我々を欺いたのだ。誅を下さねばなるまい」
凛々しい声で、牽制する中にも紳士的なモノを感じる。騎士団と言うものを象徴した物腰はカーツとは異なり過ぎていて大人びていた。
「やっぱり……そうくるよなぁ……ラズさん? その背筋と上腕二頭筋の力で鎧を粉々にとか……」
「無理よ。そんな事……。幾ら何でも、私の筋力を過信しすぎよ? 肝心な事は何一つ解決できていないじゃない」
『肝心な事?』と、ユリクは何も知らないような顔を作りながら問う。
しかし、こればかりは少し考えれば分かってくるようなものだとは思うが。戦いの素人なのだから仕方がない。
それに比べ、ラズは争いに直接的な関わりは無くとも。それなりの知識が有るからこそ、注意を促したのだろう。
「そうよ、肝心な事。まず、鎧を破壊出来たとしても──それは二ステップ目か、三ステップ目でしょう。なら少なからず戦いの手練である、彼の間合いの中に入り込むという一ステップ目は……どうするのかしら」
『まずはそこを考えなければ始まらないわ』と付け加え、再び黙り込む。
そして、それに反論すら出来ずに認めてしまったであろうユリクも眉を寄せ下を向く。
「あの……ユリクさん。──コレを使えばどうでしょうか?」
そう言いながらセアーはユリクに丸く赤い実をみせた。それを見てはユリクは頭を右手で抱え肩を揺らして笑ってみせる。
「ラズさん。これだよ、これ。これなら──」
「これならって、ユリクちゃん。それ『ルグレの実』じゃないの。どうしたの?」
「此処に来る前に……セアーと、ちょっと話しててね。その時たまたま持ってきてたみたいだ。」
状況が掴めていないラズは、驚いた表情を隠せないでいた。
それもそうだろう。十代の少年が自信ありげに見せてきた果実。それは甘い匂いが皮越しからでも漂う美味しそうな果物。
呆然としながらも、しかしラズは口元を歪ませる。
「いいわ。わかったわ。あなた達に何か、奇策があると言うのでしょ? なら私が何としてでも隙を作ってあげる。その内に何とかしなさい」
「奇策……と言うより。きっとコレは愚策なんだろうな。だけれど……大丈夫!! 自身に自信しかない!!」
ラズは、満足した笑を浮かべユリクに『立派だわ』と言うと騎士を睨む。
その威嚇に敏感に反応を示した騎士もまた右手に携えた剣の持ち手を握り締める。
囁かに吹いていた風が止まると同時にラズは両手を広げながら騎士に向かって走り出した。
それは、さながら猪のように。
しかし、でかい体では考えられない。けして遅くないスピードにユリクは唖然とした表情を浮かべる。
──が、直ぐに冷静さを取り戻す。
そして、ラズを一点に見つめていた。
「馬鹿か!! この間合いで避けきれると思ったか!? この素人がっ!」
騎士は、携えた剣を鞘から抜き構える。
光が反射する刃渡り二十cm程の両刃は真っ直ぐにラズを捉える。
だが、騎士もデカイ体を斬る為なのだろうか。肩幅よりも足を開き。左肩をラズ正面にすると、間合いを図るためか左腕を軽く伸ばす。そして、剣を握った右手は肘を曲げると剣先は背後に隠れた。
一撃必殺とこの場は言うべきだろうか。
「何を言っているのっ!? 最初から避ける気何か無いわよっ!!」
突進して来る、筋肉でできた鎧に臆すること無く。騎士は剣を振り下ろす。
その剣を無謀にもラズは素手で掴みかかる。
結果は──目に見えていた。
いくらごつくデカイ手だとしても、手入れを怠るはずも無い騎士の剣。
風を切る音を変えることもなくラズの左手の半分を難無く切り落として見せたのだ。
"ボダボダ"とめどなく流れる、赤い滝は乾いた土に土埃を立てながら地面を叩く。
「なんだ。突進が貴様等の策だと言うのか? そんな素人当然の攻撃が当たる訳ないだろう」
しかし、余裕を見せているのは騎士だけではなく。
ラズもまた、汗を垂らしながらも半笑いを浮かべていた。
「だから……まぁ。いいわ、貴方は慢心しすぎたのよ。自分の方が技量が長けている故の自己陶酔ねっ!!!」
近寄り、勝者の余韻に浸る騎士。その、裏をかくかのように斬られた左手を騎士の顔に振りかざす。そして見事に騎士の両目を血糊で潰したのだ。
まさに、肉を斬らせて骨をたつ。
「きっ……きさまっ!! 何をっ!! 前が見えない!!!」
「だから言ったでしょ。避ける気が無いって、最初から斬られるつもりだったのよ。ユリクちゃん!! さぁ、今のうちに!!」
目の前の鮮血に戸惑うユリクを鼓舞したのは他でもないラズだった。
「そうだ。命を賭けてまで作ってくれた隙。無駄にするわけにはいかない!! 手当は後だ! おーりゃぁぁぁあ!! 俺の苦しみを思い知りやがれ!!」
威勢よく、刃物を振りかざしながらでも無く。
赤く丸いものを右手で振りかざす。
この光景は流石に異様としか言いようが無い。しかし、あの森でセアーを抱えて走っていた時よりも断然速い。
騎士が目を拭い終わる前にユリクは騎士の元にたどり着いていた。
そしてニヤリと笑うとボールを投げるかのように。
──そう赤いボールを騎士の顔。正確には口の中へと捩じ込む。
レッドボールで見事デッドボールを成し遂げたのだ。
「……ゴプッ……グッ……グザ……」
「あーらら。白目まで向いて失神しちゃったよ……。まぁ、この凄まじい破壊力じゃあ仕方がないか……それより!ラズさん、手は??」
失神した哀れな騎士にとどめを刺す事も無く。
セアーの横に座るラズの元へと駆け戻る。
こればかりは、焦りを見せるのも仕方がない。
「……え?……ぇえ。大丈夫よっ、手は心臓より遠い分。止血を施せば暫くは──ね。これが、終わったらキールちゃんに何とかしてもらうわっ」
ユリクは、服を脱ぎラズの左手を塞ぎ。手首を刀の鞘に付いていた紐できつく縛り上げた。
それでも、緩んだ蛇口のように濡れたシャツからは"ポタポタ"と血が垂れ落ちてゆく。
「大丈夫……ですか?? 大怪我してませんか?? すいません……私のせいで」
セアーは、膝を折り曲げラズの方を向くと赤い目を光らせ・眉を歪め憂いた表情を浮かべる。
そして、今にも泣き出しそうな、か細い声で云うた。
だが、それもそのはずだろう。
この村を一人で出る、と言った時からこうなる事態を避けたかったのだから。
それを、分かっているかのようにラズはその震える肩を優しく抱きしめ。頭を撫でた。
「何を言っているの? セアーちゃん。これはね、貴女の為だけじゃない……。
私達、人間がして来た。してしまって来た、罪もない者を責めた者からのせめてモノ罪滅ぼし。
そう言えば聞き覚えはいいかも知れないけれど。──そうね、タダの自己満……ぞ……」
次に喉から出てきたのは、言葉ではなく口から溢れ出る程の血反吐。
その血反吐は、"べチョッ"と鈍い音を立て。
セアーの白い顔を真っ赤に染め上げた。
「──ラズさん? 生暖かいです。……お湯を掛けたのですか?……。でも鉄の匂いが……どうかしましたか? ラズさん?」
ユリクの瞳に写るラズ。
それは、肉が見える程に横一線に裂かれた広い背中だった。
赤黒く出る濃い血から考えるに。間違いなく内蔵まで届いているだろう。
力が抜けたかのようにユリクは座り込み。
『っあ"。ぁあ"』と掠れ声で、嘆きただただ視野にいれていた。