奇色に塗られた顔と魔境種

文字数 3,402文字

『そんなことよりもーぉ』と話を切り出したのは、ユリクでもセアーでも、はたまたキールでも無く。それは、キールよりも明らかに逞しい体つきをした男性? だ。ピッチりとした白いタンクトップが胸筋や、腹筋をしっかり映し出し。それも然る事乍ら、筋肉で出来た太い腕。太い首。それに似つかわしいくない、顔。



何故似つかわしいくないと言えば。

……男らしさが無いのだ。ゴツイ顔にも関わらず。目元は紫色のアイシャドー。赤いチークを頬に使い。唇には当然の様にオレンジ色の口紅。髪の毛はキールより少し長めの短髪だが、紫色をしている。



言わせてもらえば、見慣れてなきゃ気持ち悪くなり、見た目は気色悪い。





「この娘が、キールちゃんの言っていた例の女の子? あら、やんだっ! すごーぉい可愛いじゃない! 残念だけど……私よりも可愛いわっ!! あんっ──もう食べちゃいたいっ!」



この男性が、きっとラズなのだろうが。小さい顔が隠れる程のデカい両手で顔を触り。

それでいて、『食べちゃいたい』なんて言われれば。冗談でも冗談に聞こえない。



それに、『私よりも可愛い』とは、なんの戯言を言っているのか? 当たり前に決まっている。

──と。そんな事をキールとユリクは思っているからこそ。息をピッタリに眉を八の字にして目を背けたに違いない。



しかし、耳に嫌でも残るような喋り方。声を無理に高くした掠れ声──と言うのは何とかならないものか。個性が光り過ぎて、ユリクやキールがまるで影に見えてしまう。



「そうだよ。この娘が、俺が言っていた被害者であり。犠牲者だ……えっと。まずは名前を教えてくれるかな? 俺は、キール=ルーファス」



「私がっ!! ラディ=カーズよんっ! ラズって呼んでねっ」



冷静に物事を運ぼうとするキールの上に被さるように。あのラズの声が重なると、些か緊張感に欠ける。……が、ラズがそんな気無いのも分かっているため。目を……いや、耳も伏せておく事にしよう。



二人に──と言うより一人に圧巻されつつも『私は』と小さい口をセアーは開いた。



「セアーです。エスト=セアーと言います。」



礼儀正しいく、一礼──と言う訳にもいかなかった。それもそうだろう、まるで人形を……小動物を愛でるかのように。セアーの頭を撫でくりまわすラズが邪魔をしているのだから。



「あーもう。なんなの? 礼儀も正しい。可愛い声。お人形さん見たいなぱっちりしたお目目。綺麗な髪の毛! ここに居る野蛮人共とは大違いねっ!!」



「野蛮人共って……ラズさんも、充分野蛮の役割をまっとうし──」



「あら? ユリクちゃん。今何か、美しい私にいったかしら?? 言うわけないわよね? デカイ図体したオカマだなんてっ……言ってないわよねっ??」



「いやいや!! まって! それに関しちゃ間違いなく言っていない。自身に自信持ってゆえる!!怖いよ……て言うか強い顔だよ……ラズさん」



あることない事、織り交ぜながらも。正直、見事に自分の事を言い当てるラズの自虐性もなかなかのものだが。



隣に居るセアーが表情一つ変えないのも凄いと言える。方やキールは、タジタジなユリクをみて、"クスクス"と笑っているのだ。野蛮人と言うよりも子供っぽい。



「ごめんね? セアーちゃん。怖かったわよね??」



しかしそれに対してセアーは『いいえ』と答える。

あんだけ、小さな物音でも竦み上がっていた女の子がそう答えるのは不思議な気もしないでもない。気を使っているのかともおもってしまう。



「ラズさんは、優しい方です。頭の撫で方とか、なんか落ち着くんです。ですから怖いとか言う感情は不思議とありません」



「なんていい子なのっ!! もう、私この娘貰っちゃいたいわ!! とりあえずセアーちゃん。キールちゃんが作ってくれた薬草を塗りましょう? この二人……と言うより、キールちゃんが大事な話があるらしいからねんっ」



──一度、キールの方を向きキールの目を見つめると。そのキツい視線には急かすような、覚悟を決めろと言いたいかのような緊張感が伝わってくる。



おちゃらけたラズが先程まで、眉を広げ目を見開きセアーを愛でていたからこそ。伝わるものかもしれないが。

場の空気を支配するラズは御手の物だ。



「──そうだな。何処から話そうか。……とりあえず、魔境種の事でも話すとするか。……ユリク。おれは、あの森。いいや、ルクサンブルクの森でお前に言った事を覚えているか?」



『……えっと、確か』ユリクは思い返すように、眉を細めると顎をさする。



あれほど、色々な事を言われては。どの事を言っているのかを言い当てるのはなかなか難しいはず。



「お前なぁ。言ったじゃねーかよ……。俺は『下手をしたら他の奴よりも魔境種を知っている』──と。そして、この『知っている理由』と言うのが。これから話す事に異なりもせずに繋がるんだ」



ユリクとキールが挟んでいる二人が『染みる』だの『凄い臭い』だの言っている中。

ユリクとキールのシリアスな会話は多少浮きながらも続けられて行く。



「そう言えば……言ってたなおやっさん。でだ、一体、魔境種とは何なんだ??」



「そうだな。まずはそこから話をしよう。魔境種。『魔』の境をさ迷う生き物。色々、言われてはいるが……。



その中でも有力なのは、自分の肉体を、探しているという事。言い方を変えれば、本来有るべき肉体が消失した──と言う事になる。



俺らの世界で、『魔』という物は恐ろしい災害を引き起こしたり。神隠しをしたりと言う意味があり嫌われている……忌み嫌われている。



その境に居る物が、魔境種。人や動物を殺めれば魔に堕ちる。──まぁ、アイツらが人や動物を襲うのは『器』を求めてみたいだけどな。『器』と言う、合いもしない『肉体』を」





「『器』? ……あの時、聞いた声……みたいなものは魔境種からのだったのか。でもなんで、アイツらは俺の……俺達の前に現れたんだ? 今迄、一度も会ったことが無かったのに」



魔境種と言う未知で満ちている物体に対して、パズルのピースを当てはめて行くが如くに話を進める。



そして、そのパズルが完成した絵が次の話に続くヒントになるのかもしれない。



真剣な赴きの二人。付け入る隙がないとは、この事を言うのだろうか。



──何故なら。真ん中二人が勝手に消えているのだから。



しかし、何処に行くか尋ねる事すらしない程に真剣だと言うのは……らしくはない。



「簡単な事だ。アイツらは匂いに敏感なんだよ」



『匂い?』と不思議そうに顔を顰めるユリク。キールは頷くと、『そうだ』と話を続ける。



「この時の『匂い』というのは、体から滲み出る負のオーラ。みたいなものだ、極度の緊張感・不安感・絶望感、等々に奴らは吸い寄せられる」





「なるほど。確かにあの時の感情は……当てはまる。当てはまってしまった……でも何で、あの時俺は視認が出来なかったんだ? まるでその場所だけ歪んでるかのような感覚だった」



『ふむ……』と、少し間を置くも。キールはその答えが分かっているかのような自信に溢れた表情を浮かべる。



目を泳がす事もせず、頭を抱える事もせず。

目の前に淡く光るランタンを見据えているのだから。



──しかし、その表情はユリクにとって。安心できて信用に足る材料になっている。という事は、素直に聞き入れていると言うのが何よりもの証拠だろう。



「それは、幻惑と捉えればいい。この世のものじゃないと恐れ臆する。理解し難い事に逃げ道を考える。思考を鈍らせる。



端的に言えば──そう、現実逃避に限りなく近い。



その感情、感覚が混乱を招き幻惑に包まれる。……ユリクが、すり抜けたと言ったのがいい例だ。そもそも当たってすらいなかったんだよ。実際は」



「と、言うことは。向こうの思うツボだった。とうことで。だから、あの時おやっさんは『気をしっかり持て』と言ったという事か。」



ユリクは、辻褄が合ったかのように一人で頷くと満足気な表情を浮かべる。



「しかしなんで、そんな事細かく俺に教えてくれたんだ?」



「それは──お前が、あの娘。セアーを助けると言ったからだ……だからこそ、知る必要がある。知っておかなきゃいけない事なんだ」
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