だから、少女は俯き頷く

文字数 2,908文字

──座り込んだ少女に続くように、ユリクも"ドテンッ"と座り込む。憂い顔を浮かべ見つめる先の少女。



その姿は正論を、自己犠牲の様な言葉を迷い無く震えながらも鋭い戈の如くに喋って居た姿は無く。

予想外の出来事に道にさ迷い、行先に不安を覚え悩む様にも見える。



今の彼女には、右に行くのが正しいと思っていた事すら。不確かな物になってしまっているのかもしれない。



「──不思議な方です。……変な人です。私が故郷で言い聞かされていた事。それに私を捕らえた方々とは、全くちがいます。私はどうすべきなのでしょうか……」



弱々しい声で紡がれる疑問。それは、ユリクにとって心嬉しい言葉だろう。だが、目の前に居る少女がそのようなつもりで言っていないのもまた分かる。



ユリクが心嬉しいのなら、少女は心苦しい悩みのはず。



「んー……他は知らないけれど。俺達、この村リュークの教えは命は平等。千差万別だけれど、命だけは平等なんだ……と言うこと。だから、俺は助けた。



さっきも言ったように、君じゃなくても助けた。と言う事は、そうゆう事なんだ。例え俺が第一級危険討伐対象と知っていても、この答えは揺るがない」



『だから──』ユリクは、しっかりと。ぶれること無く少女を見つめた。

俯き、内股気味に体育座りをする小さい少女を。



それを後押しするかのように、窓からは甘い匂いと共に優しい風が吹き入れ部屋に立ち込める。



「だから。俺は、君を助けたい。きっと、おやっさん・ラズさんも賛成するはず。寧ろ、知らん顔をした時こそ逆に俺の命が危ないって言うか。



──だからまぁ、とりあえず名前を教えて欲しい。さっきは殺されるかもしれない、と言う不安もあっただろうけどさ。



……俺の名前は、ユリク。ユリク=リターナ」



少しおどけて『逆に』と笑ってみせるユリク。

それは、少女の悩みを恐怖を不安を多少なりとも溶かしたのかもしれない。

だから、こそ少女は天使にも負けない美しい笑顔で。目尻から最後の一滴を流し『はい……』と答えたのだろう。



「私の名前は、エスト=セアーと言います。……ですが、ユリクさん。この村で匿うっていうのは、難しいと思います。優しい人だと言うのは分かりました。……ですけどやはり」



──そう。名前を聞いたのはいいが。やはり、本質的な物は何一つ解決していなかった。



追手がいると言うこと。そして彼等が、この村から大して距離がない丘に姿を見せた。と言うこと。



赤い瞳をした、第一級危険討伐対象である所のセアー。彼女が、ユリク達の身を案じこの村を出る。と言った事については何一つ解決していないのだ。



「これだけは確かだと言えます。間違いなく見逃しはしてくれないです。──よっぽどの事があればわかりませんが……」



「彼女の言う事は、正しいぞユリク。この状況はそんな甘い事でも無く。生半可な気持ちで解決出来る事でもない。──ともあれ、無事で良かった。ユリクも、怯えながら頑張っただけあるよなぁ?……プッフフッ……」



空気を頬に溜めたのが、ちょっと出たかの様に震えながら小さく笑うキール。それに便乗するかのように『怯え?』セアーが、疑問に問かけようとした瞬間。



まるでそこに、その言葉が出ているかのように『ちっがぁぁう!!』と叫びながら両手で何回も空を切った。



顔を赤められては、『違う』と言うことよりも『恥ずかしい』と言う方が残念ながら説得力がある。



『……と言うか、おやっさん』と、話をわざとらしく切り替えるユリク。

それ程までに触れて欲しくない物なのだろうか。だがキールは、大人なのだろう。



静かに耳を傾けた。



「なんか、おやっさん体、臭くねーか? なんか臭うんだよなっ。ほら、セアーも心做しか顔が引き攣ってるだろ? どうしたの?」



やり返したと言いたいかのように"ニヤリ"と怪しい笑を浮かべる少年ユリク。



──しかし、大人キールは至って神妙な赴き。

窓枠の中から一瞬姿をくらましたもののすぐ様窓枠内に戻ってきた。



「……ユリク君? なーに、勘違いしてるよーだけどねぇ?? この臭いは薬草を作っていたから付いた匂いなんだよ。──そんな事を言ってるとー……良いのかな? ユリク君っ」



神妙な赴きではあるが。森で言葉を交わした時みたいな太く優しい声ではなく。何方かと言えば怪しい声をしていた。気にしてしまっているようだ。

しかし、それより焦っているのはユリク。キールが、右手でお手玉の様に"ポン・ポン"と投げてキャッチしている赤い果実をみて竦然しているのだから。



──よく見れば、どうやらこれはユリクの家の脇に立つ所でなっていた木ノ実のようだ。



「おやっさん……なっなーに言ってるんだよ? 冗談だってー。やだなぁ! 本気で臭いだなんて思ってないってー! ……ハハハ……ハハ……ハッ……だから。ルグレの実だけは、止めてくれ……」



愛想笑いすら、ひきつるほどの木ノ実。

一体どの様な物なのだろうか。香る匂いは甘く美味しい果実にも見えるが……ユリクの青ざめた表情からすると何かあるらしい。



キールは、満足した表情をすると。深いため息をつき口を開く。



しかし。キールも、充分大人気ないようだ。

「冗談は、さておき……薬草も塗らなきゃ駄目だろうし。その他諸々の──話もある。だから、ラズさんの家に来い。今から」



さっきまでのおどけた表情を一変させ、鋭い瞳でユリクを見つめる。ことの重要性がある事は、その表情だけで充分に足りたのかユリク

は、"ゴクン"と生唾を飲む。



「一体何を話すんだろうか。おやっさんが、ああやって真剣な顔をする時は……魔境種の時もそうだが……重要な事だ。



──それに、此処で話せばいいのに……何たってラズさんの家に。とは言うものの、もう行ってしまったし。行くしかないかっ」



そのころセアーは、何をしているかと言えば。バレないように鼻を摘んでいた。やはり、強い臭いのようだ。



「あの……ユリクさん? ユリクさんが、仰っていた『おやっさん』と言う方も人間なのですよね??」



「え?……ぁあ。そうだよ? おやっさんも、ラズさんも人間。そしてこの村を造ったのも、その二人らしい。」



何処か誇らしげに語りながら窓外の景色を見つめる。西陽が茜色に輝き照らす情景は神秘的。



その広い背中の少し後ろでセアーは、不思議そうに首を傾げていた。



「やはり。ユリクさんも、おやっさん達も不思議な方ですね。あの、声。太く低い音、決して子供ではないはず。否応なしに私の存在を知っている筈なのに……」



セアーからしたら、似て非なる存在だと言う事が疑問らしい。だが、これに関してもまだ、答えはでないだろう。



「それに……『らしい』って。ユリクさんは、この村の産まれじゃないんですか??」



「…………え?ぁあ。俺は記憶が無いんだ。小さい頃の記憶が、だから実際どうだったのか曖昧で不確かなんだよ。──っと!! それよりも早くラズさんの所に行こう! どの道その痛々しい傷は治さなきゃだしなっ」
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