終わりは終わりでなく始まり
文字数 4,001文字
────戦慄が奏でる交響曲は なり止むことを知らない恐怖の詩『しらべ』。
生きとし生けるものに強迫観念を植え付けてゆく。
「 相手は我々を超越した恐ろしい人外。その、圧倒的な力に 慄き臆するだろう !
だが、どんな状況でも立ち上がり立ち向かえ。
何故か!? ──それは簡単な事だ。
かくも素晴らしい人界は我々の物であり、我々のみが生きる事を許された世界。
故に我らが護らなければならない。人外の居場所を作ってはならない。
猛々しい猛者達よ!! 我々を導く剣を取れ・動じない盾を掴め・鋼の心を持ち・共に命を賭して戦う仲間を見よ!! 栄光は我々に有り!! 有象無象に蔓延る悪を討滅するのだっ! 韋駄天の如く進軍せよっ!!」
近くはない場所から皆を鼓舞する咆哮が響き轟く。地鳴りだと錯覚してしまう程に激しい大声。その声を耳にした少年は、一旦その方角を見据る。
そして一気、に地面に刺さった刀を抜きそのまま風を切り血糊を振り払う。
──次の瞬間、まるで噴水の様に血飛沫が抜いた先から吹き出したのだ。
"ビチャビチャ"と地に落ちる鮮血は、夕立の如く地面を叩く。
その血飛沫を、浴びるかのように天を見上げ。この暗澹に似つかわしいくない白く美しい渡り鳥の群れを目で追っていた。
「──はぁ……まるで、この響く物々しい大声は死を招き司る死神だな────。
それに……あれだけ蠢いていると脅威すら感じる。
薄暗く視界も悪い。にも関わらず、ハッキリと白い鎧だと視認出来てしまうほどの多勢。
ここまで、辿り着くまでにも数多の命を奪い奪われた。それでもまだ あれだけの……」
消炎と焼け落ちた家屋や焦げて臭い死肉が、視覚・聴覚等を狂わせ。
黒い煙は、空高くへ舞い上がり日中なのか夜なのかを鈍らせるかのように暗く分厚い雲で光を遮る。
熱せらた戦場は、太陽のように熱く果てなく続く死屍累々。
はっきり言って、全く生きた心地がしない。
「───っゲホッっゲホッ……声が掠れ鳴り止まぬ烈しい爆音で、もはや自分で自分の声が分からない聞こえないような気がする程だ……。
一体いつまで続き一体どれだけの何の罪もない命が奪われたのだろうか。
この、変わらない戦局。変わってゆく戦場。陽も当たらない……生地獄。
誰が生きていて誰が死んだのかすら分からない。
瓦礫を踏んでいるのか。それとも、瓦礫に塗れた死体を踏んでいるのか。それすらも区別がつかない程だ──」
燃え盛る炎で、目は乾きこぼれる涙は煤に塗れ黒く濁る。醜い人の心を、映し出してるかのようにすら思えるソレを紅くそまる手で拭う。
己の血か他人の血か……。
その手を自分の黒い瞳でうつしながら少年は訴えかける。
その細く強い瞳からは殺気と言う緊張感が伝わるほど。
「同じ大地に、産まれ落ちた命に優劣など無いはずなのにこうなるしか道は無かったのだろうか……。
──いや、無かったからこうなってしまったんだ。
だからこそ、俺は未知の路を進む。それがきっと、正しい……いやきっとじゃないな。絶対だ」
赤い水溜り。その中で横たわる赤黒く染まり焦げ爛れた死体の頬を優しく撫で。
血が付いた手で絶望を見た目を掌でそっと閉ざす。
今にも叫びそうな声を、喉でグッと抑えると。暗い空すら貫くほど高く聳え立つ真白く染まる城を睨む。
何も汚れていない真っ白いヴァルハラの天ノ城ような神秘的なソレは。逆におぞましいく禍々しい。
「……お前は今のこの状況を、せせら笑いをしながら観ているんだろ?
安全と言う結界に守られた。絶対に決壊されないと疑わない不気味なほど白い巨城で。
何も思わず。何も感じないのか? これが正しい選択だとでも言うのか。こんな死が咲き乱れる選択が……」
色々な残骸が散らばり、足元が悪い地面を力強く踏み直し立ち上がった。──つもりだったが、体はその脳伝達に逆らい。ユリクは、足から力が抜けたように『ドシャン』と音を立てながら倒れ込む。
「──ッがっ!! 畜生……。足が言う事を聞きやしない所詮付け焼き刃の力ってなだけはあるな。こんな脆い体じゃ体力が追いつきはしないのか……。
辿り着いた真相に真実にもう少し早く気がつき。俺自身が早く向き合っておけば」
目の前の大軍に対し事足りない力不足な自分を悔いる。
まだけして大人とは言えない少年はとっくの昔に限界を迎えていたに違いない。
「───大丈夫ですか?」
大人びた声ではなく。何方かと言えばまだ幼げな声が鼓膜を刺激した。
死で満ちた危険極まりない戦場。
だが、恐々すること無く。それどころか、自分のペースで同じ目線の少年を杞憂しているようだ。
その幼くか細い呼び声・風煙に靡かれる美しい白髪を見ても驚きもせず。それどころか少し安堵の表情を浮かべる。
「大丈夫、悪い足場に足がもつれただけだ。
それより、セアーこそ大丈夫か? お前はアイツらと行動をしろと言ったろ……?」
ユリクが握る、四尺程ある刃毀れ一つなく燃え盛る炎すら鮮明に映る程に美しい刀身は異彩を放つ。
それを支えに、頬に力を加え力み立ち上がる。すると、セアーも便乗するように白い洋服をパンパンと常時舞う土煙や煤を叩き立ち上がった。
「──まだまだ、先は長い……ん? セアーどうした? 怪我でもしているのか?」
「あの……いえ。怪我とかじゃ無いのですけど……そのっ──」
何か思い詰めている表情を浮かべ。清い赤目で少年を見つめる。
胸下程しかない身長は自然と上目使いにはなるが。その緊張感からは可愛らしさを微塵も感じることは出来ない。
ユリクは、眉間にシワを寄せ。この惨憺たる状況や。一人で居るセアーから考えられる事を整理をしつつ言葉を先走る。
「まさか───他のや……」
「今回は、正座じゃなかったので大丈夫ですよっ」
想定外の発言に唖然するも。数秒後には落ち着きを取り戻し何か納得したかのか。満足気な表情を穏やかに浮かべる。
「……ハハハッ! セアーは相変わらずだな。全くもって緊迫感がないと言うかなんと言うか」
「あの────ユリクさん?」
憂い顔を浮かべ、裂けたボロい袖を引っ張る。それは、正しい反応だ。
むしろこんな状況で、二人の会話を楽しむかのように笑うユリクは些か軽率すぎる……が。
そんな、一般論すら踏破するかのように黒く汚い歯を出しながら笑う。
「ありがとうな、セアー。皆も、すまない。また一人で突っ走ってしまった」
「ありがとう ……感謝の気持ちを伝える時に使われる言葉……用いられる表現。今の私達に今のこの状況に……それは必要ない。何故ならここに居る皆はユリクに信用させられ信頼して……いる。感謝よりも頼ってくれていい……守ると言う使命感よりも……皆で助け合う……これ必要──大事。それが皆で行動する仲間……」
口を開いたのは、オレンジ色の大きい瞳の小柄な少女。
皆が立っている中、しゃがみ込みユリクの顔を覗き込む様に下から見つめながら。
それはそれは、平坦な口調で別談心配そうな表情も怒った表情もせずに──。
そのせいからか分からないが、少し潤んだ小さい唇から覗かせる牙は余計に目立って見えた。
「──なんじゃなんじゃ。 そのしょげたみっともない顔は! 見られたものじゃないのっ。男なら……一度は妾達を力で凌いだ強き男ならもっとシャキッとせぬかっ! !
そんな顔じゃ死神すら死を運ぶのを躊躇すると言うものじゃっ!! 」
「……姉貴、頼むからいい加減その訳分からない口調何とかならないか? 前にも言ったが、昔はそんな喋り方じゃなかったろ。弟である所の俺の羞恥も考えてくれよっ…… !!
────ともあれユリク。お前は結果俺達の大将なんだ。確かに目の前に蔓延るおぞましいものは火の粉のようになかなか振り払えない。だからこそ、前途多難だろ。
だけれど、俺にも俺達にもお前にも揺るがない信念がある ───そうだろ? 俺達は、正しい大義とまではいかないが義憤ではある」
この暗い曇天。その中でも、分かるほどの黒い髪。独創的な着物を着こなす姿は美しくかっこいい。
他の仲間よりも背丈がある二人。
細く気品が何処かある姉。
隆起した筋肉が服の中からでも分かる逞しい体つきをした弟。
二人はじゃれ合いながらも揺るぎなき眼でユリクを励ますかのように肩を叩く。
強く・激しく・痛みをわざと与えるかのように。
「ユリ君っ、君は僕達に云ったよね。
『世界を、変えるためなら世界をあるべき姿に戻す為なら。破滅の歌すらも綴って見せる』……と。なら、この危殆が……悲鳴が・惨状が、戯曲を奏で。
敵の鬨の声は、この曇天に轟・大地を揺らし。重厚な鋼の鎧が擦れ発する不協和音に竦然しかねないだろ。
それでも、立ち止まる訳には行かない。その歌を綴り終えるまで絶対。だから、僕達は1歩をこの赤い血と黒い焼け跡が遺る大地で踏み出さなきゃいけないだろ。
そして、平等に与えられた変わりない代えられない命の為にも……」
フードから覗かす緑にも似た青い瞳がユリクを見据える。
装飾が疎らにされた淡い光を発する紫色した神秘的な長いローブを羽織った一人の女性。
その女性に限っては不思議とこの状況でも神妙な赴きだった。
「そう……だな、終わらせようこの戯曲が奏でる不協和音を。そして前奏を始めよう新しい始まりへの」
ユリクは並ぶ多種多様な仲間と共に 。
先程と、異なるのは一人ではないということ。
皆で、見つめ直すあの恐ろしいく禍々しい 白い城を。
「そこで待つ指揮者を殺すために……」