錦の隻眼と魂絶の毒蛇
文字数 3,712文字
薄暗い空の下、異彩を放つ白い鎧が二つ。
そして、ユリクの驚く表情。しかし、先程四人で話していた内容から考えれば。これは、予期せぬ出来事──では無く。予期していた出来事……が、早すぎたと言う想定外の事態。と言う事になるのだろうか。
「──そうそう。良く覚えているじゃねーか、坊主」
「忘れるにも忘れようがねーよ。そんな真っ赤なマントをされたんじゃ。目に焼き付いて仕方が無い」
感心しているようにも、思えない淡々とした口調で感心しているフリのような事をする朝方の騎士。その、一人に対して恐れる事も無く食いついて話す。
「おー。そうかそうか、そりゃあー感心感心。だが、肝心な事を忘れちゃいけねーな? 坊主」
そう、覚えている事を感心するより。肝心な事がある……。それは、前に出る三人の背後にはセアーが。アウラが居るって事。視界に入ってしまっていると言う事。
そして、いま此処に集まる皆がアウラを中心に動いているという事だ。
『まぁいい』と再び口を開く。そして、兜を頭から外し左手で抱え。茶色い瞳を細めると、揶揄したような笑を再び浮かべる。
「まぁ、あれだな。……騎士団らしく、名乗っておくか? 紳士らしく──俺は、フィリング・ギャルド現騎士団・団長カーツ=ユリウス」
凛々しい声ではなく、安っぽい軽い声で毒々しさを出しながら名乗りを上げるカーツ。
その声に『ユリウス……?』と、現団長。と言う項目よりも、ユリクは何故か名前に反応を示す。
そして、その名前を聞いて……と言うより。
カーツを視野に入れながら眉間にシワを寄せて一番に態度を変えているのはキールだった。
「そうよ。カーツはキールちゃんの弟なのよ」
小さい声でユリクにラズは伝える。
しかし、そう言われ。良く見てみれば、何処と無く似ている。茶色い髪の毛に細い蛇のような鋭い瞳。逆に違うどころを、探せと言われれば耳が隠れる程にまで伸びる髪と左目が健在。というとこぐらいだろうか……。
「カーツ。お前に渡す者なんか、此処には居ない。何もせずに退くんだ」
ズッシリと重たい空気が村を包み込む。
部屋で話していた雰囲気とは又違う感じだ。鳥の囀り、木々の揺れ動く音ですら聞こえない──耳に入ってこない。寧ろ、耳鳴りのような幻聴が襲ってくる程の緊張感。
長い髪を搔き上げると、カーツは鋭い眼光でキールを睨みつけた。
まるで、全身の総毛立ち鳥肌が立ってしまう程の何か感じる……。そして、それが間違いなく殺気だと言う事。それは、カーツが右手で携える剣の"ガチャ"となる音で否応なしに分かってしまう。
「なぁーに兄貴面してんだよ?? 俺の兄貴は五年前に死んでるんだよ。王の威信に逆らってな? だから、ここに居るのは人権も奪われ。国が認めていない村を作り。住み着いているウジ虫に過ぎねー」
全身の毛穴から溢れ出るような威圧感。この場の嫌な雰囲気と言う物。それが、カーツの圧力からなのだと思うと恐ろしい。
それ程の人物に目をつけられては、本当に生きた心地がしないだろう。
『ユリクちゃん』……と。再び、耳を凝らさなければ聞き取れない小さい声でラズは口を開く。
「私達が、何とか足止めするから。その内に逃げなさい。──と言ってあげたいけれど。もう一人が警戒している、この状況じゃ流石に無理なの。だから私の家にキールちゃんの刀が有るから持ってきて頂戴」
ユリクは、頷くと背を向けることなく部屋へ入っていった。
それを、目で送りながらも何も言わず何もしないのは強者の余裕なのか。しかし、先程から不敵な笑みを止めないカーツは、強者より狂者に近いかもしれない。
冷静に見えるキールの心情を解る事は出来ないが。それでも、言葉を全く吐き出さないと言う事は冷静ではない様な気もする。
「まぁ、そんな間合いを取られちゃあー。その討伐対象を渡す気は無いんだろうからな。分かった、あの坊主が戻ってくるまで待ってやろう」
「カーツ団長。失礼ながら、その様な余裕は……。例の作戦も着々と進行もしていますし。急ぐに越したことは無いかと……」
「お前さぁー。本当にわかっちゃーいねーよ。あんま、怒らすなよ? コレはコレ、ソレはソレだよなぁ? 何なら、お前が今殺っちゃっても構わないよ? 相手は素手だ。いけんじゃねーの?」
仲間すら、茶化し威圧する物腰。もしかすると、仲間とすら思って無いからこそ言える台詞なのかも知れないが。当たり前のように、もう一人は"ビシッ"と立直し謝るのみ。
それに、満足したかのようにカーツは、"ガッチャン"と音を立て地べたに座り込む。
「まぁ、お前じゃいくら素手だとしても。殺せる訳ねーわな、『錦の隻眼』相手じゃ無謀も無謀ってなも──っあ! いっけねぇ、そいつは死んだんだった」
「あの……ラズさん……キールさんて、そんな凄いんですか?」
『仕方ねぇ』と、ラズが口を開く訳でもなく。横槍を入れるが如く。カーツが口を開いた。
しかし、その言い方は優しい言い方でも無く。諭すような穏やかな口調でもない。
──それは……そう、捩じ伏せる様な言い方に近い。他に口出しを許さない様な剣幕にセアーは、肩を竦ます。
「俺が教えてやるよ。錦の隻眼という異名の意味を。アイツ……兄貴は、前線を好き好んでいた。団長と言う肩書きがあるにも関わらず。後方で鼓舞するのではなく、前線で皆を引っ張──」
"ドガッ"っと、話している最中にセアーの真後ろから音が響く。
タイミング良く……いや。悪く戻ってきたユリクの腕の中には四尺ほどの鍔が付いていない刀が眠っていた。
鞘は、漆塗りがされていて。白い鎧にも負けないほど艶やかで美しい色と光を放っており。
その曲線は靱やかとしか言いようがない。
「悪い。探すのに手間取ったよ、どれがおやっさんのか分からなくて。だから、二本持ってきちゃった……で、何の話をしてたんだ?」
「ぼぉーず……ダメじゃねーか。こっちが気分良く話していたのに、気分を害する様な事をしちゃ。危うく殺っちゃう所だったよ……」
表情を変えず、瞬きもせずにユリクを見つめる、見て詰め。まるで、強風に押されたかのようにユリクは半歩さがる。
その姿を見ても、勝ち誇る顔もせず。変わらず左頬を吊り上げ半笑いな表情をする、カーツは不気味だ。
「まぁ、いい。続きを話そう……。技術も技量も長けていた隻眼は、誰よりも殺し。誰よりも手柄を立てた。真っ白い鎧が鮮血で紅白に染まり、乾く間も無く赤い柄を変える事から錦の──」
「待ってくれていたのに、悪ぃんだが……もういいか? お前が言うように、そいつは死んだんだろーよ。こっちも長話してるつもりは無い、晩飯の支度をしなきゃなんねーんだ」
キールは、カーツに話を掛けているのにも関わらず。視線はラズを向いていた。そして、ラズもまた目を合わせ頷く。
カーツはと言うと。話を折られた事に苛立っているのだろうか。手元にあった雑草を握り潰し引き抜きながら立ち上がる。
「ユリクちゃん? その二本ある内の一本を手に取りなさい。そしてそれを持って、隙を見て二人で逃げるの。私の家の後ろにリュックを用意してあるから」
対話をする様な雰囲気では無かったのか。ユリクは言われるがままに一本の刀を手に取る。
すると、ラズは残りの一本をキールに手渡した。
「なんだ、お前の最後の一振りをアイツは取らなかったのか?」
「何でかしらね? まぁそれよりも。最後じゃなく最期にするのだけはやめて欲しいわっ──貴方、勝てるの?
相手は貴方の弟。動脈を的確に切り、じわじわと命を蝕む『魂絶の毒蛇』と呼ばれている男よ? しかも……ここ数年、鍛錬なんか……それに」
「はぁ……だから人が話している途中に入って来るなって言ってんだろぉーがよ?? 人が思い出話を気持ちよくしていたと言うのに……まぁいい。この良い思い出、誉れ高き思い出を一生モノにする為にも。──お前を殺す……キール=ユリウスの面汚しがっ!」
静か過ぎて、自分の鼓動すら良く聞こえるのか。それとも張り詰めた緊張感で胸が高鳴るのか。それすらも区別がつかないほどに、痛く左胸を叩き鳴らす。
暑くて滴る汗ではなく、冷や汗が止まらず。
手足は、震えが止まらない。血の気が引くとは、きっとこの様な現象なのだろう。
セアーを気遣うユリクもまた、小刻みに膝が笑っている事から雰囲気に呑まれてしまったのかもしれない。
そして、その空気を作り上げた蛇の如く睨み合う二人。彼等は、そんな隙すら見せない。
寧ろ、言葉に出さずも各々の持った禍々しい色をしたオーラをぶつけ合っている感じさえする。
尚且つ、双方の茶色い瞳は深く濃い色になっていた。殺意の目なのか、殺しをして来たから生まれた色合いなのか。理解するのは難しい……けど。それは、まるで死人の目にも似ている。
そう──この時から既に戦い、もとい殺し合いは始まっているのだと。
そう思わずにはいられない。
そして、ユリクの驚く表情。しかし、先程四人で話していた内容から考えれば。これは、予期せぬ出来事──では無く。予期していた出来事……が、早すぎたと言う想定外の事態。と言う事になるのだろうか。
「──そうそう。良く覚えているじゃねーか、坊主」
「忘れるにも忘れようがねーよ。そんな真っ赤なマントをされたんじゃ。目に焼き付いて仕方が無い」
感心しているようにも、思えない淡々とした口調で感心しているフリのような事をする朝方の騎士。その、一人に対して恐れる事も無く食いついて話す。
「おー。そうかそうか、そりゃあー感心感心。だが、肝心な事を忘れちゃいけねーな? 坊主」
そう、覚えている事を感心するより。肝心な事がある……。それは、前に出る三人の背後にはセアーが。アウラが居るって事。視界に入ってしまっていると言う事。
そして、いま此処に集まる皆がアウラを中心に動いているという事だ。
『まぁいい』と再び口を開く。そして、兜を頭から外し左手で抱え。茶色い瞳を細めると、揶揄したような笑を再び浮かべる。
「まぁ、あれだな。……騎士団らしく、名乗っておくか? 紳士らしく──俺は、フィリング・ギャルド現騎士団・団長カーツ=ユリウス」
凛々しい声ではなく、安っぽい軽い声で毒々しさを出しながら名乗りを上げるカーツ。
その声に『ユリウス……?』と、現団長。と言う項目よりも、ユリクは何故か名前に反応を示す。
そして、その名前を聞いて……と言うより。
カーツを視野に入れながら眉間にシワを寄せて一番に態度を変えているのはキールだった。
「そうよ。カーツはキールちゃんの弟なのよ」
小さい声でユリクにラズは伝える。
しかし、そう言われ。良く見てみれば、何処と無く似ている。茶色い髪の毛に細い蛇のような鋭い瞳。逆に違うどころを、探せと言われれば耳が隠れる程にまで伸びる髪と左目が健在。というとこぐらいだろうか……。
「カーツ。お前に渡す者なんか、此処には居ない。何もせずに退くんだ」
ズッシリと重たい空気が村を包み込む。
部屋で話していた雰囲気とは又違う感じだ。鳥の囀り、木々の揺れ動く音ですら聞こえない──耳に入ってこない。寧ろ、耳鳴りのような幻聴が襲ってくる程の緊張感。
長い髪を搔き上げると、カーツは鋭い眼光でキールを睨みつけた。
まるで、全身の総毛立ち鳥肌が立ってしまう程の何か感じる……。そして、それが間違いなく殺気だと言う事。それは、カーツが右手で携える剣の"ガチャ"となる音で否応なしに分かってしまう。
「なぁーに兄貴面してんだよ?? 俺の兄貴は五年前に死んでるんだよ。王の威信に逆らってな? だから、ここに居るのは人権も奪われ。国が認めていない村を作り。住み着いているウジ虫に過ぎねー」
全身の毛穴から溢れ出るような威圧感。この場の嫌な雰囲気と言う物。それが、カーツの圧力からなのだと思うと恐ろしい。
それ程の人物に目をつけられては、本当に生きた心地がしないだろう。
『ユリクちゃん』……と。再び、耳を凝らさなければ聞き取れない小さい声でラズは口を開く。
「私達が、何とか足止めするから。その内に逃げなさい。──と言ってあげたいけれど。もう一人が警戒している、この状況じゃ流石に無理なの。だから私の家にキールちゃんの刀が有るから持ってきて頂戴」
ユリクは、頷くと背を向けることなく部屋へ入っていった。
それを、目で送りながらも何も言わず何もしないのは強者の余裕なのか。しかし、先程から不敵な笑みを止めないカーツは、強者より狂者に近いかもしれない。
冷静に見えるキールの心情を解る事は出来ないが。それでも、言葉を全く吐き出さないと言う事は冷静ではない様な気もする。
「まぁ、そんな間合いを取られちゃあー。その討伐対象を渡す気は無いんだろうからな。分かった、あの坊主が戻ってくるまで待ってやろう」
「カーツ団長。失礼ながら、その様な余裕は……。例の作戦も着々と進行もしていますし。急ぐに越したことは無いかと……」
「お前さぁー。本当にわかっちゃーいねーよ。あんま、怒らすなよ? コレはコレ、ソレはソレだよなぁ? 何なら、お前が今殺っちゃっても構わないよ? 相手は素手だ。いけんじゃねーの?」
仲間すら、茶化し威圧する物腰。もしかすると、仲間とすら思って無いからこそ言える台詞なのかも知れないが。当たり前のように、もう一人は"ビシッ"と立直し謝るのみ。
それに、満足したかのようにカーツは、"ガッチャン"と音を立て地べたに座り込む。
「まぁ、お前じゃいくら素手だとしても。殺せる訳ねーわな、『錦の隻眼』相手じゃ無謀も無謀ってなも──っあ! いっけねぇ、そいつは死んだんだった」
「あの……ラズさん……キールさんて、そんな凄いんですか?」
『仕方ねぇ』と、ラズが口を開く訳でもなく。横槍を入れるが如く。カーツが口を開いた。
しかし、その言い方は優しい言い方でも無く。諭すような穏やかな口調でもない。
──それは……そう、捩じ伏せる様な言い方に近い。他に口出しを許さない様な剣幕にセアーは、肩を竦ます。
「俺が教えてやるよ。錦の隻眼という異名の意味を。アイツ……兄貴は、前線を好き好んでいた。団長と言う肩書きがあるにも関わらず。後方で鼓舞するのではなく、前線で皆を引っ張──」
"ドガッ"っと、話している最中にセアーの真後ろから音が響く。
タイミング良く……いや。悪く戻ってきたユリクの腕の中には四尺ほどの鍔が付いていない刀が眠っていた。
鞘は、漆塗りがされていて。白い鎧にも負けないほど艶やかで美しい色と光を放っており。
その曲線は靱やかとしか言いようがない。
「悪い。探すのに手間取ったよ、どれがおやっさんのか分からなくて。だから、二本持ってきちゃった……で、何の話をしてたんだ?」
「ぼぉーず……ダメじゃねーか。こっちが気分良く話していたのに、気分を害する様な事をしちゃ。危うく殺っちゃう所だったよ……」
表情を変えず、瞬きもせずにユリクを見つめる、見て詰め。まるで、強風に押されたかのようにユリクは半歩さがる。
その姿を見ても、勝ち誇る顔もせず。変わらず左頬を吊り上げ半笑いな表情をする、カーツは不気味だ。
「まぁ、いい。続きを話そう……。技術も技量も長けていた隻眼は、誰よりも殺し。誰よりも手柄を立てた。真っ白い鎧が鮮血で紅白に染まり、乾く間も無く赤い柄を変える事から錦の──」
「待ってくれていたのに、悪ぃんだが……もういいか? お前が言うように、そいつは死んだんだろーよ。こっちも長話してるつもりは無い、晩飯の支度をしなきゃなんねーんだ」
キールは、カーツに話を掛けているのにも関わらず。視線はラズを向いていた。そして、ラズもまた目を合わせ頷く。
カーツはと言うと。話を折られた事に苛立っているのだろうか。手元にあった雑草を握り潰し引き抜きながら立ち上がる。
「ユリクちゃん? その二本ある内の一本を手に取りなさい。そしてそれを持って、隙を見て二人で逃げるの。私の家の後ろにリュックを用意してあるから」
対話をする様な雰囲気では無かったのか。ユリクは言われるがままに一本の刀を手に取る。
すると、ラズは残りの一本をキールに手渡した。
「なんだ、お前の最後の一振りをアイツは取らなかったのか?」
「何でかしらね? まぁそれよりも。最後じゃなく最期にするのだけはやめて欲しいわっ──貴方、勝てるの?
相手は貴方の弟。動脈を的確に切り、じわじわと命を蝕む『魂絶の毒蛇』と呼ばれている男よ? しかも……ここ数年、鍛錬なんか……それに」
「はぁ……だから人が話している途中に入って来るなって言ってんだろぉーがよ?? 人が思い出話を気持ちよくしていたと言うのに……まぁいい。この良い思い出、誉れ高き思い出を一生モノにする為にも。──お前を殺す……キール=ユリウスの面汚しがっ!」
静か過ぎて、自分の鼓動すら良く聞こえるのか。それとも張り詰めた緊張感で胸が高鳴るのか。それすらも区別がつかないほどに、痛く左胸を叩き鳴らす。
暑くて滴る汗ではなく、冷や汗が止まらず。
手足は、震えが止まらない。血の気が引くとは、きっとこの様な現象なのだろう。
セアーを気遣うユリクもまた、小刻みに膝が笑っている事から雰囲気に呑まれてしまったのかもしれない。
そして、その空気を作り上げた蛇の如く睨み合う二人。彼等は、そんな隙すら見せない。
寧ろ、言葉に出さずも各々の持った禍々しい色をしたオーラをぶつけ合っている感じさえする。
尚且つ、双方の茶色い瞳は深く濃い色になっていた。殺意の目なのか、殺しをして来たから生まれた色合いなのか。理解するのは難しい……けど。それは、まるで死人の目にも似ている。
そう──この時から既に戦い、もとい殺し合いは始まっているのだと。
そう思わずにはいられない。