黒より黎何か

文字数 2,212文字

「──とりあえず……リュークに帰ろう。そして目を覚ますまで看病をして。それからこの子の家族を一緒にさがそう──。だから、その為にもまず……」



身体や髪に付いた落ち葉や、木の枝。

それを、黙々と取り払う。

ある程度取れたのか、その場を少し離れると緑色をした細く長い植物のツタ見たいなもを手にとると。少女の顔を憂い顔で見つめながら、自家製の藁を広げる。



「植物のツタを先端の両端に均等に通してっと……長さはこのぐらいでいいなっ。

よし!! これで少しは、体温を暖ためられるだろ。藁は細かく編み込めば防寒にもなるしな。しかし、今日の為に持ってきた漁の仕掛けがこの為に役に立つなんて。何かの縁すら感じてしまう」



先程の藁に通したツタを、細い少女の首に軽く"キュッ"と落ちないように締め付ける。するとすぐさま力がまるっきり入っていない気を失ってだらけた手首を掴み自分の首へ無理やりに強引に回す。



「おっ……りゃっ……っ!! ……こんなにも気を失っている人を抱えるのって大変なかよ。力の入れる部分が良く分からない。前屈みにならないと、この子が落ちてしまうし」



背中に感じる冷たい足を、肘でしっかり挟み。少女の体が隠れるぐらい広い背中で脱力し重い体を支える。離さぬ為に、強く編んだ指先は血色が悪くなり始める……。

ユリクは痛み痺れる四肢から意識を逸らしているのだろう。時折、大空をみては『フゥー』と大きい息を吸い込み眉間にシワを寄せる。

──しかし、休むことなく足を取られながらも確実に歩みを進めた。



「大丈夫・大丈夫!! 絶対に助けてやる、 いや助かるにきまってる。命を落とさずに、出会えたって事はそー言った事なんだよな ? そう信じていいよな……」



絡めた両腕の筋肉は、ピクピクと痙攣し小刻みに動く。それもそのはずだ、ズッシリと重力に従う力が抜けた重い少女の体。それを、担ぎ歩くというのは容易では無いはず。
だからなのか、片腕だけ自由にする度に左胸を"トントン"と叩く行為を何回も行う。

「さ……さすがにキツイな。力には自信がない訳じゃ無かったけれど……流石に休みたい。心臓が爆発しそうだ……。脈打つスピードが明らかに早すぎるッ──。でもそんな悠長な事考えてる暇なんかない」



葛藤を振り切っているのだろう。汗で濡れた黒い髪を左右に振り眉を細める。その度に唇を噛み締めながら前を向く。

──頑張った甲斐があり、先程の野草畑が視野に広がっていた。



「──後は、この来た道を折り返せば開けた広い道にでる。 しかし、ちょっとした坂を登るだけでも、後ろに倒れてしまいそうだ。」



ユリクは、前よりも後ろを気にしながら、体を斜めに向ける。

倍の体重・泥濘んだ土のせいで足を何度も取られそうになり。その度に眉をあげ驚く様を見せつけた。



「──よし……よし!! 後は道なりに進むだけ。足元は悪いが平坦な道のりだから、楽と言えば楽か。さっきの砂利道に比べれば。しかし、心做しか嫌な雰囲気だ。静かというか、静まり返っているような感じがする──。不気味だ」



目の前の普段見慣れているであろう景色。それがなぜか今のユリクには息苦しいと感じるようだ。もしかすると、彼女をいち早く救わなければイケナイ焦り。それに、追いつかない自分の体力に対して思考が自然とそう言った感覚に陥れているのかもしれない。



「──ハァハァ。頑張れ自分

・負けるな自分。この先、真っ直ぐだ。よし、助かるぞ。助けられ────え……?」



顔色を伺う為か、横目を見た瞬間。時がまるで、一時的に止まったかのように体の動きが止まる。

口は開いたまま。ユリクの瞳孔は狭まり。その狭い瞳で何かを捉えていた──。いいや、この場合は捉えていたのでは無く捉えられていた──。が正解かもしれない。



「なんだ!? なんだ!?  熊か!? いいや違う。恐ろしい黒い何か……駄目だ。逃げなきゃ、この場は早く逃げなきゃ」





ユリクは恐々し焦りの顔は隠せず、脂汗が吹き出ているように見える。

本能に従う様に大きい一歩を踏み出と──。

逃げたのだ、一目散に。

──それはそう、肉食動物に睨まれた草食動物のように振り返りもせず前だけを向いて。



走り鳴る音は汚く。この、静かすぎる森に"べチャリべチャリ"とネットリ纒わり付く。

その音ですら、今の不気味で怖い雰囲気を後押しする。



「──ハァハァ。なんなんだ、アイツ。今まで出会したことが無いぞ。熊でもなく、猪でもなく。パッとしか見てないせいか、ちゃんと視認も出来なかった……ッがッ!! い"ッ"でぇー!!」



注意散漫になっていた事。少女を背負っていた事。それらが、重なりユリクは木の根っこに足を取れてしまった。

それはもう、今までに無いほど豪快に飛び転び。

そして、その少し上を少女が宙に舞う。



「……足が痛い。クッソ……捻ってしまったのか。もう少し周りをちゃんと見ておけば。視認して走っておけば……俺のせいだ」

痛みで喉を詰まらせながらも尚嘆く。

だが、どの道。あんな走りをしていたら転んでいただろう。二人を支えていた足は、間違いなく地から全く離れてはいなかった。

来るべくして来たようなもの。

ただ、もしかしたらユリクは分かっていて尚、言い訳せずにはいられなかったのかもしれない──いや。自分を、責めずにはいられなかったのかもしれない。
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