ソレは呼ばれた。魔境種と

文字数 2,516文字

後方から聞こえたもう一つの音。

逞しい声を聞いたユリク。その表情は少女と出逢い、今に至るまで見せたことがない程に気の抜けたものだ。瞬きはせず、口を小さく開けると何かを言いたいのか"パクパク"と動かす。



安心からなのか。それとも信じられないからなのか。どちらにしろユリクの張り詰め張り裂ける寸前だった心は少しは余裕を取り留めたようだ。



「……幻聴じゃ……ないよな? でも、まさか。おやっさんが来てくれるなんて──ある訳がないはずだ。もしかして、死者の呼び声と言うやつか? 相手は呪文を使うのかよ……」



──どうやら信じきれていないようだ。

後ろを振り向けばいいものを。今のユリクにはそんな余裕も無いらしい。

静かな森には、その小さく紡ぐ言葉さえよく響く。



「お前、何1人でブツクサ言ってやがる? それに死者の呼び声とか。俺を勝手に、あの世に送るなっつーの!!──ったく。それに俺の名前はキールだと言ってるだろ? まだ、おやっさん何て言われる歳じゃーねよ!!」



その声にやっと、ユリクは振り向く事が出来た。

ユリクもなかなかの筋肉質いい身体つきだが。

それ以上に逞しい体をした茶色の短髪・蛇のように鋭い茶色の瞳。その男性、キールが短い顎鬚を擦りながら。いつのまにか近寄って来ていた。



特徴的なもの──と言えば。ユリクと同じ服装、これは作業着か何かなのだろうか?

そして、それよりも特徴を露わにしているもの。それは、4本の爪痕? のような傷跡が目立つ潰れた左目。──隻眼。



視認した瞬間。忽ちに下顎にシワを寄せ、唇を噛み締め堪らず目を細める。

しかし、男として涙をスグに流すのは名折れだと分かっているのだろうか。

必死に堪えているのが分かる。それを悟ったかのようにキールはユリクの顔から目を背けた。



「しかし、お前本当に心に余裕なかったのな? 俺がここまで来るのに気が付かないで居たとかよ」



「え? いや。足音なんかしなかったし、気がつく分けないだろ? おやっさん」



感じたままの事を言っているのだろうが。どうやら、キールはそれが面白おかしいらしく。

肩を震わせて笑っていた。



ユリクが百六十後半ある身長に対し。キールの

身長は百八十後半。そのデカさ故に良くも悪くもその抑えた笑いもよく目立つ。



しかし、切羽詰まっていたユリクにたいして笑うのは少し可哀想な気もしないでもない。







「いやいや。俺はそんな特殊能力あるわけないだろ、しっかりと音なってたっつーの!! しかし、お前な。殺されててもおかしくないんだぞ? アイツらは隙を見つければ容赦無く襲って来るんだ」



『殺されていてもおかしくない』──けして穏やかではない台詞。



改めて、魔境種から放たれていた殺意というものを認識する様に生唾を飲み込んだ。



しかし、ユリクは何故か腑に落ちない顔をしながらキールの方を見ながら口を開く。



「いや──でもおやっさん。なら何で俺達は生きているんだ?  いや……命を取り留めた事は本当に運が良いとしか言えないけれど。

だけど──そう、アイツからは殺気が確実にあった。殺す気持ちはあったんだ。



なら何故襲ってこなかった? 多分充分に事足りる時間だったはず。──あの、ノイズみたいな何かが俺達を殺す事なんか……」



キールの表情は至って神妙。

まるで、水と油、陰と陽。まるっきりユリクと真逆の表情を突き通す。



その表情が余計にユリクの不安感を煽っているのかもしれない。



「ノイズ? お前にはアレがノイズに見えるのか?? ──なるほど、どうりで。それと、なぜ襲ってこなかったかって? 野生の動物に置き換えてみろ。簡単だろ? 威嚇をしていれば無闇やたらに襲ってきはしない。例え理性がなくとも本能がそうさせる」



「ノイズにしか見えないのか? って。──えっ!? 違うのかっ? って言うか。威嚇をしていたらって……残念ながら俺は威嚇なんか大層な事出来なかった。──と言うよりも逃げる弱々しい小鹿みたいなも……まさか。おやっさん……いつから居たの!? 」



「結構前から居たぞ。まぁ、ここまで来るのには時間かかったけどな? 何でっ? て顔をするな。気高い肉食獣だとしても、自分の獲物を横取りされると勘違いしたらどうする?──そうだ。獲物に向かって飛びかかるだろ。だから、極力足音立てずに近寄る必要があったんだ」



──ここで、ユリクはそれよりも重要な事。

ユリクにとって重要な事に気がつく。

それは──散々笑われたが、忍び足じゃ気が付くわけないだろ!! 云々の事だった。

しかし、そのような余談ができる程。キールは安心感があるのだろう。



「とりあえずユリク。一度目を閉じろ。そして考えろ、自分が一番今すべき事。成さなきゃ行けない事を……コイツらは俺が見張ってるから大丈夫だ」



──コイツら? ユリクはきっと、そう思ったに違いない。ここまで間を開けられると、そうとしか思えない。

ノイズにしか見えていないユリク。

ノイズ以外の何かを見ているキール。

ただここはキールの判断に身を委ねる他ないだろ。



「ただ、おやっさん? 銃口を向けても無駄だと思う。何故なら、さっき石を投げたんだ大きいとは言えなくも当れば痛みはあるだろうゴツゴツとした石を。別に、それで倒せるとか思っちゃいなかったけどそれ以前の問題だったんだ。ただ、すり抜けただけ最初から何も無かった──。何もなることがなかったんだ」



経験談を語る。

自分が体験した話を。

しかし、キールはその事に対して驚きもせず、絶句もしなかった。

それどころか、『そんなの当たり前だ』とでも言いたいかのように首を左右にふる。



「なぁ、ユリク。語るに落ちるとは、この事をいうんだぞ? お前は、ただ俺がいった通りに目を瞑れ。そして考えろ──その、お前の膝で眠る少女を──助けたいんだろ??」



目線を下に送り、右目で幼い少女を写し。キールはそのまま目を伏せる。



この時一瞬だがキールの覇気は間違いなく無くなっていた。まるで、憂い顔の下に何かを潜ませるのに集中するかのように……。
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