嗅覚を狂わせる忌まわしい物
文字数 2,683文字
──茜色の陽気が揺蕩い。生み出す木々の音を感じるかのように、セアーは目を瞑り。
『甘い匂いがする』と、徐に小さい口を開いては想いを馳せて居るようにも見える。
そして、その独り言のような言葉にユリクは反応をしめした。
「この季節になると、赤赤しい色に染まり実るんだよ。この匂いの正体は『ルグレの実』って木の実なんだ」
ラズの家に来いと言われた筈のユリクとセアーは家を出てまもない場所で話を始める。
マイペースと言うか、人を待たせるという罪悪感はないのだろうか……。
「ルグレの実……ですか? それは先程ユリクさんが、驚き、慌てた反応をしていた物ですよね?」
「──ぁあ。そうか、セアーは知らないのか。この恐ろしい秘めたる力を」
わざと顔に影を作り怪しい顔で不気味に微笑む。
しかし、忘れてはいけない。セアーは目が見えないのだ。
よって、その渾身の演技は、意味を成さず。
それを教えるかのようにセアーはジーッと声がする方を向いているだけ。
哀れなユリクとでも言っておこう。
「秘めたる力ですかっ?」
「そうだ。まぁ、話そうか。思い出話って言うのを」
すると、ユリクはセアーを軽く引っ張り。
ルグレの実が成る太い木に寄りかかるように二人で座る。
「──そうだな。あれは、四年前。俺がこの村に来て間も無い頃だった」
「四年前……。結構前の話なんですねっ」
その、文言だけに目を通すと。まるで、未練たらたらな別れをした話にも取れなくはない。
──が、この話はルグレの実に関してだと改めて付け加える事にしよう。
ユリクは、落ちている丸いルグレの実を手に取ると土や草を手で払いセアーの小さい手にそっと預ける。
「まぁ。そうなるな、そして四年間。この事に関して一度も忘れた事……と言うか忘れる事なんかできやしない!!」
「四年間、ずっと忘れること無く頭にあったんですか……。凄いですね」
──もう一度。これは、あくまでもルグレの実に関しての話である。
ユリクが、なぜ青ざめた顔をしだし。怯えた顔つきになっているのかは分からないが……。
セアーも、その普通じゃないユリクの対話に思わず不思議そうに小さく首を傾げるていた。
「まぁ、聞いとけ……」
充分と言える程の間を開けてからユリクは答える。
しかし、聞いてほしいなら、さっさと・とっとと・そそくさせずに話してもらいたいものだ。
「あれは、そう。今日みたいな暖かい夏日に覆われた真昼間。おれは、喉も乾いて腹も空いていたんだよ」
「忙しい方なんですね……色々と……」
「そこで、俺は一番親しんでいたおやっさんに話をしに行ったんだ。
『なんか、食べれそうな物ないかな?』と、頼るように。縋るように。
そしたら、おやっさんは満遍な笑を浮かべ踊るような口ぶりで
『食べれそうな物……食べれそうな物なら有るぞ!! よかったな? ユリク』と言ってくるもんだ。
俺も何故か凄い期待をしてしまっててよ」
セアーは、ひたすらに話すユリクの隣であいずちをしながら。ルグレの実を"コロコロ"と回しながら聞いていた。
手持ち無沙汰と言うのだろうか? と言うよりも早い段階で飽きがきているのかもしれない。
が、そんな事はお構い無しにユリクの怪談は続く。
「俺は、その頃。まだ、おやっさんの家に寝泊まりしていたんだ。そして、窓越しに指を指された場所。──と言うのが、俺達が今座ってる、俺の家すぐ脇にある木。駆け寄って、長い棒で木ノ実を落として……人齧りしたんだよ。……どうなったとおもう?」
「んーと……わかりません」
おどろおどろしい声をだしながら問題を出題するユリクに、対してセアーの返答は実に軽い物言いだった。
「次の瞬間、口から鼻に抜ける匂いは激臭。
口の中には酸化した食べ物のスっかい臭いが残り続けた……。
思い出しただけで、鳥肌が立つほどに臭く俺がのたうち回っている時におやっさんが来て……それで……あいつ笑いやがったんだ!! 」
「……こんな、甘い匂いなのにですかっ!?」
「おい……興味の有無がハッキリしすぎだろ……。まぁ、そうなんだよ。
──それで後から聞いた話だと、ルグレの実って言うのは何もしなければ甘い匂い。
だけど、中の身が空気に触れると細胞分裂? みたいなのを起こして激臭を放つらしい。
だから鳥達も分かっているかのように、宿り木はするが実には手を出さないんだ。そう考えると野生の本能ってすごいよな」
『でもそれだと』と、セアーは眉を寄せルグレの実を顔の前にもってきては、不思議そうな表情を浮かべる。
「ユリクさんが手渡してくれた、コレもいずれは臭いを放って。部屋にいられなくなるんじゃないですか?」
待ってましたと言わんばかりにユリクは、"パンッ"と一回手を叩いた。
きゅうな高い音にセアーはまたもや肩を竦ます。
いい加減、気がついて欲しいものだ。
「いやそんな事ないんだ、不思議だけれど地面に落ちて自然に腐っていく分には臭いを放たない、そっとしておけば逆に甘くていい匂いなんだ。それに意外と役にも立つ、ルグレの実を土に混ぜてそれを畑の周りに巻くと臭いで野生の猪とかが近寄ってもこない。俺達は多少臭う程度だが、奴らからしたら堪ったものじゃないんだろうな……」
「なるほどっ! 先人の知恵ってやつですね。……っあ、でも何で、おやっさんはユリクさんに教えなかったのですか? 知らなかったのですか?」
「……え? ぁあ、おやっさんは知っていたよ。最初からなっ!! っくっそ。あの違和感にもっと反応しておけばよかった!」
「違和感……ですか?」
「ぁあ。違和感だ。普通に食べれるなら『食べれる物がある』と答えるよな? でも親っさんはちがった。
『食べれそうな物』と答えたんだ。そう、こう言う事だ……
『見た目は丸く赤い木ノ実で食べれそうな物だけど実際は食べれた物じゃない』
と言うこと。見事にしてやられたんだよ俺は、あのクソジジイに!!」
──声を張り上げ、拳を作り前にパンチをするユリクが可哀想に見えるほど哀れに感じてしまう。
セアーは、気を使ってなのか声には出さず、我慢はしているようだが。頬は少し緩み口元は小さく笑っていた。
ユリクは、まるでキールがそこに居るかのようにひたすらジャブを繰り出す。
「──まぁ! そうだな。だから、絶対その木ノ実は人に当てるなよなっ。頬張ったりなんかしたら、気絶だってしかねない」
「……気絶ですかっ。それは怖いですっ」
「だろ? まぁ。じゃあ、そろそろ行くかッ!」
「はいっ。そうですねっ」
そう言うと、勢い良くユリクは立ち上がり。
セアーは木に手をかけながらユックリと立ち上がる。
そして二人は再び歩き出した。
あの、やり手の居るラズの家へと。