だから、少女は真実を口にし、彼は目的を見つける
文字数 5,373文字
「二人共! 出来ましたよーッ!! ユリ君は運ぶの手伝ってください!」
大きい声が部屋の外から聞こえた。
その楽しみにしていると言わんばかりの満ち満ちた声は、二人の表情を明るい笑顔にする。
ユリクは、セアーの手を掴み机から下ろし椅子に座らせ、くうりが呼ぶ部屋の外へと向かった。
「なんだ、この香ばしい良い匂いは……!!」
ユリクは匂いを楽しむかのように、大きく息を吸った。
しかし、それは食欲を唆る、実に堪らない匂い。ユリクの表情が綻ぶのも仕方がないというもの。
「えっとー、コレとコレ持っていってください。ライズは変わっていて、苦手だったようですが……。っあ! 飲み物は僕が持っていきますからっ」
そう渡された、食べ物が盛られた木で出来た器。
その中身は一切、肉が入っていないものだった。
香ばしい匂いの正体は、こんがりといい具合に蜂蜜色に焼けたキノコや、キャベツのようなもの。
ヘルシー且つ体にいい物が色合いよく盛られている。
しかし、肉を食わないから、体の一部の成長に大事な脂肪がつかないのだろう。と付け加えさせて頂きたい。
「苦手? こんな美味そうなのに。まぁ好き嫌いはあるからなッ! うっし!! んじゃー持っていくなッ!!」
食事とは、実に不思議なもので、いくら苛立っていようが喧嘩をしていようが、美味しい物を食べると自然と気持ちが楽になる。
それは、きっと全員がそうだろう。
食事とは実に唯一、変わらない毎日で心踊らされる時間ではないだろうか。
それを、ユリクの皿から目が離せないでいる仕草が物語っている。
「じゃあ、よろしく。ユリ君ッ」
「せアー! 持ってきたぞッ!」
「凄く良い匂いがします。くうりさん、凄いですねッ」
目が見えないと言うのが些か心痛むが、そんな事を気にさせないかの如く、せアーもまた、表情を崩していた。
その原因ともなったご飯が“カタン・カタン”とどこか懐かしい音をたてながら食卓に並ぶ。
決して豪勢とは言えない見栄えだが、その家庭に満ちた暖かい湯気が部屋に雲を作るかのように舞い上がる。
「くうりさん、早く来ないですかねッ。もう、私は、待ち遠しいですよっ」
「──そんな楽しみにされると、僕も嬉しいなっ」
木でできたコップと何故かガラスで出来ている水が入ったポットを持ってきた、くうりが嬉しく恥ずかしそうな表情を作りながら入ってきた。
しかし、ここまで自然に優しい入れ物を用いているならポットも木で統一して欲しいものだ。
その、綺麗に彫られたガラス細工が逆に違和感を感じさせるというもの。
だが、そんな事を気にもしないユリクの黒い目はご飯をみつめ微動だにしない。
コップを、定位置に置き川のせせらぎにも似た音を出しながら水を注ぐ。
「じゃあ、食べようか! 頂きますッ!」
「頂きますです!」
「いただきますっ!」
野菜のいい歯ごたえが“シャキ・シャキ”と部屋に響く。
その美味しさに、ユリクは一口、口にしただけでフォークを口に運ぶのを“ピタリ”と止め、涙ぐむ。と、同時にセアーもまた、美味しさのあまり感動したのか手を口にかざす。
「そんな泣くほど美味しいのかな? へへへん。作ったかいがありますねっ!」
「ぢがヴ……!! 辛ッッッ!!」
「唇が痛いですッ……水くださいッ」
どうやら、感動でも美味しさのあまりでも無かったようだ。
辛い物を口にすると人はここまで表情を変えることができるのかと、感心してしまう。それ程までに、二人の表情は悶え・苦しみ・今にも叫びだしそうな顔色をしていた。
その姿を見て、不思議そうにペースを落とすことなく“ムシャムシャ”と、くうりは美味しそうに食を進める。
「君たちも、ライズと同じ事言うんだね。僕等は、エルフにとって干しシンダケの炒め物はご馳走なのにっ」
悲痛に満ちた声を出すユリク達には考えられない程変わらない声で水を飲み干すセアーを横に淡々と語る。
ここに来て初めて種族の違いが影響した瞬間だった。
「もじがじて、このガラスのポットって──」
「そうです。ライズが水を一杯飲むからって、後日お礼に来た時に持参してきたものです」
一口、食べ物を口に運ぶ度にコップに震えた手が伸びる。
そして、ご飯が食べ終わる頃にはユリクのお腹は倍に膨れ上がっていた。
無論、盛られた野菜にそれ程迄の量はなく。殆どが水分だと言う事は間違いないだろう。
「──さて。ご飯も食べ終わった事だし、本題にはいろうかッ!」
急に話の指揮を取り始めるくうり。彼女が言った『本題』とは一体何を言っているのか。
まるっきり空気が読めていないようなふ抜けた表情でユリクは口を開く。
「本題ってなに? なんかあったか??」
しかし、そんな疑問を持つ中。一人はまるっきり違う表情をしていた。そう、それは思い当たる節があるかのように唇を力を入れ固く閉ざしているセアー。
「セアーちゃん。話さないと、きっと前に進まないよ? 意味なく終わりの無い旅をしたいのかい?」
「そうですよねッ。どの道、話さなきゃならない事。そして、コレを話せば私との旅は此処で終わると言う事です」
「意味がわからない。二人で何を話したかわかんねーけど、旅が終わる? 何を言ってる。まだ始まったばかりじゃねーかよ! 家族の元に返すって……!」
状況をまるっきり把握出来ていないであろう、ユリクは必死に訴えかけるが、静寂が賑わうことは無く、数分の間を作る。
その間に、くうりは席を外し、この狭い部屋は再び二人の空間となった。
「えっと……ですね。私には、もう家族と呼べる者が居ないんです」
「──それは、どう言った意味? だって、最初の頃に家族の身を案じていたじゃないか!」
「はい。それは、ユリクさんが騎士団の一員だと思っていたから訪ねたんです。ユリクさん……。私が捕まってしまったのは家族を探していたが為なんです」
「じゃあ、俺が勝手に台風のせいで、家族とはぐれたと思い込んで居た。と言う事なのかッ!? だから、あの時、俺が問うた事に対して『あの方達』と口にしたのか? だから、話が噛み合ってなかったと言うのか……」
セアーは、その解に対し、付け加えることも無く小さく頷く。
その解をしって尚、ユリクは頭を抱える。
「だから、素直に話します。私の家族、母と弟は六年前に捕えられました」
「──六年前ってもしかして……でも、まさか……そんな」
地獄を見るような表情を浮かべるユリク。
だが、当の本人であるセアーは至って神妙のように見える。
まるで、ずっと前から整理がついていたかのように。
「私達、種族は少数なんです。なので、小さい村で皆が親戚みたいなもの。居なくなれば嫌でも分かるんですよ? そして、六年前に捕まったのは私の家族だけなんです」
「だから、あの時、セアーは六年前って繰り返し言ったのか。
──って事は、おやっさんが捕らえた『アウラ』が、セアーの……」
「はい。そして、五年前に初の公開処刑をされたアウラです。と言っても、それを知ったのもキールさんの話を聞いてなんですけどねッ」
気を使ってなのか、セアーは明るい声で少しおどけながら会話を続ける。が、そんな事は意味を成す事もなく、ユリクの握った拳は震えていた。
その震えが、怒りか・悲しみか・将又その両方かは分かりかねないが、その真実がユリクを苦しめているのは事実ではあるだろう。
それ程までに、残酷で救いようも救われようも無い真相なのだから。
「なら、なんであの時、おやっさん達にいわなかった?! セアーからしたら恨むべき人だろ?」
「いいえ、私は別にやり返したいとか、恨み辛みでとかそう言うのじゃないんです。
それに、キールさん、あんな苦しんだ声をしてました。
ずっと後悔して・悩んで・自ら追い込んで。そんな方に、私が真実を伝えて再び傷口を開く所か新しい傷を作るなんて出来ません。
それに、最期は命を賭けて他種族である私を救ってくれました。そんな方を恨むなんて私はできないです」
「それと、これとは話が違うだろっ!?」
「一緒ですよ。命の重みは皆一緒。キールさんや、ラズさんだって言っていたじゃないですか。母と弟がお二人を変えたのです。そう考えると私は誇らしいですよ?」
感情的になるユリクを、諭すように冷静にセアーは
語る。
「じゃあ、セアーがことある度に二人を誇りにもてとか言っていたのは……いずれはこの事を話さなきゃいけないと分かっていたからなのか」
「──そうです。ユリクさんにとっての家族、それは、あのお二人方なんですよね? でもきっと、この事を話せば、キールさんの事を責め立て、また自分の事も責めると思い。なかなか言い出せませんでした」
確かに、セアーは家族の話を持ちかける度に心苦しいような表情を浮かべていた。
しかし、まさか、このような事に話が繋がっていたとは思いもよらない。
大事な家族の命を奪った張本人を気遣い、ユリクをも気遣うセアーの心境とはどう言ったものなのだろうか。
それを語るには……いや、語る事自体が出来ないだろう。
「ですから、ユリクさん。私が視力を戻したら、そこで私達の物語は終わります。これ以上、迷惑をかける訳にもいかないのでッ」
「そんなッ!! 迷惑だなんて! ……いや、ちょっとごめん。一人で考えさせてくれ」
「……はい。分かりましたッ」
そう言うと、ユリクはセアーを一人残し部屋を後にした。しかし、辛い話をした幼気な盲目の少女を一人にするユリクは一体なにを考えているのか。男性として有るまじき行為だと言いたいものだ。
そして、ユリクが向かった先は中央に位置する滝。
その滝に居る、くうりの元だった。
「くうり、悪い。またセアーの所に行って傍に居てやってくれないか? 俺が居ると、アイツ自分の事より俺を心配してばかりだ。見てるのも聞いてるのも辛い」
「だろーね。僕が、部屋を出ていってと言ったのは、セアーちゃんに相談を頼まれたのもったんだよ。でも、あの子は、ユリ君達のことばかりを心配してばかりだった。いい子だよ、セアーちゃんは。だから良く考えてあげてね」
「ぁあ……」
──分かってる、そんな事は言われなくても。
セアーは、目覚めた時から何も変わっちゃいない。自分が居る事で他人に与える影響を人一倍考え・悩み・そして自己犠牲と言う手段で救おうとする。
「どうすれば良いんだ」
そう、俺の悩みは、もはや昔の出来事じゃない。そりゃあ、おやっさんがした事。その事に対して思わない部分が無いかと聞かれたら嘘になる。けれど、おやっさんもラズさんも命を張って救ってくれた。
死んでしまった人に対して、責め立てる事なんか出来はしない。だからこそ俺は悩む。
今の現状をどう、打破するか。アイツは自分が居ることを重荷だと思っている。でも、俺はそんなふうに思っちゃいない。
「どうしたら、一緒に居れるだろうか。きっと普通に言っても首を縦に振ることはないはず」
あの子は、自分の立場を弁え過ぎている。
それに重なり、今回は犠牲がでた。それを彼女自身を責めるもの、そしてトラウマになっているのは間違いないだろう。
でも、俺は彼女と一緒に居たい。いや、彼女だけじゃない、エルフのくうりとも何の隔ても無く当たり前のように。
その為には、どうしたら……。
「前にも言ったが……この世界の秩序を変える事ができたら……」
そうだ、第一級危険討伐対象とか言う肩書きがいけないんだ。
害は無いのに、害があると思い込んでいる。
人々の考えそのものを変える事ができたら。
「──でも、俺にそんな事が出来るのか……」
たった一人が訴えかけても何も始まらない。
多数決と言う残酷な計算式でそんな真実はいくらでも折り曲げられる。
でも、俺には、くうりやセアーが居る。敢えて、二人にも協力してもらうとか……いいや、ダメだ。くうりにはせっかく仲直りできたライズと言う友がいる。
彼等の邪魔をする訳にはいかない。
「なら、せめて他の種族とも関係を掴めさえすれば」
これは、あくまでも理想だが、第一級危険討伐対象と言われる、エルフ・アウラ・獣人・鬼人の四種族で訴えれば変えられるかもしれない。
けれど、俺は住んでいる所も何も知らない。
やはり、俺がやろうとしている事は無謀なのか。間違っていて、変えることも出来ない、タダの理想でしかないのか。
この別れは最初からどうする事も出来ないという結末……そんな事なんて認めたくない。
人と他種族も存外、分かり合える。と思いたい。だってそれを、くうりとライズが教えてくれた。まだ、希望がある。
「命に優劣がある事自体がおかしいんだ」
セアーやくうりの息をしやすくするため。また、一緒に居るためには秩序を変えるしか道がないのなら……行動するしかない。
俺は皆を助けたい、そして俺も救われたい。
なら──。
「それしかないだろ。俺は秩序を変える。皆が命を平等に考える事ができる世界を」
具体的には、何をしたら良いとか、そこら辺はまだ分からない。ただ、可能性としては、王様に直接会って訴えかければ、もしかすると二つ返事で答えを出してくれるかもしれない。
その為にはやはり。
「協力してくれる他種族を探そう」
まずは、この事を二人にちゃんと話して。
そして、分かってもらうんだ。
長い旅になるかもしれないな。でも、それもそれで使命がある分ヤル気は出るというものだ。
これ以上、あの川で感じた冷たい体温を感じるきっかけを作る事を俺はしたくない。