希望が奏でる協和音

文字数 6,748文字

──色々とごタツキはあったものの無事落ち着きを取り戻し三人は席につく。

そして、くうりは、徐に机に一枚の古臭い紙を広げた。
その歪に書かれた絵からするに『地図』というものだろう。

「ここが、僕達の居るルクサンブルクの森──で、ここが次に向かうハーレスト」

細い指で、絵をなぞり分かりやすい説明をしていく、くうり。

しかし、なぞるのは簡単だが、実際行動するには難しいと言う事を複雑な地形が物語っていた。

「……で、本題はどうやって此処に行くかなんだけど……正直容易じゃないんだよねっ」

地図を“コツコツ”と指で叩き渋い顔をしながらくうりは二人に云う。

しかし、それに対して理由を尋ねるものは誰一人として居ない。

それ程までに、明白だと言うことなのだろう。

「主なハーレストに向かう方法は、このミーリュ街道を真っ直ぐ進んで、検問を通り過ぎ、高い壁で覆われたエウプラーギアに入る必要があるんだよね」


そう言いながら、街道らしき太い道をなぞり、でかく広い街を指で“グルン”と円を描き叩く。

「だけど、僕達にはそれが出来ない。街に入るどころか検問すら──」

「検問なら、ライズが居るからなんとかなるんじゃ?」

「検問を一人に任せる訳がないでしょっ?」

思い付いたかのように立ち上がり力強い声で提案するも、すぐ様に冷静な赴きで論破され、ユリクは静かに座り込む。
その情けない表情を見てか見てないか、セアーは“ポンポン”と肩を叩く。……年下の女の子にまた、気を使われたのだ。なんとも情けないユリク……。

「確かに……だよなっ」

「そして、再び街をでて『ラライカ街道』を進み、そして此処がハーレストって訳だねっ」

「なんだ? ハーレストもここと同じ森なのか?」

そう、疑問に思うのも仕方が無い。何故なら、くうりが指で指し示す場所は街でも何でもない緑で塗り固められた広い地形なのだから。

「森と言うより森林のかな?? って、地形とかそんなのは後だよっ! その前に行く方法ッ!!」

「……だよなっ」

「…………」

ユリクの問いには難無く答えてみせるが、早速訪れた無理難題に三人は苦行を強いられる他無いらしい。

言葉よりも・仕草よりも明らかに沈黙の方が多いのが何よりもの証拠だろう。
くうりは、一度空気を入れ替えるかのようにドアを開け、一杯に息を吸いこみ吐き出すと暗い顔をした二人を見つめ、“パンッ”と手を叩く。

「じゃー……焦っても仕方がないし。夜にまた話し合おう? それまで自由時間且つ考える時間て事でさッ?」

その、咄嗟のくうりの判断に二人は黙って頷き、深い溜息をつきながら立ち上がる。それから、知恵を働かし過ぎて疲れたのか、言葉も交えることも無く、各々は各自散らばり自分の時間を過ごしていった──。

「くうり! 居るか!? もう、行っちゃったか!?」

それから、何時間過ぎただろうか。息を荒げてはいるが、聞き覚えのある、涼やかで若々しい男性の声がベレーゼに響き渡った。

そして、その声が聞こえたと言う事は、すっかり日が落ちたという事になる。

しかし、残念ながら浮かない表情しかしない各自の解は絶望的と思っても良いだろう。


「──やぁ、ライズ。それがまだ居るんだよねっ」

「そうか、良かった! じゃあ、少し街に入れてくれないか? 大事な話があるんだ」

悩み疲れたような気だるい声を出す、くうり。
そんなのは気にしないと言わんばかりの元気な声を出す。その自信に溢れた声は、よっぽどの何かがあると思わざるを得ないと言うもの。

「……分かったッ。ちょっと待っててッ」


それから、“ピタリ”と会話が止まり、気になる所で止まった会話にいてもたっても居られなかったのか、暫くしてユリクは部屋を飛び出し、セアーの元に向かった。その表情は早く話したくて仕方ないと顔に書いてあるかのように忙しない。

「なっなぁ、くうり、ライズと会ってるのかな? 大事な話ってさ? まさか告白とか??」

「そう言えば中々来ないですし……どうなんでしょうか? でも別れの前に、大事な話っていったら……やはり、そうなんでしょうかね??」

「分からねぇ……コッチからはライズの声しか聞こえないから……。でも確かに仲良さそうだもんな? ガラスのポットとかもプレゼントする仲だしさ?」

突如として訪れたイベントに行き方を考えていた筈が、いつの間にか男女の話にすり変わっていた。が、くうりの将来について真面目に語る二人には悪気は無いのだろう。

「はぁ……勝手に話を盛り上げないでくれるかなッ? 考える場所はそこじゃないでしょっ!!──まぁ、丁度いいや、皆居るね。この人がライズ」


まるで、そんな事は無いと分からせるかのように、細い目つきで横に立つ男性に指を指す。

茶色く穏やかそうな瞳・茶色く眉毛が隠れる程伸びた髪の毛・少し焼けた肌・青い布で出来た服・腰にはいつか見た紋章が鞘に彫られた三尺程の剣。

見るからに好青年そのもの。

「初にお目にかかります。私はライズ=ジルドレと申します」

「……えっ……ぁあ……こちらこそっす……」

先程、くうりに話しかけていた口調とは二転三転し堅苦しい文言。

それに加え、姿勢を正し、左胸に握り拳を翳すとまできたものだ。その生真面目さと言う親しみにくさにユリクは思わず言葉を濁す。

歳はユリクと対して変わりないようにも見えるがここまで、出来が違うとユリクが哀れに思えてしまうというもの。

「ねぇ、さっきも言ったよね? いつも通りで良いんだよライズ……」

呆れたかのように頭を手で抱え、くうりは項垂れる。
その姿を見て、ライズは鼻を“ポリポリ”と掻きながら『ゴメン、ゴメン』と謝り、苦笑いを浮かべた。が、そんなやり取りを気にもしないかのように、ユリクはライズを吟味するかの如く熱い視線を体のあらゆる所に行き渡らせる。

「と言うか、騎士さんもそんな楽そうな服着るんだな? てっきり騎士は全員堅苦しく白い鎧を纏うのかとばかし」

「ぁあ……これかい? なんたって見習いだからねっ──鎧は騎士団に昇進したら贈呈される事になっているから。
今の俺が民を護る鎧を羽織るなんて、おこがましいさ。なんともお恥ずかしいばかりだよ……あはははは」

後頭部を掻きながら見せる爽やかな眩しい笑顔。
それに謙遜し、紳士的な姿と来たら、見習いだとしても騎士の鏡のようだと言いたくもなる。
しかし、聞く耳すら持ち合わせていないとでも目で訴えるかのように、ライズを見ると溜息混じりに口を開く。

「で、大事な話ってなんなのかな? ライズ」

その嫌々な物言いなんか、気にしないないで全くブレないライズは、そのままのテンションで口を開いた。

「ああ! その事なんだけど、木に彫られたメッセージを見たよ。ハーレストに向かうんだろっ?」

掌を握り拳で“ポンっ”と叩くと、事情を知っているかのような口ぶりで話を進める。

「大っぴらに協力する事は出来ないけど、俺にも協力させてくれないかな?」

「協力って……何を言っているか分かっているの? 事の重大性を……」

「ぁあ! 分かっているとも、分かっているからこそ言いに来たんじゃないか。今は、騎士団内でもごたついててねっ」

理解しているのかすら信憑性を疑われる程、明るいままのライズ。その前向きな姿勢は逆に心許無い。

「──おっと、理由は聞かないでくれよ? 俺に与えられる情報なんか無いに等しいんだからなっ」

「誰も、聞こうなんて考えてないよ。そんな事よりも早くその内容を教えてよ。僕達も暇じゃないんだから」

つんけんした物言いと冷たい視線を腕を組みながら、くうりはライズに送る。それは、まさに分厚く突破するのすら難しい心の壁とすら思える……が、そんな態度を取られても尚、ライズの笑顔は揺るぎないものだった。流石に、その図太い神経にセアーとユリクの顔は引き攣るばかり。
 
「──でだ、そのごたついてる理由と直接関わりが有るか、無いかと聞かれたら分からないんだけれども。俺は明日の早朝にミーリュの検問から馬車に乗りラライカの検問に物資を運ばなきゃならない」

慣れた手つきで地図を使い説明する様は、流石騎士とでも言うべきか。

「騎士が、わざわざ自分達でやるのか?? と言うか、検問てそんな物資を置けるような場所なのかッ? 俺はてっきり通行止めにしてるだけだとばかり……」

話の内容から逸脱するが、ライズは嫌な顔一つせずにいる。だが、何も知らない、ユリクの事を考えると、純粋な目で解を求めているユリクの事を考えると悪くも言えない。

「そう言った役割も下積みの修行として見習いの役目なのさっ。
──検問って言っても、しっかりしたものだよ? 高い塀を作り、多数の騎士が目を張り巡らせている。それに、詰所としても使われているから、そんな易々と突破は叶わないさっ。寧ろ、試みようとするより、試みる考えをすること自体が野暮ってもんかなっ」

「ようするに、僕達が馬車の荷台に隠れるってこと?」

「そうともっ! じっとして居れば荷台を真探りする事は今までの経験上は無い! けれど可能性はある……よって見つかれば一大事なんだけどねっ──あははは」

こればかりは都合がいい。ユリクとくうりは同じ気持ちだと言うかのように目を合わせ頷いた。しかし、セアーはその二人の気持ちを悟ったのか、立ち上がる。と、慌てて引く事もしない為か倒れ鈍い音を木製の椅子が奏でた。
すると、その音に反応したのか、三人はセアーを凝視する。
その視線に少し怯みながらも、すぐ様に体制を立て直し両手を何かを受け止める風に前に出し口を開く。

「……ちょっ! ちょっと待ってくださいっ!!」

「どうした? セアー」

「そのッ……もし、見つかったらどうなるんですか??」

「僕とかユリ君がってこと??」
「ライズさんです、ライズさんは騎士を目指して頑張ってる方なんですよね? そんな方に、リスクがある迷惑なんてかけれないですよ……」

自分達の心配をしていたと思っていたであろう二人は再び目を合わせると、張り詰めていた表情をほぐす。

「私は、もう目が見えているのですよッ!? そんな半笑いして! 何がおかしいんですかっ!」

「いやいや、おかしいんじゃない。ライズも中々ブレない男だと思っていたけど。セアー、お前もブレないよなっ。本っ当に!」

「……ぅうっ! なんですかっ? からかっているのですかッ? 流石の私も怒りますよッ!」

からかわれていると思ってか、幼い声を一生懸命に低くし涙目でユリクを“グッ”と睨む。

しかし、その必死さが余計に部屋の空気を変えてゆく。どんな風に変わっていったのかと言えば張り詰めていた緊張感、余裕の無さ。それが、セアーの文言により解け溶けていくような感じだろうか。

何気なくライズは、くうりの肩を叩くと二人は何故か目を合わせると笑顔を見せていた。

しかし、ユリクと必死なセアーはそれに気が付く事は無いようにも見える。

「からかってるんじゃないって!! 落ち着けって! お前は、いつも通り自分よりも、誰かの事を考えているなと思ったんだよ! 断ればその分、俺達の夢が遠ざかると分かっていて尚、他を気遣えるって事を言いたかっただけだよっ」

興奮した動物を宥めるかのように、セアーのオデコを手で抑えながらユリクは必死に自論を口にする。その発言に、白い耳を多少赤らめながらもセアーはゆっくり“カタン”と小さい音を立てながら席につく。

「……まぁ、そう言う事で決まりみたいっ。だから、ありがとうね? ライズ」

「本当にいいのかいっ??」

三人は、息を揃え『うん』と答える。しかし、不思議と残念がったり悔しがる未練がましい表情をする者はおらず、それよりも前向きに地図を眺めているようにも見える。

「じゃー、あんまり勧めたくはないけれど、特別に教えてあげようッ」

そう言うと、ライズは地図に鍛錬の時に怪我をしたのか、爪が紫色に変色した指を添え、なぞり始めた。

「ルクサンブルクからハーレストに行けない理由は、この気高い山脈が邪魔をしてなんだ。けれど、此処にいつ掘られたか分からない空洞が見つかったって聞いたことがある」

「──それじゃあ!!」

「まだ、話に乗っかるのは早いよ。まず初めに君達は、俺が提示したこの案に希望を見出すよりも最悪な場合を想定しなくちゃならない。

一、これは飽くまでも噂。

二、空洞があったとして、ハーレストまで続いているとは限らない。

三、空洞があったとして、ハーレストにも続いていたとしても、いつ掘られたか分からない。と言うことは天井が脆い可能性がある。
つまるところ生き埋めになる可能性だってあるって事なんだよ?

あまりにもあまりに高いリスクだと言う事を肝に銘じて答えを出すべきだよ。君達に叶えたい未来があるのなら尚更にね?」

身を案じ、出来る事なら却下・もしくは考え直すと言う手を使って欲しいかのように、穏やかではない言い方をするライズ。

しかし、そんなライズの気持ちを汲み取ってか汲み取っておらずか、乏しい情報量しかないにも関わらず。それでも躊躇う素振りも見せない三人の気持ちは変わる気配を見せずにいた。


「……猛々しい勇敢と言うか凄い無謀と言うか……じゃあ、せめて無理だけはしないでくれよ?」

「大丈夫さ。ありがとう、ライズ」

「──そうか。なら、安心だと自己暗示でもかけておくよ。じゃ、俺はあんま遅くなると疑われてしまうから戻るよッ」

「分かった、じゃあー僕送ってくよ。どちらにしろ架け橋を作らなきゃだしねっ」

「うん、ありがとう。くうり」

ライズとくうり、二人は元来た道を再び戻る。その、出遅れた感にユリクとセアーはただただ目で追っていた。
しかし、その後ろ姿は、違和感なく仲睦まじい関係としか思えないと言えてしまう程、額に収まる。

「やっぱり、あの二人お似合いだよな……」

「そー……ですよねぇ。仲良すぎですよねッ──さっきなんて」

「何かあったの?」

「私と、ユリクさんが言い合ってた時、見つめ合って笑っていたんですよっ? もう以心伝心みたいな感じで……」

どうやら、先程の一件、セアーはしっかり目撃していたようだ。あの時は見て見ぬ振りと言う技法を用いたらしい。よく良く考えてみればセアーを正面に三人は居るのだからセアーが分からない筈もない。

ユリクとセアーの話題はそこから暫く二人の話で盛り上がりを見せる。が、此処は今段階では、中略させて頂く事にしよう。

──そして話は、くうりが戻り、暫く二人に嫌味を言った後に進む。

「──んで、僕達は、ルクサンブルクとハーレストを遮る山脈に向かう訳だけど、今日はもう遅いし明日の朝から向かう……で良いのかな??」

「は……はい」

「お……おう」

「あのね、君達? なんでそんな顔が面白くない事になっているの? そんな調子じゃ、越せるものも越せなくなっちゃうよ?」

恐怖に震えてるのか、緊張に震えてるのかと聞かれれば後者とも言いたくなる。が、きっと今回に関しちゃ前者が正解だろう。
そんなのを気にもせず、くうりは一人で長ったらしい話を御機嫌に熟す。

それは、もう鼻歌を奏でそうなレベルだと言ってもおかしくはない。二人は、きっとこの光景を間近で見て感じで、こう思ったに違いない『完璧に浮かれてやがる』と。実際の所どう思ったかは彼等のみぞ知る所だと言うことも付け加えておこう。


「じゃーとりあえず今日は特に俺達は!! 何も無かったけど解散で良いって事だねっ?」

「そうですねっ……私達は特に何も出来ませんでしたけど、明日に備えて寝るとしますかっ?」

「君達、何か言い方に含みがあるのだけれど、何かあるなら聞こうじゃないか」

そそくさと、ユリクは嘲笑いしながら部屋を逃げるように後にする。
その後姿に手を翳すくうり。この後の悲鳴と青ざめたユリクの表情で何があったかはおおよそ想像がつく。

「んじゃーセアーちゃん?」

「……ひゃい!!」

やりきった感を出し清々しい笑みで振り向く、くうり。その形相に何を見たのかセアーは竦み上がりながら呼び声に答える。

「あれ? やだなあー僕は、同性には優しいんだよっ? それにセアーちゃんは妹みたいで可愛いんだからっ」

柔らかく白い髪を優しく撫でながら口にする。──遠くで時折聞こえる悲鳴。
その笑っている目にセアーは恐怖を感じているかのように目を逸らし続けた。

“ドチャン”と言う音を最後に悲鳴は止まる。すると、くうりは満足気な愉悦に浸った表情を浮かべながら部屋を出ていった。

「……うぎゃっ!!」

「ふむふむ、ユリ君? そんな所で寝ていると、流石に目が効く僕も分かりませんよっ! 踏んでごめんなさい──っね!!」

「……ぐあっ!」

遠くで聞こえる鈍い声に毒々しい爽やかな声。その油と水のような声をセアーは耳を塞ぎ遮断し続ける。

「……くうりさん……怖いですっ……」

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