生殺与奪02
文字数 2,925文字
──その言葉の後に訪れたのは静寂。
カーツは横一閃、剣を振るった。剣先が見えないとかそんなレベルではない。振った腕すら認識は愚か視認すら、儘ならないほどの速さ。
ただ唯一分かったのは、遅れてやって来た風圧と風の切れる音のみ。
「お前……今、一体なにをした?」
「何をしたって? 簡単な事だよ。空を斬った──と言えば良いかな?」
「意味が分からない。それは、もはや人の手に余る力だぞ……」
焦せっているのだろう。魔境種の時ですら落ち着いていたキールの表情。それは、ここに来て初めて今迄に見せた事の無い動揺の仕方だった。それに比べ、カーツの表情は変わらず。寧ろ、愉悦に、浸ってるようにも思えてしまう。
「意味が分からないって……。まぁ、死ぬ奴に一々教える義理は無いが……簡単に言えば。空間は液体と一緒だという事だ。あの世でラディにでも話してやればいいさ」
「……なに?」
カーツは、にやけながら指を指す。それはキールを通り抜け、更に後ろ。
──そう、あの三人が居た場所を。
「……う……そ……だろ? ラディ……」
キールが目にしたのは、背中半分から下が赤く染まり肌の色すら見えない。
──惨たらしい光景。
致死量は一瞬にして出きったとも思える程、土は血を吸いきれずに赤い水溜まりを成している。
広がる水池に浸かるかの様に隣で座り込み動かないユリクの姿も茶色い瞳はしっかりと捉えていた。
しかし、カーツは気に食わな気な表情を浮かべ、剣を上下に振り出す。
「んーやっぱり、あの筋肉の鎧は伊達じゃないなぁ。まだ、慣れてないにしろ。
──本来なら、あの一撃で三人真っ二つー! てな感じだったのに。ほんとに最後……では無いな。ラディは最期まで、俺をイライラさせやがる」
「最後では無い。それは、お前にとっての言葉か?」
「あー? そうに決まってんだろ。俺があの一撃で終りな訳がないだろ。最後の攻撃じゃない攻撃を最期まで邪魔をしただけっ! よーわ、無駄死にみたいなもの?」
軽々しい発言は、カーツの余裕そのものを表しているのかもしれない。
そして、その圧倒的な力にキールの汗は止まることなく滴る。
強く地面を踏み直し、それでもキールはカーツを睨む。
その瞳には憎悪というものは感じられない。もしかすると、その塊かもしれないが。それとは違う強い意志を感じてしまう。
例えるならば……騎士としての誇りと言うべきか。
「なら……俺も最期まで護ろう。身を呈してでも、最期まで弱き者を守った意志を汲み取り。王ではなくラディ=カーズの威信に誓って!!」
「お前……。人並みではない剣技を持っていたとしても。それは、人並みではないと言うだけの事。無意味ぃだろっ」
下から振り上げたキールの刀身を剣で受けると、カーツはそのまま剣を滑らし左右に伸びた細い鍔で受け流し。
その勢いに乗せ剣を上から振り下ろすと、キールは初めて刀でそれを受ける。
互いの力が交わり出た金属音は鐘のように反響し合い響く。
鍔迫り合いを見せる中、笑を止めないカーツだが。何故か、キールは歯を食いしばっていた。
──が、その理由も直ぐに見つかる。
剣を受けていない筈のキールの四肢の至る所から血が流れ始めていたのだ。
「……ッグ……!」
「どうしたぁ? そんな苦しい顔をしてぇー。辛いか? 痛いか? 遺体にしてやろーか? ん?」
「お前ッ……。一体何を……」
「んー、コレはラディの時とは。ちょっと違うけど。まぁ似たようなもんだなっ。
斬風だよ、斬風。そして、これは鍔迫り合いをする中で生まれる俺の方の風がお前を斬っているだけ」
完璧な劣勢。カーツは、為す術もないキールを真近で楽しむかのように、飛び散り頬に付いた返り血を舐めなとる。
しかし、キールは何かを思い付いたかのように静かに口角を上げた。
「成程、斬風……ね。カーツ。語るに落ちるとはこの事だぜっ」
そう言うと、キールは刀に伝える力を緩めた。
当たり前の様に、力強く押していたカーツの剣の刃がキールの肩に鈍い音も立てずに入り込む。
不意の出来事に、驚いたのだろうか。それとも、キールの反撃を恐れたのだろうか。
カーツは咄嗟に剣を手放し後ろに下がった。
キールは、剣幅の半分程がめり込んだ左肩から剣を抜くとそれを投げ捨てる。
「お前……。な……何をしやがる。自ら斬られに……血迷ったか!?」
「だから、言ったろ? 身を呈すると。それに、相手が斬風なら振らせなきゃいい。だから言ったろ?語るに落ちるとな。慢心は自身を滅ぼすって事だっ!!」
キールは、前屈みになり再び斬り込んだ。
そして、カーツの悲痛の声と共にキールの刀身からは赤い雫が滴り落ちる。
「貴様っ……やりやがったな!! 良くも右目を……絶対殺す!!」
右目を抑え、声を震わし。左目で強くキールを睨みつける。
キールは刀に、付いた血糊を振り払うと息を調えながら構えた。
思い切り踏み込み、カーツは素手でキール目掛けて飛び掛る。
隙だらけの攻撃。
──だが、キールの刀がカーツを切り落す事は無かった。
確かにキールは、刀を振り下ろした。
──振り下ろしたが、カーツはそれを左手で弾き返す……と言うよりも吹き飛ばしたのだ。
そして続け様に右掌を広げると、キールの腹へと掌底を食らわせ、めり込ます。
キールの吐血がカーツの血と混じると、それをカーツは手で拭い。
掌底を食らわせた所を目掛け蹴り飛ばした。
「……ゴフッ……ゲホッ……」
「惜しかったな? 亡霊にしては、やったよ。ただ……まぁ。一歩及ばずってやつだったな」
木に叩き付けられ寄り掛かりながら、血を流すキール。
"ガチャガチャ"と音を立てながら剣を取り近寄るカーツは清々しい顔を隠せないでいた。
「やっと・やっと。憧れていたままの兄貴は俺の記憶の中だけに。この腐りきった亡霊を殺し……ん? あの閃光弾は……」
キールの元に近寄る中、カーツは空に発せられた、眩い白にも似た黄色い光に視線を送る。
その光を見るなり、カーツは剣を何故だか、躊躇も無く鞘へとしまい込んだ。
「集合か……。第一段階終わったと、言う事だな。
……まぁ、亡霊はどうせ内蔵は破裂しているだろうし。少しぐらい生かしといてやってもいいか。
それに、アウラなんか腐るほど居る。よって、執着する必要も無い。どの道、人間以外の種族は絶えるんだからな」
カーツからは、殺気と言えるものが無くなり。キールを斬ることなく通り過ぎると気絶した騎士の顔を踏みつける
「お前、素人相手に何気絶させられてるんだよ。集合だ、戻るぞ。」
「……グガッ!! す……すいません!! 余りの……ウップッ……」
「──ぁあ。そうやぁー坊主。俺は罪悪感なんかこれっぽっちも無い。恨みたきゃ恨めばいい。
だが、相手を恨む前に力無き自分を恨め。
そして、あのキール=ユリウスに育てられたんなら強く生きろ。そして、俺を殺してみるんだな」
もはや、正気を保てていないユリクにカーツは告げるとセアーに手を出すことも無く通り過ぎた。
「カーツ団長。良いんですか?」
「良いって? ぁあ構わない構わない。あれだけ、絶望してれば魔境種が現れるだろ。それに流石に右目が痛いしな」
村の中には村人では無い声だけが、虚しく残る。
そして、灯も灯される事がない村は暗闇だけが冷たく包み込んだ。