グランド・シード

文字数 2,839文字

「セアーは大丈夫なのか? 容態とか」

「うん。安心してくれて大丈夫ですよっ! 今は眠っているのですっ」

自信があるのだろう、しゃがみ込んでいる、くうりは笑顔で答え。ユリクはその表情を見るなり“ホッ”とため息をついた。

「と言うかだ、お前が持ってる木の枝はなんだ?」

「ぁあ、これ? これはね、ユリ君が寝ていたものですから……ちょっと“バシバシッ”とっ!」

「なる程。どおりで痛かった訳だ……。やってくれたな? くうり」

「え? 痛みを感じたのですか?」

くうりの額に指を“コツン”と押し当てるユリクの返答に不思議そうな表情を浮かべるくうりだったが。そんなに間を置く事なく腑に落ちたように『そっか』と目を閉じ口を開いた。

「ユリクさん、夢は普通痛みを感じないんですよっ? だから、これはきっと記憶を見せられていたのです」

持っていた枝を“クルクル”と回しながら、くうりは黙考すること無く睡眠と言う候補を否定する。

「記憶……と言うと。俺が聞いていた人の声とかが、記憶だったと言う事なのか?」

半信半疑なのだろう。何処か納得出来ていないかのように、途切れ途切れに言葉を繋げる。くうりは立ち上がるとユリクの真後ろを指さす。

「ユリ君。僕が救われない街と自ら命名した理由が此処にあるんだよっ」

つられるかのように立ち上がり、その指をなぞるかのように言われるがままにユリクは目で追いながら体を動かす。

そして、振り向き目を凝らした指の先にあるものを見てユリクは驚愕とした表情を浮かべた。

「な……なっ!? 一体どう言う事だ……これは……」

しかし、くうりは驚く顔をするユリクに対し嫌な顔一つせずフォレスト・レイに手のひらで触れ『これはね』と高いソレを見上げながら声を発する。

「自分が生きた記憶、証というものを長い年月保管する為に行う儀式みたいなものなのです」

そう言いながらなぞる樹木はエルフの形を成していた。

そう、ユリクが驚くのも無理はない。何故なら、フォレスト・レイの中に横を向きながらエルフが入り込んでいる……埋め込まれていたのだから。

「儀式……?」

「はい、そうです。自然に還ると言う考えではなく、自然と一体になると言う事に重きを置く種族なんです」

「ちょっとまて!! じゃあ、この太い中にどれだけの数のエルフがいるんだ?」

「正確には分からないですが、二桁は……。と言うか、何故この空間にこれ程迄の数が育っていると思いますか? しかも、痩せ木になることもなく」

その問に対しユリクは、一貫して分からないと答える。

しかし、それは当たり前の事に違いない。

内輪と外輪の考えなんかが分かるわけがないのだから。

「この額のグランド・シードは大地と僕達を繋げる宝石。母なる大地に産み落とされた日に埋め込まれるんだっ」

「それが、どんな効力を兼ね備えているっていうんだよ」

「どんな……と言うよりも。この宝石と同一しているからこそ僕達は自然の命──力を貸してもらえる。それ程までにエルフは自然と一体になる事を好んでいると言う事かな?」

「なんか、他人行儀な言い方だな。くうりの物言いはさ」

「他人行儀……そうかもしれない。僕も自然は大好きだし、大事だけれど。自らの力で、こうやって一体になろうなんて考えたくもない」

右手は優しく木をさすり、左手は強く握り拳を作るくうりの心境はきっと複雑な気持ちなのだろう。

「分かりたくもないけど、分かってしまった気がする。ようは、このフォレスト・レイの太さ=エルフの数と言いたいのか?」


「そう言う事かな? おぞましい事を言えば、幹の前で力を使えば自分の体から根をはわす事だって出来る。響き良く言えば贄。悪く言えば自害なのかな? ……どちらにしろ悪いかッ」

『あははは』と弱々しい笑いを見せるくうりの目は笑ってなどおらず。

その霞んだ瞳にはボンヤリと目の前のエルフが写っていた。

「この、僕の目の前に居るこの子。この子は僕の弟なんだ」


「弟!?」

「そう、名前は、『くうや』。くうやは、産まれつき体が弱くて。──だから、自ら永遠の記憶になる事を望んだの。あの日を僕は死んでも忘れる事は出来ない……と思う。そして、僕は思ったのさ。弟を演じれば一緒に居れる筈だって」


だから、彼女は急に子供っぽい事をし始めたり──かと思えば、急に大人びたり。口調に統一性も感じることが出来ないのだろうか。

しかし、そんな事を口にする、くうりの心境というものはどう言ったものなのだろう。

「それは……辛くないか??」

くうりの細く狭い背中を見つめながら、小さい声で、まるでその言葉の返しが自信ないかのようにユリクは口にした。

「辛い? ……辛いですよっ……辛いよ、だけれど僕が、くうやを生きればくうやも同じく歳を取っていく……そうでしょ? 僕は二人分の人生を歩くの」

「……ぁあ。そうだな……その通りだ」

言葉に吃りながらユリクはそっと、くうりの背中に手のひらで触れ。
その、微かに震える体を感じ。悔やむかのように下唇を噛み締めていた。


「もしかして、くうり以外は皆……」

「いいえ。散り散りになりました。人間が過激化してきたからです。僕達を狙う事に対して……。

フォレスト・レイに、ユリクさんが触れて記憶を見たように、その、知恵を使われないためにも姿を──」

「また人間か!! また……またなのか。そのせいで……」

その、濁った声には怒りのみ感じる事が出来た。

鋭い眼光は誰を睨むわけでもなく遠くを見据え。
強く握った拳は赤く滲む。

しかし、それに対し、くうりは『仕方ない』と逆にユリクを諭す。

その優しさに、肩を落とし『すまない』とユリクは謝る。

「けれど、ここまで人がしでかす罪の根が深いだなんて俺、思ってもいなかった……いや。何も知らなかった」

「多分それは、知らせる必要がないと思っていたから……なんじゃないかなっ?」

「必要がない?」

「うん。そんな汚れた部分、触れる必要がない穢れなんかさ? それに、だからこそ今の君が居るんだと僕は思うんだよねッ」


くうりは、振り向くと強く握った拳に人差し指で優しく触れた。

「僕は、それでも悲しんでくれる・怒ってくれる。その気持ちだけで充分嬉しいんですよッ」

鋭い眼光をしたユリクの瞳を穿ったのは他でもない、被害者であるくうりの澄んだ瞳。

「ありがとう──」

「いいんですよ。気にしないでくださいっ」

「くうりは、何故危険を承知で此処を離れないんだ?」

「それは、何ででしょうかね……ここを守りたいから……なのかもしれません……って、だいぶ長く話しちゃいましたね! そろそろ戻りませんかッ?」


話を逸らすかのように分かりやすい切り替えをするが、分かったかのようにユリクは『そうだな』と答え聳え立つフォレスト・レイを見上げる。

きっと、くうりも悩んでいるのかもしれない。
だからこそ、言葉を考え悩み苦しい表情を浮かべたのだろう。

独りで居続ける程辛く寂しいものは無いはず。

このままで良いのか・それとも変わるべきか。それもまた、くうりに、課せられた課題に違いない。

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