銃声。美しくもくすんだ赤い瞳

文字数 3,454文字

「──考える……さっきより、より深く思考を巡らせる……。
何をしたかったのか。
何になりたかったのか……。
死にたくない──いいや。そんな事じゃない。もっと……簡単な、なにか。死なせたくない……そう。助けたい、この子を守りたい。この子の未来を……」

眉間にシワを寄せることは無く。寧ろ、答案用紙をスラスラ埋めるような柔らかい表情。よって苦行の顔色はない。
落ち着きを取り戻し、やるべき事を取り戻したユリクは静かに瞼を開く。その瞳孔に先程までの震えは無かった。
──それどころか真っ直ぐ芯を捉えたままだ。

「おやっさん……俺にも……見えた。捉える事が出来た。さっきまで確認は愚か、視認すらままならなかった魔境種を。……魔境種達を。おやっさんが言うように複数体──正確には4体。けど……」

目の前には、ちゃんと動き蠢く存在。

それが、魔境種。手はあるが指はない指の代わりに鋭利な刃物形を成している手がありドス黒い色をした骸にも似た物。歪で奇々怪々……。
──恐ろしい怪物。

「──おやっさん。見えて尚思う……。と言うか情報なんだよ。さっき、おやっさんは語るに落ちる。と言ったけれど、事実なんだよ。あいつらの誰かに当たった! ──はず? なんだよ」

『はず』──なんでこの言葉が出てきたのか。
口に出しながら、事実だと言い張ったそれに。矛盾した自己訂正のようなそれは……。

間違いなく信用に足り得る材料になりはしない。
ユリクは言ったあとに、気が付くように『あっ……』と一言を付け加えた。



「ダメだ!! 余計な事を考えるな!! 自分のすべき事を見失うな。その感情のせいで……。
やるべき事を見失ったせいで、その子を失うぞ。──それに、気がつけ。お前に魔境種を教えたのは他ならない俺だろ」


確かにそうだ──。その言葉は、ユリクが案じて助言した言葉なんかよりも。遥かに説得力があった。
説かれて、得する気持ちになれる。納得できてしまう。

だからこそ、ユリクは目を瞑り頷いたのだろう。納得したからこそ、雑念を捨てるべく──もう一度。

「いいか? ユリク。俺は、お前よりコイツらを知っている。下手をすれば他の誰よりも知り過ぎているかもしれない。

どう言う物を食し……とか。そう言った生態についてではなく。残虐性、命を殺めると言った事に長けている──と言う事を知っている。

そして不可解なのは鳴き声にも似た言葉。不気味で思わず耳を疑ってしまう程だ」


「残虐性──と言うのは。……うん。
ノイズに見えていた時から禍々しい程に隠しきれ──いや。そもそも隠すきなど、毛頭ないか。その殺気で分かっていた。諦めてしまっていたぐらいだから……。

ただ、そこまで何でおやっさんが知っているんだ?? 疑問ばかりだ。魔境種についても。それを知っている、おやっさんについても」

それは、きっと誰がいても。誰に言われても抱く疑問だろう。そしてキールは予め、予想してたのか。間を置くことも無く顎を動かせた。

しかし、ここで驚くのは。至って冷静沈着を保っている。いくら、何を言われようとその表情に著しい変化はない。

「その話は、後だ。今は目の前の魔境種を討滅する──。終えたら話そう。──いや、話すべきだろう……」

「それを、おやっさんが出来る──と言うのか? こんな殺気立ってる連中を。見ているだけで臆してしまいそうになる、恐ろしい怪物を倒せると言うのか? 俺は、平常心を保つので精一杯だよ」

キールは、頷くと目を閉じた。
視野を自ら閉ざしたのだ。威嚇されていた、魔境種だって隙が出来たと思えてしまうはず。
殺しにくるはずだ、キールが歯止めになっていたのなら、その歯止めが隙を生んだのだから。

「………………」

──だが、それが出来ない。できる訳がなかった。

なぜなら、一層に覇気が増していた。覇気と言う名の殺意。体から放出される、熱気の様に。自然と体から滲むように。

まるで、一歩踏み出しキールの元へ行く。と言う、その一歩ですら。その動作ですら、今のキールにとっては逆に隙になる。──と思えてしまう程だ。

だからこそ、理性がなくとも本能がそうさせる。従わざるを得ないのだ。

「木々が揺れ──。おやっさんは一体……」

沈黙していた空間が"ザワザワ"と騒ぐ。
まるで、席を退場するかのように鳥が羽ばたき。木々が揺れる。

本当の意味で、この空間には3人と4体になった。

「──さぁ。終わらせよう──」

瞼を開いた瞬間。蓋をし締め切っていた圧力のように。体から滲み出ていた、殺気が爆発的に溢れ出した。
ビシビシと静電気のように伝わるそれは、呼吸すら忘れてしまいそうになる。

「──ユリク。良く見ておけ、戦い。命を張るという事を」

「──苦しい。これが、おやっさんなのか? いつもは鋭い目つきだが、優しいさを感じられる暖かい視線。それが今は、今感じる視線からは、感じられない……何方かと言えば──竦然してしまう程に冷たい瞳……」

キールは、狩り用ライフルの黒光りする銃口を地面に向ける。

"ネチョリ"と言う強い足音と共に一歩を踏み出すと、魔境種も初めて大きい動作にでた。

臨戦態勢と言うものに見えるそれは実に野生じみている。

二足歩行に見える魔境種は、わざわざ両手のような刃物を地面に突き刺さすと。四つん這いになったのだ。
──さながら、獣のように。

「おやっさん!! 」

ユリクが声を張り上げる。
何かを知らせるように、出されたその大きい声。
四体いる内の一体が刺した二本の腕を軸に脚力をふんだんに使いながら。キールに飛び襲ったのだ。

しかし、キールはソレを僅か半歩程でかわす。
──紙一重と言う言い方がいいかも知れない。素人がやれば間違いなく死んでいるであろう技術。──熟練がなせる技とでも言うべきか。

その全体重を使った斬撃を物の見事にかわし。すれ違い際に体を回れ右のような動作をして振り向く。
すると、一体がまだ地に落ちていない間に魔境種の背後から銃声を轟かせた。

魔境種が襲いかかり、ここまで時間にして数秒にして十五秒も経っていない。一瞬の出来事だと言うことに、思わず総毛立つ。

「……すげぇ──こんな容易く……これじゃあ、俺が背後からルグレの実を投げても当たらない訳だ」

キールに対する賞賛はユリクの何かを納得させる食材になったようで。何故か違う事に対して感心しているようだ。

しかし、残りの3体に背後を見せて居るという状況に彼等も黙っている筈もなく一体が再び飛びかかる。

ユリクは、思わず目を片手で塞ぎそれに続くようにキールも瞼を閉じる。

『ふぅ』と深い息を吸い込むと、引き金の音と同時に振り向き魔境種を穿つ。

「──あれ? 何だ。今声が聞こえたような……器? なんだ……聞き間違えか?」

「──ゲホッ!! ッグ……」

何かを疑問に抱くユリクのすぐ真下から苦しい声で咳き込む音が聞こえた。

「目を覚まし……た。やった!! 目を覚ました!! おやっさん!! 目を覚ました!!」

「本当かっ!?」

嬉々たるユリクの知らせにキールは、気を緩めてしまう。ここ一体がキールの縄張りで、蜘蛛の巣のように相手の動きを振動で分かっていたなら。
今はその蜘蛛の糸が解れてしまった──みたいなものだろうか。

この気に乗じるように、魔境種2体は学習したのか。同時に飛びかかるのではなく、走り襲ってきた。

振り下ろした刃物の側面をライフルで叩き、逆へとチカラを逃がすと、終焉の鐘の如く銃声を二発響かせる。
煙・火薬の臭いが消える頃。
今迄の悪夢に終わりが告げられた。
魔境種達は、まるで砂煙が風に攫われるように。
原型を留めること無く。血しぶきを上げることもなく。まるでそこに最初から何も居な
かったと思える程に静かに消え去った。


「そうか。良かったな……じゃ俺は、その子に使う薬草を……取ってから村に戻る」

「おやっさん。息が荒いぞ? 少し休んだ方がいいんじゃないか?」

何処か険しい表情をするキールにユリクは心から心配をする。
しかし、キールは『大丈夫だ。俺は、おやっさんじゃなくまだ、若いしな』云々を笑いながら言ってのけた。
そして、少女の顔色を伺うことも無く茂みへと姿を晦ました。

「おやっさん……大丈夫かな。──それと、君は大丈夫かい? 苦しくない?」

薄らと開いた瞼の奥から見える瞳は、淡く赤い色をしている。
ユリクとも、キールとも違うその色は思わず見蕩れてしまうぐらい美しい色合い。

「──そうですか。私はやっぱり……助からなかったのですね……」

初めて聞いた幼くか弱い声量で放たれた言葉。
その解釈にユリクは唖然としてしまっていた。

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