知らないもの。知らせてないもの

文字数 2,413文字

セアーの切り傷が目立つ小さい手を取る。

ふらつきながらも立ち上がると、狭い歩幅でユリク付いて歩く。その、ユリクの胸下程しかない身長のせいか、本当に幼く見える。



「ラズさんの家は、すぐ隣だから。あっという間に着くよ。と言うより、ごめんな。俺の靴じゃサイズ、デカすぎるよな……」



申し訳なさげに、足元を伺い見るとセアーの足には明らかに。サイズがオカシイ茶色い革靴を履かされていた。ブカブカのせいか、歩く度に"パコパコ"と何ともみっともない音を鳴らす。

──が、セアーはまんざらでも無いようで静かに首を振る。



「そんな親切にして頂かなくても。多分怪我しませんよっ?」



「いやいや、例え怪我しなかったとしても。そんな状況を見られたら何言われるか……。想像しただけで恐ろしい……いや。腹立たしい!

 と言うか、セアーはいくつになるんだ? 見るからに幼いからさ」



何かを頭に思い浮かべているのだろうか。ユリクの表情はまるで仮面のように代わる代わる変わる。

『そうなんですか?』と、疑問を持ちかけるセアーには、分からない何があるという事のようだ。



「おやっさんって、そんな怖い方なんですか? 声を聞く限り。そんな風には……。あ、私の年齢は十一歳です」







「いや。おやっさんに関しては『腹立たしい』だよ? ラズさんに関しては『恐ろしい』かな?──あっ!! この事は内緒な? 本当にそれこそ、俺の運命が終わっちゃうよ。……ともあれ、セアーは十一歳なんだ。じゃあー、俺の四つ下だなっ! 家族にはお兄ちゃんとか言う兄弟・姉妹とか居るのかっ?」





『っえ……』っと呟くと、セアーはその場に立ち止まってしまった。軽く握っていたユリクの手を離してまで立ち止まる。

当然、ユリクはビックリして振り返ると目を伏せたセアーを眺め『大丈夫?』と刺激しないよう、落ち着いた口調で憂いながら問いかけた。



急に黙り込まれ、立ち止まられては心配もするが、不安にもなってしまうだろう。



「……えっと。いや──何でもありません。ごめんなさい。ちょっと、怪我した所が痛んでしまって……。家族なら、お母さんと弟が──」



「そう……なのか? 怪我、大丈夫? もう、スグ着くから。 薬草を塗ってもらえば楽になる筈。」





少し、強ばった……では無く。怖がった様な、表情を一瞬浮かべたのをユリクは目視していた。

それは見落とすと言うよりも、見落とせるはずもない。



だが、『それ以上は』と言う心の声を聞いた。

これについては確信も確証もない。この場の雰囲気がそうさせているのか。セアーの表情がそう訴え掛けているのか。



皆目見当もつかない──。そしてその傷跡が、二人を包むぎこちない空間。会話は著しい減りを見せると、二人分の足音だけが、足跡と共に残ってゆく。



──暫く歩き、ユリクはゆっくりと立ち止まり

『此処がラズさんの家だよ』と、顔色を伺うような下手に出るような物言いで知らせる。





「──っと。その前に、なんかごめんな? 聞かれたくない事だってあるよな」



「えっと。何がです??」



何も、知らない様な。既に忘れたこのような返し。その返答にユリクは、『いいや。いいんだ……ただ。ありがとう』と告げる。



「いいえ。私は別に何も、気にしていません。寧ろ、ユリクさんこそ。そんな、気にしないでください」



セアーの優しさに救われたかのように。穏やかな表情に戻ると、気持ちを切り替えるかのように"バッチン"と両手で頬を叩く。



その音で再びセアーがビックリしたことは言わずと知れた事実である。



──それはそうと。



目の前に立つ、立ちはだかる建物。それはユリクの建物とは比べ物にならない程に立派だ。



赤レンガを丁寧に積み上げており。目地も丁寧に埋めてあり。扉も両扉でしっかりしていて申し分のない建物。大きさも、村一番だろう。



「じゃあ、中に入るよ。足元は悪いから気をつけてな」



そう言うと、扉を押し開け中に入る。

部屋の中はランタンが灯されて、淡い光がボヤけながら漂っており。

"カツカツ"と、なる靴の音は足元がしっかりしている証拠だ。



その響く靴音と、少し奥の方で聞こえる声と物音が部屋の存在感を引き立てる。



「ユリク。やっと来たか、遅かったじゃねーか」



足音に気が付いたのか、木製の椅子に座っていたキールが振り向く。

しかし、その表情に違和感を感じてしまう。

何故かといえば、あれだけでかく分かりやすい表情。それらを浮かべるキールが、この時だけは声に張りもなく曇らせた表情のみを浮かべたのだ。



だからこそ、キールをよく知るユリクは『おやっさん……?』と疑問を投げかける形になったのだろう。



「どうした? ユリク。そんな心配そうな顔を浮かべて。とりあえず、こっちに来て座れ。ラズさんも、すぐ来るから……来たら話すことがある。お前にも、彼女にも──だ」



「あの……おやっさん? 一つ質問していいですか? 何故、私を見ても何もしないのですか? 知っている筈……ですよね?私が第一級危け──」



「ユリクから聞かなかったか? この村では命は平等なんだ。肌の違い目の違いで命に優劣はつけない。それがこの村の掟であり……俺の──」



言葉を濁しきれたとしても、キールのその表情は濁しきれてはいなかった。

きっと。その言葉に、何らかの意味があるという事。それは、この場に居る誰もが分かる事だろう。

そして、その、何かを訴えようとしていると言うことも。



言葉に行き詰まり息つまりそうな空間。そんな空間に、無理に高い声を作っているような。

そんな、声で『あらっ。やだわーぁ。こんなしんみりしちゃってぇ』なんて言葉を並べ入ってきては。

セアーとキールの間に空いている椅子に座り着いた。



その声に、キールは肩を落とし『はぁ』とため息を小さく零す。


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