第15話

文字数 1,421文字

 引き摺られる弓絵を追い駆け、悶える姿を楽しんで嗤う 幾人もの気配。
放送室・視聴覚室・第2会議室と、使われなくなった教室を通り過ぎ、南校舎に差し掛かれば行き止まりの壁が近づいて来ている。
この速度で壁にブチ当たれば、体が潰れてしまう。
丁度、トラックに跳ね飛ばされる様な具合で。

(死 ――)

 自分の死を想像すると同時、視界の端を掠めて過ぎる中央階段から手が伸ばされる。

「弓絵!!
「!」

 ヒンヤリとした低い体温には覚えがある。

(彗、君……)

 彗の手が弓絵の体を抱き止めると、無数の黒い手と笑い声は名残惜しそうに闇の中へと消えて行く。

「弓絵っ、大丈夫!?

 弓絵は そのまま彗にしがみ付き、ガタガタと恐怖に体を震わせながら咽び泣く。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、、ぅ、うぅうぅッ、うぁあッ、ぅぅぅ!!
「間に合って良かった、本当に良かった、」

 弓絵の背を摩る彗も、間一髪に生きた心地がしなかった事だろう。
駆けつける登美はバツが悪そうに狼狽しながらも、弓絵が無事であった事には肩を撫で下ろす。

「ゅ、弓絵チャン、大丈夫?
ょ、良かった、高野クンが来てくれて、私じゃホント、何も出来ないからさ……
って、アレ、何だったんだろ? 手に見えたけど…… 笑い声もスゴくなかった……?」

 困惑あらわな登美の言葉を聞きながら、弓絵は気持ちを落ち着かせ、彗の手を借りて立ち上がる。
廊下を引き摺られた摩擦でジャージの所々が溶けて穴が開いてしまった。
掌や肘・膝小僧もジリジリと痛むから、随分な擦過傷になっている事だろう。

「多分、沢山いたんだと思う……私達の目には見えないような人達が……」
「えぇッ? ソ、ソレって……幽霊っ?」
「分からないけど……」

(幽霊……そう呼んで正しいのかも分からない。
私が知っているのは、写真に映り込んだりして人を脅かすようなもので、コレ程 悪意のある危険なものだとは想像して無かった……
この学校に そんなものがいる何て噂も聞いた事が無い)

 この学校には冷やかす程の七不思議すら囁かれない。
作り話もしにくい長閑(のどか)さだ。
学校は友達と遊ぶ場所。勉強する場所。ソレだけの場所。

「弓絵、考えるのは後にして保健室へ行こう。このままにして置くのは良くない」
「そ、そうだよ! 手当てしなくちゃ! ホラ、弓絵チャン! 肩貸すから!」

 彗と登美の半分ずつで弓絵を支え、中央階段を下りて1階の保健室を目指す。
叫び疲れた事もあってか、弓絵は黙り込む。
否、手当てが先だと言われても、考えずにはいられない。

(引き摺られた時に聞こえた足音と笑い声……あの時、確かに何かがいた。
もしかしたら、1番最初に聞いた時も、誰かが引き摺られて……)

 何も見えなかった あの暗闇の中、弓絵が泣きながら蹲っていた その横で、何者かが引き摺られていたと言う予想。


(俊典君、だったんじゃ……)


 教室で見た俊典の姿は激しく損傷していた。
廊下だけで無く、階段ですらも引き摺り回されていたなら、首がヘシ折れてしまうのも納得できる。
その想像に弓絵は吐き気を催す。

「うぅ、、」
「弓絵、しっかりっ、もう少しだから頑張ってっ、」
「ぅ、うん、」

(目の前で友達が襲われていた……
見えなくても、もっと冷静でいられたら助けられたかも知れないのに……)

「彗君、助けてくれて、ありがと……」

(彗君が助けてくれなかったら、私も俊典君と同じようになってた)

 間違いなく無残に死んでいただろう。
そう理解すると、弓絵は静かに涙を落とす。

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