第36話

文字数 656文字

 3階・音楽室前。
義也・登美と離れ離れになってしまった弓絵は、掌に涙を落とし泣きじゃくる。

「義也、義也、ぅぅぅ、義也ぁ……」

(義也は優しかった。小さい頃から優しかった)


『お前、1人で何やってンだ?』
『……お絵描き』
『ふーん。上手いな!』
『ぁ、りがと……』
『皆に見せてやろうぜ!』
『で、でも……』
『ホラ来いよ。俺が連れてってやるから!』


(人見知りで誰とも喋れなくて、そんな私に義也だけが話しかけてくれた。
義也が私の手を引いてくれたから、彗君とも皆とも友達になれた)

「義也に嫌われたら、私、私……」

 両手で涙を拭い続ける弓絵の耳に、あの音が近づいて来る。


ズルズル、、ズルズル……


!?

 何かを引き摺る様な音。
跳ねるように肩を震わせ、廊下の先に目を凝らせば、暗闇に一層 深い影を落とす大きな塊が蠢いているのが判る。
弓絵は頭を振り、腰を引き摺って後ずさる。

「ぁ、、ぁ、、」

(義也、助けて……)

 膝に力が入らない。
両手をばたつかせて這いずり、音楽室の中に逃げ込む。
身を潜めていればこれまで通り やり過ごせると言い聞かせ、弓絵は息を殺す。


ズルズル、ズルズルズル……


(俊典君が死んで、亜希子チャンも理恵チャンも死んで……
戻る方法が分かったとしても、もう私は駄目なのかも知れない……)

 いつ元の世界に移動できるか分からない。次も、その次も戻れない可能性。
その間に明日になり、焼却炉に火が灯れば一巻の終わり。
そんなプレッシャーに打ち勝つ気力は無い。
義也に誤解され、人間性を否定されてしまった弓絵の心はポッキリ折れてしまった様だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み